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桜餅

sakuramoti椿の葉で道明寺をはさんだ椿餅、桜の葉で包んだ桜餅、そして餅を柏の葉でくるんだ柏餅など、季節の自然の葉を活かしたお菓子が日本の春から夏には次々とでてきます。

私たちは「花をいける」ということはまず視覚が重要と考えます。一方花や枝を切った時に立ち上る香り、手に伝わってくるその植物の感触、葉の擦れる音など、嗅覚、触覚、聴覚を駆使して全身で植物を感じ取っていることを忘れがちです。

植物をいけていくと、ゆれていた感情が落ち着いたり、気がつけば深呼吸をしていたりすることがよくあります。

母娘でお稽古に通っておいでの生徒さんのお母様はここ何か月も入院中です。今の病院は患者さんのアレルギーの心配から、お花がもちこみ禁止のところがほとんどで、お嬢さんのお稽古の春のお花も病室に飾ることができません。少し口からものがとれるようになった、さらにこし餡のものならほんの少しは召し上がれるようになったと聞き、桜餅をお届けしました。

外の春はまだ浅いですが、塩漬けの葉の桜の香りが小麦粉と白玉粉でつくられた薄い皮を通して餡にも移り、一足先に春を味わっていただけるかと思ったからです。

ご家族の話によると、まだ視力の回復が遅れている奥様はスプーンの先にのせて差し出された桜餅の餡を召し上がり、塩漬けされた桜の葉を鼻の先に引き寄せて香りを確かめ、「おいしかった!」と声に出されたそうです。葉は伊豆の松崎でとれる大島桜の葉を塩漬けしたものだと聞きました。

寒緋桜にはじまり、これから外では大島桜、敬翁桜、などが咲いていきます。

植物が人をいやしたり、慰めたりする現場に立ち会うことはしばしばありますが、ほとんどがお花を見てのことです。でも今回は桜餅の香りをとおして花より先に春が届けられたのです。奥様の心の中には満開の桜が引き出されたことでしょう。これも植物の持つ大きな力です。

次にお届けするのは柏餅かしら、いや、この様子だとその前に退院なさるのではと思っている毎日です。(光加)

エケべリア

DSCN2760多肉植物というものに興味がなかったのは、この植物たちには茎のないものもあり、いけばなの花材としてあまり考えられなかったからだと思います。

その一種、エケベリアは数えきれないほどの種類があります。中央から360度に出ている何枚も重なった葉の様子はまるで開いたバラの花のよう。葉は厚く、ひやりとして固い耳たぶのような触感です。調べると弁慶草科に属していました。

初夏に薄いピンクの小さな花が集まる弁慶草も多肉性で弁慶草科です。葉や茎は粉の吹いたような薄めの緑色、乾燥にとても強く、まるで豪傑の武蔵坊弁慶のようということで名づけられているそうです。

昨年2月末の花仙の会に使ったエケベリアはずっと我が家の棚の上にありました。水にも入れず、土にも植えなかったのです。ところが茎の元にある葉が少し萎びてきたにもかかわらず、新しい葉も出て小さな花も咲きました。盛夏を迎えたころ、私は旅に出て帰り、エケベリアたちもさぞ暑かっただろうとさっと水をくぐらせ、水気を注意深く拭いてあげました。ところがエケベリアの葉は急にクタッとしてしまいました。何ということをしてしまったのだろうという反省も後の祭り。どうすることもできず半年も同じ空間にいた仲間が次々といなくなり、その空間に穴があいたようで悲しい思いをしました。

11月のデモンストレーションに「開店祝いの花」というテーマでいけることになり、私はエケベリアを選びました。新開店の店には賑やかに花々を使ったアレンジが多数贈られると推察し、あえて花は2本の赤のアマリリスしか使わず、あとは赤いウインターベリーやきんかん、風船唐綿などの実のなった花材を選びました。そして、他の植物が枯れてもエケベリアは元気で、送り主の印象も残るのではと思ったのです。

