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半夏生

DSCN18177月に入ると梅雨明け宣言がいつごろになるのかそろそろ気になってきます。本格的な暑さに向かう途中、まだ体がなじめずすこしだるさを覚えるのは急に強くした冷房のせいなのか、とさえ思ってしまうのがこの頃です。夏至から11日目は72候のひとつ半夏、または半夏生です。太陽暦だと7月の1日か2日です。

農家も農作業が落ち着いたこの頃、畑のわきの草のなかに烏(からす)柄杓(ひしゃく)、別名半夏と呼ばれる植物を見かけます。立ち上がった緑色の苞から花軸が現れる、少し不気味な形のこの植物はもともと薬草として使われました。どこか得体の知れない様子は、先日ここでもあげた武蔵鐙やマムシ草とも似ています。

そしてこの時期、もう一つの半夏生、別名片(かた)白(しろ)草(ぐさ)というどくだみ科の植物がみられます。 高さはせいぜい1mくらい、葉の形は先のとがった細めの卵形で、上部についている葉は半分白く、しかもそれは葉の表面だけで、神様が気まぐれに白いペンキを筆でぬったか、または群生している中に立ってまき散らしたかのようです。

半化粧とも書き、白粉をぬっていたお化粧の途中、よっぽどの用事かだれかに呼ばれたかしてそのまま立ち去った気配を残したような葉の白と緑です。

独特の青臭さは水の中で切っておいてアルコールを付けたりするうちになくなってきますが、何とも清々しいこの植物に姫百合などを組み合わせ、竹かごに入れてみると、緑、白、オレンジ色の組み合わせがこの時期の繊細な自然を部屋に運び込んだ気がしてきます。

半夏生の白い小さな花は蕾がたくさん集まって穂のようになり、初めは下をむいていますが、元からの開花とともに、垂れていた穂がしゃんとしてきます。その様子を見れば、私たちも元気をもらえるのではないでしょうか。

何故葉が半分白いのか、調べてみると授粉のために昆虫を呼び込むのではないかという説があり、その時期をすぎればまた元の緑色に戻るのだそうです。

種を絶やさないための強烈な半夏生のアピールだとすれば、白いペンキをまいた神様は、きまぐれではなく、なかなか考えての行動だったのではないでしょうか。(光加)

武蔵鐙(むさしあぶみ)

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家の近所のたまに通る五差路で、「あれは何だ!」と思わず足が止まりました。歩道の交わるところには、コンクリートで三角形に囲まれた花壇があります。

その日、草や花たちの中に、まるで鎌首をもたげたような形をして緑の縦縞、紫褐色の部分をまきこんでふくれたような姿の植物の姿に気がつきました。花、という響きからくる華やかさはなく、一組3枚の葉には緑の濃淡の縞がかすかに認められます。

前にそこを通ったときはまだ植物の芽があちこちで出はじめた頃で、その場所には確か20センチくらいの、先が細くなった棒のような芽が、つんと地面から出ていたのを思いだしました。あれがこの花になったのでしょうか。花をつけた2株の高さはそれぞれ30-40センチくらいでした。

調べてみると、似ているものにはいずれも同じサトイモ科の浦島草やマムシ草、そして武蔵鐙がありました。

浦島草だとすれば釣り糸のようなものが花の頭から出ているのが特徴ですがそれがない、そうすると花にある縞のこの気味悪さはマムシ草だろうか。そんな時写真を見た同じ流派の方がこれは花と葉の特徴からして、武蔵(むさし)鐙(あぶみ)では、と教えてくださいました。

もともと山野草で、武蔵の国でかつて使われていた馬の鐙に形が似ているのでその名がつけられたそうです。仏炎苞(ぶつえんほう)と呼ばれる大型の苞は水芭蕉や座禅草などにもありますが、武蔵鐙は本当の花の部分をぐるりと中に巻き込んでいます。サトイモ科の植物は根に毒があるものが多く、その実は緑の泡が吹いたようなものがやがて赤く熟していくようです。

それにしても大地からにゅっと出現した姿が潜水艦の潜望鏡のように見えるのは、ここが大都会の真ん中だからでしょうか。あるいは他の惑星からの使者のようでもあります。落ち着いて見てみればなかなかおしゃれな縞模様に見えてきました。

その花壇のすぐ後ろには家が建っていて、家の前にはしゃれた空色の古い小型の外車がいつも停まっているのです。その家の主がこの花の手入れをしているだろうと思われるのですが、人影は一度も見たことがありません。

