今月の季語(5月) 新茶
お茶好きが待ち兼ねた季節が到来しました。今年の新茶はどんなお味でしょうか!
我庭に歌なき妹の茶摘かな 正岡子規〈春〉
庭に摘むのは垣根の茶でしょうか。私の故郷は茶所ではありませんが、大きな農家には決まって茶の木の垣根がありました。常緑ですから年中目隠しになりますし、嗜好品を産し、花も可愛い……実に無駄の無い昔の暮らしぶりです。
むさし野もはてなる丘の茶摘かな 水原秋櫻子〈春〉
秋櫻子は都内で産婦人科医院を開いていた医者ですから、これはプロによる茶摘です。とっさに昭和のはじめに高浜虚子とその弟子たちが行った「武蔵野吟行」を思い出し、調べてみました。一行は、昭和六年五月三十一日に武蔵野の茶所・狭山へ赴いていましたが、鈴木花蓑の記録によりますと、この日秋櫻子は不参加だったようです。ちなみにどんな句が生まれたか見てみましょう。
家毎に焙炉の匂ふ狭山かな 高浜虚子〈春〉
茶摘籠桑摘籠と置かれあり 同 〈春〉
憩ひつゝ茶をつむ音を聞きゐたり 星野立子〈春〉
一句目は「狭山」が無ければ手前味噌ならぬ手前茶の句にもなりそうなところです。狭山は当時から茶所でしたが、「家毎」という規模での茶作りだったことがわかります。二句目からは茶畑と桑畑が隣り合っている場所を思います。養蚕もごく普通に行われていた時代ならではでしょう。
三句目、立子はその「音」をどう聞いたのでしょう。というのは先行して昭和五年に山口青邨が、
つくつくと茶を摘む音のしてゐたり 山口青邨〈春〉
と詠んでいるからです。青邨もこの日の吟行に参加していましたが、茶の句は不発だった模様。「つくつく」が気になってしまったのかもしれません。
茶摘を知らない私が茶摘と聞くと、「茜襷に菅の笠」を被ったお姉さんが手で摘むさまを思い浮かべますが、今では機械摘みがもっぱらでしょう。
茶刈機は横刈り蝶も横飛びに 百合山羽公〈春〉
天龍の濁りみなぎる新茶かな 同 〈夏〉
羽公は茶所・静岡の俳人です。天龍川の濁るころが新茶のシーズンである、というのはその地の人としての感覚なのでしょう。
新茶は茶葉を指すのみならず、淹れた(液体の)茶を指すこともあります。
新茶汲みたやすく母を喜ばす 殿村菟絲子〈夏〉
ハンカチに新茶のこぼれ吸はしむる 野澤節子〈夏〉
母といえば、私の母がまだ元気だったころ、一番茶と二番茶をセットにして贈ったことがあります。母娘ともに濃いのが好みでしたので、そのときまで走りにはあまり興味がなかったのですが、「一番茶というのは香りなんだね」という母の感想に、俄然興味を引かれました。
人々と新茶ひとりの今を古茶 皆吉爽雨〈夏〉
宿の古茶持参の新茶着きて汲む 同 〈夏〉
爽雨はお茶好きであったのでしょう。お茶の句をたくさん残しています。古茶は古茶でも「宿の古茶」は相当な代物だったのかもしれません。
〈新茶〉が出るとそれまでの茶が〈古茶〉と呼ばれるようになります。封を切り立てでも〈古茶〉です。十二月に新しい暦を買うと、使用中であっても〈古暦〉と呼ぶのと同じです。
新茶出て名も夢殿の茶杓あり 大島民郎〈夏〉
これは新茶の抹茶でしょう。
ことさらに説明しなくても、茶の状態を詠み分けることができます。お試し下さい。(正子)