今度はしっかりと植木鉢にサボテン用の土を入れてエケべリア9個を植え、朝は外に出して陽にあてたりしています。

弁慶の泣き所は向う脛。牛若丸が投げた扇がそこに当たって降参したといわれています。乾燥にはめっぽう強いというエケベリア。その泣き所のひとつは植物に一番必要と思われている水だったことがこの多肉植物への興味を掻き立てられ、ここのところ毎日ご機嫌を見ているのです。(光加)

室咲き

DSCF3829冬の季語に室咲きという言葉があります。

寒い中花屋さんの店先に春の花を見かけると、温室の中で育てられたのか、国内の暖かい所から、あるいは輸入なのか、と眺めます。季節を先取りして店頭に並べられる花たちにはそこに来るまでにそれぞれの物語があります。

雑誌などに掲載する作品の制作の依頼が私にも寄せられることがあります。

これはこの季節のこういうテーマで、という詳細が知らされるのですが、実際に作品写真を載せた季刊誌の発売がずいぶん先ということもあり、花材を選ぶ時には注意を払います。

そんなときに思い出すのが、私の属す流派の初代家元と、出入りの花屋さんの話です。

今から30年以上も前に、こんな話を聞きました。

ある時、家元の作品の写真撮影のためスタジオではカメラマンやスタッフが待機をしていました。年が変わった頃だったかもしれません。スタジオには出始めたばかりの春の花々が並び家元を待っていました。特に蕾をつけた桜がいい具合に開いていました。色もたいそう美しいもので、早咲きの桜だとしてもその時期にはどこにも見られないものでした。

花屋さんの大番頭さんもスタッフの後ろに控えていました。到着した勅使河原蒼風家元はまずひときわ目立つ桜を眺め、次に下から見上げていき選んだ一枝をゆっくりと切りました。そして「ちょっと、そこのお前さん!」と花屋の大番頭さんを呼んだのです。

大番頭さんは何か粗相をしたのだろうかと震え上がったことでしょう。

家元の大きな眼でじろりとみられるだけで、その眼光の鋭さには私もいつもはっとしたものです。ゆっくりとした動作で、歩を進めるたび周りの人は思わず一歩下がるような、初代のカリスマ性をもった家元はこう言ったそうです。

「私にこの春、一番早く桜をいけさせてくれてありがとうよ。」

その桜は幹のある高さのところで色がはっきり変わっていました。幹の下のほうの水がしみ込んだ跡を見て、桜の枝がかなり長い間深水につけられていたことを家元は瞬時に見抜いたのです。それはまだ固い蕾の時に切り出しに入れて、この撮影のために花屋さんが花の咲き具合を調節していた桜でした。

今の温室とは規模も形も、花屋さんの苦労も異なっているかもしれません。

まだ若かった私はこの話を知った時、室咲きという言葉が心の中に刷り込まれ、同時に日本の花屋さんに伝わる技術に尊敬の念をいだいたのです。(光加)

 

 

 

葉ぼたん

habotanお正月に勢いのある大きな花を使いたい、となればこの葉ぼたんが挙げられるのではないでしょうか。気温が下がるとともに花壇にも白や赤紫、紫やうすピンク、クリーム色などが鮮やかさを増す葉ぼたんを見かけます。もともと人目を引くような冬の花は限られていますが、この植物は大きいものだと直径50cmにもなります。葉が重なり、その重なり方が牡丹に似ているので葉ぼたんと名前が付けられたそうです。

元はキャベツと同じアブラナ科で、球を結ばないキャベツといってもいいでしょうか。ヨーロッパのケールを改良したものでdecorative kare(装飾用のケール)といい、18世紀に野菜として入ってきたといわれています。このケールという名をどこかで聞いた方もあるはずです。

野菜の中では栄養価が極めて高いことから、今はやりの青汁にもケールが原料として使われていることが多いのです。

観賞用である葉ぼたんは葉の形も縁がチリチリとしたちりめん型のものや、丸みをおびた丸葉型のもの、細かい切れ込みのある切れ葉型のものなどがあります。サイズも前述の大きなもののほかに、すっと伸びた茎の上についた小ぶりの可愛らしい葉ぼたんも園芸品種として栽培されています。