不思議な武蔵鐙は、その由来や周辺の環境も含めておおいに気になる花のひとつになったのです。(光加)

カルミア

写真中野義樹

写真中野義樹

新しい植物が発見された時、改良種が作られたとき、その植物に人の名がつけられることがあります。たとえば新種のバラに王女や女優さんの名前、生産者によって新しく開発されたトマトに愛妻の名前をつけた方もいました。

「カルミア」(別名はアメリカしゃくなげ)は18世紀のスエーデンの植物学者で、北アメリカでこの木を発見した「ペール カルム博士」にちなんでつけられました。 生まれはフィンランドですが、のちにスエーデンに移り住んだカルムさんはそのためフィンランドの切手にも肖像画となって残っています。長めのウエーブの髪、二重あごで眦を決した表情なのはまだ旅行が困難であった1700年代にアメリカやカナダ、ロシアやイギリスに植物調査に渡ったからでしょうか。植物学者として高名な、やはりスエーデンのカール フォン リンネ博士の高弟でもあります。

「カルミア ラティフォリア」は日本には20世紀になって渡ってきたものです。枝先にたくさん集まって咲く淡紅色やピンクや白の花の形は独特で、蕾は植物図鑑のどれにも「金平糖のよう」と記されています。胴まわりの同じ位置からつんつんと角のように突きだしている蕾を見れば、広げかけた傘のようで、「はながさしゃくなげ」という日本名も納得できます。

やがて花先は5つに割れてカップ状に開くと、内側には10本の雄蕊と1本の雌蕊があり、濃い赤や紫の斑点が円を描くように跳んでいます。濃いピンクの蕾が開くと中が薄いピンクという変化は枝先を一層にぎやかにさせます。園芸種では大輪のものや、ふちどりのあるもの、そこに紫色の線が入るものもあるのだそうです。まるで極小のしゃれたお椀か小鉢が集まっているよう、とうっとり見ているとなにやら手にべたべたつくものがあります。これは蒴果の毛についている液で花やさんに切り花で売っていないのはこのせいでしょうか。

女の子たちが思わず「かっわいい!」と声をあげそうなカルミアの花。あの世でカルムさんも自分の名前を付けられたことに少しくすぐったい思いをしながらも、まんざらでもないのではないでしょうか。(光加)

おおたにわたり

写真 中野義樹

写真 中野義樹

清々しい緑の葉の両側が少しびろびろして波を打つさまを見て、「海の中に生えて陸に上がった昆布みたい」と思ったのは、おおたにわたりの葉を初めて手にした中学生の私でした。ちゃせんシダ科のシダの仲間です。幅広のつややかな葉の裏には光沢はなく、黒くて固い中央の葉軸から両側のふちに向かって線のような茶色いものがたくさん出ています。茶色の粉のようなものも出てきて、その線のようなものが胞子嚢だと知らなかった私は手で触るとき少し勇気がいりました。森の中で樹の幹や石に着いて成長し、谷を渡るように伸びることからたにわたりという名前になったといわれます。

切った葉の他、観葉植物として鉢でも入手可能で、アビスという名で葉の丈が短いものも出回っています。

長くても1メートル位の葉の長さのものは日本でも見慣れていました。しかしタイのバンコクで、ホテルの持ち主の邸宅の庭でみたおおたにわたりの鉢植えは見事なものでした。中心から放射状に伸びた一枚の葉の長さは1メートル半もあろうかというもので、中心をのぞき込むと幼い葉がたくさん伸びていました。日本でも南にいけばこの新芽の部分を天ぷらにしたり、オイルでいためたりするのだそうです。

戦前に東京の女子大に留学なさったこのホテルのオーナーは、蘭をはじめとして熱帯の木や花がたくさん植わった庭を案内してくださいました。日本から迎えた貴人も、このたにわたりにたいそう興味を持たれたという話を「もう日本語はほとんど忘れてしまって」と言いながらも一生懸命してくださいました。絹の黄色いシフォンのブラウスをふわりとまとったこの小柄な夫人が、たくさんのたにわたりの鉢の間をゆっくりと歩いていくと、気が付いた庭師や従業員の方が尊敬のまなざしで、手を胸の前に合わせて挨拶をし、通りすぎていきました。

木造の高床式の邸宅は今、その事業と遺志をひき継いだ娘さんを中心としてタイの建築と生活文化を見られるような博物館に改装中という話を聞きました。あの,たにわたりはまだあそこにあるのでしょうか。風におおらかに揺られ、心地よさそうなおおたにわたりを見に、バンコクにまた行きたいと思いました。(光加)

 

 

カメリア エリナ

DSCN2245 「僕、この花大好き!」お稽古の時、クラスの男性メンバーが花材を包んでいた紙をとって言いました。さて何という名前の花だったでしょう?

