浪速の味 江戸の味(九月) 新蕎麦(江戸)
上方落語の「時うどん」が江戸噺では「時そば」になったように、江戸の麺類の代表は蕎麦といえます。蕎麦の名所は全国各地にありますが、江戸は消費地として圧倒的な人口があったことと、味だけでなく蕎麦の手軽さが江戸庶民の好みに合ったため、一大蕎麦処となりました。
江戸(東京)の蕎麦の汁の多くは真っ黒です。濃い口の醤油を使うためでしょうが、もうひとつ理由が考えられます。濃い汁をちょっと浸けるのが粋な食べ方と言われます。そうすると早く食べられる、蕎麦は喉で食べるといわれるようにすすって呑み込めばますます早く食べられる。これが粋で鯔背で勇み肌の江戸っ子の性に合ったのではないでしょうか。
江戸時代初期までは、蕎麦は主に蕎麦掻として食べられていました。今のように麺状にした「そば切り」の普及が蕎麦人気に拍車をかけ、江戸初期にはうどん屋の方が多かった江戸は、後期には蕎麦屋の数がうどん屋を圧倒しました。
歴史ある蕎麦屋の系統として「藪」「更科」「砂場」が知られています。それぞれ麺にも汁にも特徴があり、往時を偲ばせる佇まいの店も多く、江戸の外食文化の楽しさを味わわせてくれます。また、若い店主の蕎麦屋のオープンもひきもきらず、令和の時代に入っても、相も変わらぬ江戸の人々の蕎麦好きを物語っています。
そんな蕎麦好きが心待ちにするのが新蕎麦です。蕎麦は年二回収穫できますが、夏に蒔き秋に収穫する秋蕎麦を新蕎麦と言います。初もの好きの江戸っ子に好まれた、まだ熟さない青みを帯びた蕎麦粉で打った走り蕎麦は、蕎麦の香りを存分に味わえます。
はるかなる草の香るや走り蕎麦 光枝