ヨーロッパではあまり見かけないと思っていたのですが、先日いけばなの仲間の写真の中にモスクワの方が霞草と共にいけられているのを見ました。どこかの国から輸入されたのでしょうか。それともロシアの中でも比較的暖かい地方から来たのでしょうか。

春になると、葉ぼたんの中心の花茎が伸びはじめ、やがてその先に、なるほど、アブラナ科だったのだと思い起こすような黄色い花を付けます。このひょろひょろと伸びている状態を「薹がたつ」といって必ずしもいい意味では使われない言葉があてはめられますが、春の日差しの中でのびのびと、すっかりリラックスしきった表情はユーモラスで面白いと思います。

元の葉はかすかながら貫禄をのこし、一方では軽みと可笑しさとともに峠をこした生き物としての植物の悲しみを感じさせる味わいのある薹のたった葉ぼたん。お正月のピシリとしまった葉のものもいいけれど、春の盛りの葉ぼたんもいつかいけてみたいと思うのです。(光加)

クリスマスブッシュ

pl-2014223189903クリスマスカードが届きはじめるころ、暖かいハワイや南半球のニュージーランドやオーストラリアをはじめとする国々からのものの中には、なかなか個性的なカードがあります。

サンタクロースがサーフィンボードに乗ってくるものや、カンガルーがサンタの格好をしていたりします。

クリスマスを祝う風習は世界中に広まり、フィンランドのサンタクロース村に行けばサンタクロースの家までみられ、真っ白な雪、クリスマスツリー、サンタがプレゼントを届けるための橇や、それを引くトナカイなど、次々とクリスマスのイメージがわきます。

しかし地球の向こうの南半球はクリスマスのある12月は夏です。この季節を祝うのにはどんな植物があるのでしょうか。

思いつくのはクリスマスブッシュです。クノニア科で、正式の名前はケラトベタルム クンミフェルムでオーストラリアのニューサウスウエルスの初夏に咲き、New South Wales Christmas bushと呼ぶのが正しいそうです。

はじめは小さな花が開きますがその時は目立たず、花が終わりに近づくとそれを囲んでいる5つの萼の部分が紅色に色づき、それがきわ立った時に花としての印象が強くなります。常緑樹でつやのある緑の小さな葉が花を引き立てます。

ブッシュという言葉は低木を意味しますが、この木は5m以上のものもあり、たくさんの花が枝につくときにはそれは見事だそうです。でもオーストラリア人の男性の知人に聞いたところ、この時期はほかにも花はたくさん咲いているので、例えばポインセチアのように特別にクリスマスの花という認識はない、といっていました。

日本の気候の中で鉢物や庭に植えられているクリスマスブッシュが開花するのは春から夏にむかう時です。季節感を大事にする日本人にはクリスマスブッシュというこの名前が、花の咲く季節とずれていてしっくりこないのでしょうか、初夏に切り花や鉢でも花店であまり見かけることはありません。

花屋さんで初冬にこの花がふんわりとした赤い塊を作っているのを見かけたら、それはオーストラリアからの輸入ものです。やがて鮮やかな赤を誇る様々な花がクリスマスブッシュをかき消すように店頭を飾り、師走の気ぜわしさが増す時期になっていきます。(光加)

フォックスフェイス

DSCN1189秋の実の中でひときわ鮮やかな黄色が目立ち、つややかな表皮を誇っているフォックスフェイス。枝のまわりに黄色い大小のふっくらとした実を数個ずつ付けます。実の元にはあたかも小さな耳のような部分もあり、フォックスフェイス、狐の顔と呼ばれているのも納得できるでしょう。この名前は日本でつけられたといわれますが、日本人には昔からいろいろな話の中に狐が登場するので、どこか親しみがわくのでしょうか。