花やさんの請求書にはカメリアとしか書いてありません。カメリアは英語で椿をさします。枝にびっしりとついている小さな花をのぞき込むと、たくさんの白い雄蕊の先に黄色い花粉がついていて椿とそっくりです。が椿にしては花が小さいのです。

ピンクがぼおっと入った白い五弁の花びらがあり、一人前の山茶花のようにも見えます。花の直径は1.5センチくらいで、下を向いて咲いている花の元には葉が花を支えるようについています。お稽古にとどけられた枝は50センチくらいの長さで枝垂ていました。そういえば去年もこの花材を使いました。蕾もたくさんついていて、花が終わってしまっても次々と蕾が開き、長く楽しめそうです。

クラスのメンバーの一人が「庭があったら植えてみたい」とおっしゃって帰っていかれましたが、すぐにこれはカメリア エリナではないかというメールをいただいたのです。

長くいけばなにかかわっているものの、知らない植物はたくさんあります。まさにこのカメリア エリナもその一つ。それもそのはず、日本に昔からある植物ではなく、1990年代に埼玉の芝道昭氏が中国の椿から作りだした園芸種でパテント商品、つまり許可なしに商業ベースでの栽培は禁じられているのです。植物の著作権ということでしょうか。日本名は姫山茶花といいます。「姫」とつけば本来あるものに比較して小型なものを意味しますが、この植物も椿に似てるというのは当たっていて、椿科でつばき属でした。また、カメリア エリナでも枝が垂れ下がるものはカメリア エリナ カスケードという名がつけられているそうです。

カメリア エリナは生け垣にも適していて、新芽時は葉が赤くなりこれも楽しめそうです。入学したての小学一年生が元気に列になってこの花の咲いている生け垣を過ぎていく、そんな光景がこの花をみていると目に浮かびます。

散りゆく桜をおしんでいる頃、自然はあちこちでまた愛らしい花を咲かせていくのです。(光加)

ういきょうの花

ういきょう茎の分岐したその先に小さな黄色の花々をつけ半円球を描くういきょうが咲き始めればまもなく春爛漫を迎えるしるしです。中が空洞な茎は暖かな光を受け、緑の色を深めていきます。数本を集めるとたくさんの緑の線の上に黄色い霞がただよっているかのようです。

中国から渡ってきたういきょうは英名フェンネルといい、茴香と書き、字のとおり手に取ると香りがします。

葉は細く分かれて糸のようになってやわらかく、昔、フランス料理の教室で鮭の料理を習ったとき使ったか細い葉は、当時はまだあまり知られていないういきょうの葉だったと後で知りました。臭みをとるためで、肉料理にも用いられます。

ハーブとして使用する他、日本でも早くから漢方薬として胃薬、利尿剤、痰きりなど広い範囲で使われてきました。

イタリアウイキョウはフィノッキオと呼ばれます。ヨーロッパなどの市場やスーパーの野菜売り場に、短く切られた濃い緑の葉の元に大きくなった白い鱗茎をつけてごろりと並べられます。初夏に訪れて、ああ、この季節だなと思うのはこんな野菜を目にした時です。生の状態でも食べられますが、スープなどで出てくると、同じせり科のセロリのような食感と独特の味で甘みのなかにかすかに苦味もあり不思議な食材です。

フランスのリキュールで度数40度以上というパスティスにも、ういきょうは入っています。パスティスはアニス風味が強く水やソーダで割りますが、独特な味で、マルセイユでは魚介類を入れたスープ、ブイヤベースにもいれるのだそうです。

インドのデリーで飛び切りおいしいインド料理をご馳走になった時のことです。店をでる時、カウンターでサリー姿の知人が銀器のなかの種のようなものをひょいとつまみ「これを口に含むとすっとして口臭防止にもなる」と勧めてくれたのは、フェンネルシード。つまりヒンズ―語でソーンフと呼ばれるういきょうの種でした。その直前に飲んだスパイスとミルクが入っているマサラティーにもカルダモンとともに使用することもあるという説明でした。

花を楽しむほかに様々な用途があり、世界各地で重宝され、しかしどこか不思議さが漂うういきょうなのです。(光加)

