武蔵鐙(むさしあぶみ)
家の近所のたまに通る五差路で、「あれは何だ!」と思わず足が止まりました。歩道の交わるところには、コンクリートで三角形に囲まれた花壇があります。
その日、草や花たちの中に、まるで鎌首をもたげたような形をして緑の縦縞、紫褐色の部分をまきこんでふくれたような姿の植物の姿に気がつきました。花、という響きからくる華やかさはなく、一組3枚の葉には緑の濃淡の縞がかすかに認められます。
前にそこを通ったときはまだ植物の芽があちこちで出はじめた頃で、その場所には確か20センチくらいの、先が細くなった棒のような芽が、つんと地面から出ていたのを思いだしました。あれがこの花になったのでしょうか。花をつけた2株の高さはそれぞれ30-40センチくらいでした。
調べてみると、似ているものにはいずれも同じサトイモ科の浦島草やマムシ草、そして武蔵鐙がありました。
浦島草だとすれば釣り糸のようなものが花の頭から出ているのが特徴ですがそれがない、そうすると花にある縞のこの気味悪さはマムシ草だろうか。そんな時写真を見た同じ流派の方がこれは花と葉の特徴からして、武蔵(むさし)鐙(あぶみ)では、と教えてくださいました。
もともと山野草で、武蔵の国でかつて使われていた馬の鐙に形が似ているのでその名がつけられたそうです。仏炎苞(ぶつえんほう)と呼ばれる大型の苞は水芭蕉や座禅草などにもありますが、武蔵鐙は本当の花の部分をぐるりと中に巻き込んでいます。サトイモ科の植物は根に毒があるものが多く、その実は緑の泡が吹いたようなものがやがて赤く熟していくようです。
それにしても大地からにゅっと出現した姿が潜水艦の潜望鏡のように見えるのは、ここが大都会の真ん中だからでしょうか。あるいは他の惑星からの使者のようでもあります。落ち着いて見てみればなかなかおしゃれな縞模様に見えてきました。
その花壇のすぐ後ろには家が建っていて、家の前にはしゃれた空色の古い小型の外車がいつも停まっているのです。その家の主がこの花の手入れをしているだろうと思われるのですが、人影は一度も見たことがありません。
不思議な武蔵鐙は、その由来や周辺の環境も含めておおいに気になる花のひとつになったのです。(光加)