子供のみならず、手に取った人の中には筆ペンやマジックインクをもってきてこの実を顔に見立て眼や口を描いたりするのです。

花はナスの花と同じような大きさと形で栽培農家は太陽を好む実の色をよくするため、ある程度に成長すると周りの葉を切るということです。実の色が薄い緑からオレンジ色がかった黄色に近くなってくると切り取ります。水を飲ませなくてもすぐ萎んでくることがないので、黒い斑点がでてくるまで一か月以上、水の心配は無用です。

初めていけたときから、その色といい形といい、豊かでどこかありがたいイメージがありました。冬に向かう寒さを少し感じ始める季節に、お稽古で手にするからなのでしょうか。

英語ではnipple fruit と呼ばれ、直訳すれば乳首の果実。確かに全体の形は黄色い乳房を連想させます。子孫繁栄、五穀豊穣にも通じていくようです。

中国出身の知人に尋ねると、中国では「黄金果」と呼ばれるフォックスフェイスは広東ではお正月に家の中に飾られるそうです。五代同堂ともいわれ、一家団欒の象徴でもあることを教えてくださいました。添えられていた写真を見ると、皿に実だけがたくさん円錐状に高く盛られたものがいくつも並べられて売られていました。

おおらかで、ユーモラスで、暖かいフォックスフェイスの原産地は熱帯アメリカといわれていますが、そこでも人を楽しくさせていたのでしょうか。

しかし角なす、カナリアなすなどの別名が示すように確かにナス科ですが、実には毒があります。母性を感じさせる形に反して食べることはできません。

今年もあますところ数か月という町のどこかで、だんだんと膨らんで鮮やかな色どりをそえつつあるフォックスフェイスをそろそろ見かけるころです。(光加)

白樺

085樹肌が白い樺の木、白樺はしらかんばともいい、時に20メートル以上の高さにもなります。

緑の中にこの白い木肌があちこちで見え隠れして、爽やかでなんとも解き放された思いを味わった高原での夏休みがよみがえってきます。

幹や枝は若木の時は濃い茶色で成長するにつれ白くなり、樹皮は紙のようにすぐ剥がれます。春の季語である白樺の花はあまり目立たず、若葉の間に雄花は垂れ下がり雌花は枝の上に上向きます。葉は先のとがった長い卵形で縁には鋸歯のような切れ込みがあります。

真冬のヘルシンキに降り立った時、前日降った雪の眩しい反射の中、葉をすっかり落した白樺があちこちで真っ青な空を指して立っていました。その姿は高原の白樺より太く逞しく見えました。秋には黄色く紅葉します。

「白樺はどこにでもあるのでよく使うわ」と門下のリーサは言います。フィンランドから数えきれないほど来日し、日本語も話し、書も嗜む彼女が展覧会に白樺を使いたいといってきたことがあります。彼女が送ってくれた写真は、白樺の表面の皮を剥がし、内側を表にして丸めたものでした。皮を剥がすのには力がいりパイロットを引退したご主人の助けを借りたそうです。薄茶色のところに断続的に入っている横線、薄い皮の幾重にも重なったところは柔らかな光沢もあり、外側の白くてごつごつとした木肌との対比が面白いのです。

フィンランドの人たちは多くの家庭がサマーハウスを持ち、数えきれないほどある湖のほとりや森の中に、時には自分たちで素朴な家を建て夏休みや週末はのんびりとそこで過ごします。

リーサの片腕で私も子供のころから知っているヘレナは「うちのサマーコッテージも周りは白樺だらけよ。夏に行くと秋から暖炉で燃やす薪を割っておくの。」短い夏から急に寒くなるこの国では、小柄で優雅な彼女の母上はもちろん、家族全員で準備をするのでしょう。

フィンランドの人々に密着している白樺は、彼らが健康的な生活を送るための様々な用途に使われます。サウナの中では立ち登る香りを楽しみながら葉つきの小枝で体をたたいたり、枝でバスケットを作ったり、また、虫歯を防ぐというのでガムなどに使われるキシリトールの原料の一つでもあります。そんな白樺なので1988年、投票によりフィンランドの国樹に認定されたと聞けば、心から納得するのです。(光加)