アネモネ

anemone
その名がラテン語の「風」から来ているといわれるアネモネは、英名もWind Flower (風の花)でキンポウゲ科に属し地中海の原産です。

春も進むと淡い色の花々の中に、だんだんとくっきりとした色調の花が混じってきますがアネモネもそのひとつです。

アネモネコロナリアという、王冠のアネモネという意味の名を持つアネモネは一般に見かけられる園芸種で、茎に一輪花が咲きます。花の色は白、ピンク、紫、藍 濃いピンク、赤、また、元の部分が少しだけ白いものもあります。花びらのように見えるのは萼です。園芸種は八重咲きや、半分八重のようなものもあります。

春の光に蕾が開き始めると、目覚めた花が精一杯伸びをしているようにそりかえらんばかりに花が開いていくので、すぐに散ってしまうのではと心配になります。

花の真ん中の濃い紫色の雄蕊が、まるで花の眼のようでこちらが気がつくのを待っているような視線を感じるのです。ひょろりとした茎からは切れ目の深い葉が周りを囲むようについています。

ギリシャ神話のなかでは、アネモネに関する話の一つに美の神アフロディーテの愛したアドニスの物語が知られています。狩猟好きの美少年アドニスは追いかけたイノシシの牙に刺され命を落としますが、アドニスの流した血が赤いアネモネになったという話です。

実際のアネモネには茎にプロトアネモニンという毒があり、茎を切ったときににじみ出てくる液体は手につくと肌の弱い方は皮膚炎などのトラブルを起こしかねないので気を付けなければならないようです。それはもしかしたら、私に近づくな!というアドニスのメッセージなのかもしれません。美しいアドニスはアフロディーテだけでなく、彼を育てた女神のぺルセポネまで夢中にさせてしまったのですから。

多々ある花のなかでもこんなにも長い間愛されてきたアネモネ。この花がやはりあの物語のアドニスの化身かと思えるのは、春の花いっぱいの店先で、この花をみつけた女性たちの「可愛い!」という声が何度となく聞こえてくる時です。

いずれにしても、古今東西を問わずイケメンは得ということなのでしょうか。(光加)

 

今月の花(2月) 姫水木(日向水木)

hyuugamizuki水木と呼ばれるものは多いのですが、さんご水木、ドッグウッドと呼ばれるアメリカハナミズキ、初夏に平たく伸びた枝にたくさんの白い花のつく水木もあります。

その中で、春にもう一歩という頃に見られるのは日向水木とも呼ばれる姫水木です。姫水木の枝は葉が落ちて、まるで魚の小骨のようにお互いに平行に近い距離を保って伸びています。細かくてきゃしゃなその枝にぽちぽちとついている少しだけ先のとがった蕾に、ごく薄い緑がさしているのをみかけることでしょう。

春の花木はさんしゅゆ、万作、連翹など黄色いものがまずでてきますが、その中でこの木の枝につく蕾の淡い緑は外の空気の温度を感じながら花を開く機会を伺っているようです。やがてうつむき加減に開く花の花弁は5枚で長さは1センチにもみたず、少し黄色い雄蕊は花弁より短いのです。

富山に住んでいる知人の本部講師が展覧会をしたときに、小さな会場せましとばかりこの姫水木だけがいけられていました。

会場のドアを開けると、そこは深いブルーに着色された姫水木の枝だけが空間に舞っていました。

よく見るとその中に、薄緑色の花が塗料を突き破り、あちらにもこちらにもあたかも浮かんでいるように小さな無数の薄緑の蕾が。

「バケツに付けて置いたら塗料がかかってしまった時があって、その青くなった枝からでてきた花が面白かった」と、知人はいっていました。「雪が降ると、家から表の道に出る道を毎日雪かき」する生活を送る彼の春を待つ心がこんな目のつけどころとなって現れたのでしょうか。冬が中から押し上げた春がその小さな花にはありました。

花が終わるとやがて葉脈のはっきりした清々しい緑の卵形の葉がでてきます。

高知県の台地に自生していた土佐水木も、この日向水木とおなじころか少し後に花がでてきてたれさがります。枝はダイナミックな線を描き、曲げてみると柔らかくしなやかです。初夏に差しかかったころは葉の爽やかな緑を楽しむことができます。ときどき少し赤みを帯びた葉もあります。

この土佐水木に比べると、花が小さいので日向水木は姫水木とよばれるのでしょうか。

季節は乾燥した冬からいよいよ瑞々しい時へと移り変わっていきます。(光加)

アスパラガス ルツイィ(ルトジ)

2013 Akachen 022
2月、凍てつくようなフィンランドのヘルシンキで、デモンストレーションを依頼されました。最後の大作にぱっと目を引く花材がほしかったのですが、花市場では見つかりませんでした。長年の私の門下のリサの家でその話をしていると、

