今月の花(十一月)郁子
展覧会の作品に郁子を使いたくて花屋さんに注文をしました。実はついていなくてもかまいません、と付け加えたのは、蔓の方を使いたかったのです。伸びやかに、けれども緩急を心得ているように線を描いていく蔓の先端は、くるくると独特の線を描いて終わります。
葉は、軸のまわりに手をひらいたようにつき、三枚、五枚、七枚とつくので、七五三のお祝いにいけられることもあったようです。艶やかな常緑の葉ゆえに、常盤アケビという名もあります。
そのあけびは同じ時期に実を結びますが、その時は、葉が落ちてしまいます。郁子の赤紫色の実と比べればあけびの方が大きく、紫いろが濃いのですが、熟すとあけびの実はパックリと口をあけます。郁子はそんなことはなく、卵型の5cmー8cmの実が垂れ下がります。
「むべなるかな」という言葉があります。もっともなことである、というときに使われます。天智天皇が、たくさんの子宝に恵まれた元気な老夫婦に遭われたとき、その長寿の秘訣を尋ねると、「郁子を食べているから」という答え。天智天皇は「むべなるかな」と頷かれたという話が伝わっている郁子の里があります。一つしか付いていなかった郁子の実は展覧会の終わりとともに大事に持ち帰ってきました。割ってみると中には黒い種が沢山、果肉は甘みがあり、ぬるぬるとしています。この成分、確かに体に良さそうです。老夫婦の長寿の秘訣を天皇と同じく推察できそうな気がしてきて私も思わず言いそうになりました。
むべなるかな。(光加)