クルクマ

DSCN2466盛夏を迎えると、花をいけても暑さですぐにしおれてしまいます。玄関にいけた花の器に指を入れると水が暖かくなっていた、などということもあることでしょう。

そんな時のお勧めがこのクルクマです。クルクマ草ともいい、原産地は東南アジアなので暑さもなんのその。色は薄いピンク、濃いピンク、紫に近いようなもの、緑や白など、鮮やかな色調で元気いっぱいに咲いて花やさんにでまわります。花のように見える部分の高さは15センチ前後ですが小ぶりなものもあります。ショウガ科に属し、文字通りショウガという言葉を含むレッドジンジャーや、げっとう(月桃)もその仲間です。

クルクマとは属名で、ターメリックと呼ばれる根がカレー粉の原料になる鬱金もクルクマ属で、鬱金でそめられた黄色の風呂敷は何か大切なものを包むときに使われるので、お近くにあるかもしれません。

クルクマは、粉が吹いたような緑色の葉をつけますが、特徴的なのはすっとした茎につく花の形です。花といいましたが、じつは花びらのようなものは苞です。苞はふっくらしていたり、先が少しフリルになっていたり、ピンクの先に緑色が入っているもの、グリーンで褐色が入ったものなどがあります。茎に近い緑の苞の中をのぞくと、白と薄紫色で、ごくたまに薄ピンクの小さな「本当の」花が見えることでしょう。

タイに行った時、町でもこのクルクマをよくみかけました。

切り花として各所で飾られている色とりどりのものはもちろんですが、花の装飾文化を紹介するミュージアムの、元は個人の住宅だったその館の庭のすみで、旺盛なエネルギーを発散する熱帯の木々のもとにひっそりと咲いていた薄ピンクのクルクマも印象的でした。

この夏は日本中がかつてない暑さとなりましたが、気候により咲く花も変化していくことでしょう。日本では数年前まではそれほどみかけなかったクルクマですが、いまは色や形が多様化して登場しています。それがもし地球の温暖化に関係あるとすれば、一概に私たちは喜べないのかもしれません。ともあれクルクマに罪はなく、元気に夏を乗りきろうと私たちに無邪気に呼びかけているかのようです。(光加)

西洋だんちく

撮影/中野義夫

撮影/中野義樹

夏にデモンストレーションを依頼されると、花材のひとつに暖竹(だんちく)を選ぶことがあります。

原産地が日本であるだんちくは緑の葉のものが多いのですが、作品をいける時には私の好きな、葉に緑と白の縞があり、ヨーロッパから入ってきた西洋だんちくといわれる園芸品種のものを使います。大正から昭和初期の粋な女性が初夏に着る大胆な縞のきものを連想させられ、その斑入りの葉のもたらす涼感にひかれるからです。

だんちくの厚めの葉は一枚ずつ茎を囲むようにつき、下方へと緩い弧を描きます。秋が近づくと花穂が出てくるだんちくの別名は葦竹です。節もあることから竹の種類かと思われがちですがイネ科の植物で、成長すると4mをこすこともあります。丸い茎を切るとシャキッという音がしてこの植物の性質が手を通して伝わります。いけるときは茎を水の中で切り、切り口を酢に浸すと新鮮な状態の時間を伸ばすことができます。

西洋だんちくは英語ではgiant reed でreedとは葦をさします。日本語でいうと巨大葦ともいえるでしょうか。音楽でreed(リード)といえば、サックスやクラリネットなどの管楽器を吹くのには特に大事なもの。直接唇にあたる部分の形や性質によって演奏の音も違ってきます。リードの素材はだんちくや葦であることが多く、繊細で個性があり同じものはないので、思うような音を出すため自ら削る方もあるといわれます。だんちくや葦の中空の茎は、その組織を見てみると、水を上げ空気を通す管の直径が他のものより大きいとのことです。ちなみに和楽器では篳篥(ひちりき)も本体は竹ですが、蘆舌(ろぜつ)と呼ばれるリードには葦が使われ、この部分に使われる最適な性質の葦をまず育てることが重要なのだそうです。