「そうそう、納屋の奥にあったわ!先生がおいていったアスパラガス!ほら、ずっと昔のアートセンターのいけこみの時の!」。

部屋に持ち込まれた埃っぽい段ボール箱は180cmx20cmくらい。アスパラガスといわれても合点がいきませんでした。ふたを開けて中を改めようとしたとたん、パラパラとこぼれる水色やピンクのもの。着色されたルトジの乾ききった葉状枝(葉のように枝が変化したもの)でした。包んであった日本の新聞の日付は1992年となっていて、確かにこの年、リトレッティ アートセンターで私は花をいけました。

アスパラガスの仲間にはスマイラックス,てんもんとう、ミリオグラタスなどがあります。かつて花束のボリュームを出すためによく使われたアスパラは古くなると細かい葉が緑の粉のように落ちるのに困った方もあるでしょう。

アスパラガス ルツイィは「ルトジ」とよばれ、2m位にも伸び、乾燥させて色を付け大きな作品にふわりとかけたり、滝のように垂らせたりします。他のアスパラガスと同じく軸はしっかりしています。

当時教えていた東京のギャラリーがフィンランドの催しに参加。スタッフのT君が私のアシスタントとして脚立に登り、ルトジをいけるのを手際よく手伝ってくれました。数年後、病に倒れ30代で逝ってしまったいけばな好きだったT君よりこのルトジはずっと長く、ここでひっそりと生き延びていたのでした。

デモンストレーションの当日、最後の作品にと幹がしっかり残っていた白、ブルーやピンクのルトジを手にすると、T君と一緒にいけているような感覚に陥つていました。参加者たちは大いなる興味を示し、どこで入手できるかと聞かれました。英国ジャージー島からやってきた旧知のHさんによろしかったら、と進呈しました。春は花いっぱいのあの島でもルトジは語り継がれていくのでしょうか。鋏を入れればそれまで、されど植物であるがゆえのしっかりとした芯をもつルトジの強さを異国で私は改めて実感したのです。(光加)

à la carte 胡蝶蘭

kotyoran選挙の折、候補者が当選したとたん次々とお祝いの花の注文が花店に舞い込みます。こんな時、議員事務所に運び込まれる花鉢は、何輪もの花が豪華にたれさがる胡蝶蘭が多いのです。

この花は属名「phalaenopsis」をそのままをあてはめ、「ファレノプシス」とも呼ばれます。花びらの色は白やピンク、また、小ぶりのものではそのほかにも黄色や緑がかったものなどの園芸種も見かけるようになりました。リップといわれる中心にある唇弁は3つにさけ、白の元に黄色が入ったもの、ピンク色や赤に近いピンクもあります。

この英名はMoth orchid「モス オーキッド」、直訳すれば「蛾の蘭」です。

多数ある蘭の中でも花びらが平たく開くのでこの名前がついたようで、蛾では日本人には違和感があるのか和名は胡蝶蘭となっています。花のつき具合、大きさにもよりますが、東京の花店で見かけるものは一本が八千円から一万円で、鉢に3本立ち、5本立ち、となれば、この鉢は、大体このくらいの値段とわかり、自分では決して買わない花です。

南半球の国から国賓として来日の大統領か首相のご夫人だったでしょうか。随行団の中には報道の方たちもおいででした。お迎えした部屋で私が数作いけた後、竹を土台とした背丈ほどあるフィナーレの作品に「この作品を仕上げていただけませんか?どこに入れましょう」と純白の大輪の胡蝶蘭をお持ちしました。じっと見ておられたスーツ姿の夫人はさっと立ちあがり、中央のくりぬかれた竹の中に「ここかしら?」と入れられたのです。カシャカシャカとプレスたちのカメラのシャッターを切る音が響き、声がかかりました。「マダム、そのまま花の近くで、もう一度お願いします。」垂れかかる胡蝶蘭に手をそえてカメラに微笑む夫人の濃いめの色の肌に、白い胡蝶蘭がなんと映えたことでしょう。

白い花の花びらは奥に向かって透き通っていくような白さを持つものと、同じ白でも光を集めて強く跳ね返して輝くものがあります。胡蝶蘭はその後者にあたると、この時強く実感しました。夫人の美しさをより際立たせ、胡蝶蘭自身も光を放っているように見えたのです。花と花との取り合わせはよく言われますが、それは花と人とにもある、この蘭を選んでよかったと、私は夫人と並んでカメラに収まったのです。(光加)