今月の花(五月 番外編)バーレーン「生命の木」
昨年(2025年)の2月、バーレーンの首都マレーマに花をいけに行き、すっかりこの国に魅せられた私はまた行きたいという希望を持っていました。
願いが叶い、2026年3月の末、バーレーンに行くことになりました。今回は現地の壮大な国立劇場のホワイエに現地の若者たちといけばなインスタレーションをする計画で、大使館を通じ花材やその他の素材の発注を御願いしていたところでした。
大きないけばな作品の制作を通じて日本や、来年開催の花博に関心を集めるためでもありました。お手伝いは主にバーレーン大学の学生さんたち。江戸時代おたくの男子生徒、日本語流ちょうな女子生徒、もう、アーテイストとしてデビューしている学生さん、アニメや日本が大好きな女子学生がプロジェクトの中心メンバーで、そのほかたくさんの若いボランテイアが手伝ってくださると聞きとても楽しみにしていました。
私のほうも英語が得意で家元のアシスタントの明るい若者が来てくれることとなり、アラブの国は初めてという彼に一年前に経験した話をしていました。
しかし、ご存じの通りの大変な事態となり、このプロジェクトは全くの中止となってしまいました。
はしごを外されたような気持ちを毎日抱えていた私はふと、一年前の平和な中で「生命の木」を見たことを思い出しました。あの木は今度も生きのびたでしょうか。
砂の中に点在するたくさんの油田の近くの小高い丘に枝を広げていた木、爆撃のとばっちりを受けてないだろうか。
何百年もこの国を見てきたあの木。気になって仕方のない毎日があれから続いています。(光加)
(以下は2025年3月の今月の花から)
生命の木
この二月、バーレーンの首都、マレーマで仕事が終わり、空港に向かうまで時間があったので「生命の木」を見てきました。
ここにもあったのだ!というのが私の感想でした。「Tree of Life」と呼ばれる不思議な木は他の国にもあり、それぞれパワースポットになっていることは聞いていました。いずれも長い年月そこにあり、土地の人々にとって特別なシンボルツリーとして存在しているのだそうです。御神木は日本でも時々見かけますが、私にとっては初めての生命の木との出会いでした。
バーレーンは島で、国土も小さく琵琶湖くらいと言われています。石油が採れることがこの島を経済的に豊かにしていて、人口の半分が他国から働きに来ているのだそうです。砂漠からの砂が舞い上がり、雨も少なく真っ青な空が見られることはめったになく、大きな太陽が薄グレーの空に薄オレンジ色となって消えていきます。
車は歩道のない街の大道路からやがてパイプラインが張り巡らされる砂漠へと進んでいきます。周りには緑もなく、山も見えず。原油が採掘されている証か、ちらちらと櫓から炎が出ているのがところどころ見えました。時々、バンガローと書かれた小さなテント小屋の集まりを過ぎていきます。観光客用、またはここで働いている人たちのもの?と思っていると「ほら、見えた」と運転手さん。
10メートルもないような砂丘の上に悠々と四方八方に手を広げ、私たちを出迎えているかのような一本の木。周りには土産物屋も売り子もいない。丘に上って見ている人も数人。木の周りだけ柵があり、ガードのような人が一人。ぐるぐるに頭部を巻いて目だけでているのは砂埃から守るためでしょうか。足元に気を付けながら砂の丘を登ってたどり着いた木は、高さは5mくらいですが周りの広がりは直径10メートルではきかないでしょう。
ごつごつしている枝の先には、薄緑のねむの木のような葉がついていました。柔らかな新芽は、樹齢400年というこの木がこれからも成長していくことを表していました。木はProsopis cineraria、英語でPersian mesquite またはGhaf。砂の下10~40メートルに地下水が流れ、地下茎が達しているという人もいます。バーレーンはエデンの園があったという伝説があり、聖書では楽園の中央にTree of Life、生命の木が立っていたということからなぞらえているのでしょうか。
宗教的な意味がある図形のTree of Lifeもあることを思い出しました。西アジアにも同様な木があることを知りました。でもこの木は、雨の極端に少ないこの地域にこんな大木になって立っているのは奇跡です。表皮が少しささくれているような古い枝を撫でて、パワーをください、と念じてきました。(光加)