知人がクラリネットを演奏するとき、楽器本体からこのリードを外して演奏直前まで水に浸けたり出したりしていました。乾燥すると乾いた音になってしまうので、ということでした。

だんちくや葦のリードを通して管楽器の中に吹き込まれる息は演奏する人の独特の音色をかもしだし、つぎの瞬間に消えてゆきます。人は自然といろいろなかかわり方をしますが、小さなリードを通して、ともすれば捉えどころのない自然界の一端につかの間とは言え、ふれる幸運を味わうこともできるのです。(光加)

ジャカランダ

DSCN2354この花を知ったのはある晩自宅にかかってきた一本の電話から始まります。受話器をとると、少し間があって聞こえてきたのはパキスタンの首都、イスラマバードからの当時の日本大使N氏の声でした。

日本とパキスタンの国交成立50周年の行事に首都イスラマバードでいけばなを披露する、というお話は国際交流基金からいただいていました。しかし日本人ジャーナリストが現地で拉致された事件や不安定な状況が報じられる中、返事は保留にしていました。大使の深い声での実際の状況と熱心な説明を伺ううち心が決まったのは「こんな時だからこそ、文化は大事だと思うのです。」という一言でした。

助手をしてくださる生徒さんとバンコク乗換で10数時間、イスラマバードの空港から宿舎の公邸に向かう車窓から緊張しながら街の様子を見ていました。すると茂った葉の中から青紫の花が固まって姿をのぞかせている3~5mの木があちこちに見かけられました。不穏な国情のなかでもけなげに咲いている植物、それがジャカランダとの出会いでした。

ジャカランダはノウゼンカズラ科で、葉はねむの木の葉に似ています。オーストラリアで街中にこの薄紫の花が咲いている写真がありました。熱海では、6月末、蕊を残してすっぽりとぬけたこの花が路上にパラパラと落ちていました。手に取ると先端がいくつかに割れ、長めの釣鐘形でした。

レセプション会場の公邸の入り口にこのジャカランダをいけると決めました。採集に出かけるジープの前の席には庭師のスタッフ、後ろにはバケツやロープ、のこぎりや新聞紙などをのせ、制服の警護同乗でジャカランダの枝を切りに行ったのです。約2.5メートルのものを5本切り、すぐ引きかえしました。公邸のゲートを通るとき、車に不審物が仕掛けられていないか、私たちも車に乗ったまま鏡のついた長い棒が車体の下にさしこまれる毎度の検査は仕方のないことでした。

この花はすぐにしおれるということで、準備室で枝の元を割ったり、表皮をむいたり、アルコールにつけたりとあらゆることをして水につけました。それが功を奏して翌日数輪の花は落ちていたものの、2本のジャカランダだけは葉も花もバケツの中でピンとしていました。

パキスタン政府からは外務大臣、日本からは総理特使と日パ友好議員代表団などの賓客を迎え式典は華やかにとり行われました。葉のない枝を組んで水の入った器を仕掛け、ジャカランダを他の花材と高くいけたいけばなは現地の方に好評で、何組もの方が次から次へこの作品の前で写真をお取りになっていました。

数年後のこと、当時食事にご招待いただいたレストランが爆破された映像をニュースで見て息が止まりそうになりました。その後偶像崇拝を禁止する宗教的な理由を持つ人々により、有名なバーミヤン遺跡の石像も破壊され、あれから10年以上もたちました。あの日の皆様のジャカランダの前での笑顔を思いだすたび、不安定な状況のこの国に、ジャカランダが似合う青い空を心穏やかに見上げる日がどうか一日も早く訪れますようにと、心から願わずにはいられないのです。(光加)