今月の料理(一月)_海胆とお餅の磯部巻
平成も二十八年、ついこの前までの昭和が段々と遠ざかって行く気がします。その昭和も戦前と戦後では価値観も生活様式も大きく違い、人々の考え方も異なっているようです。
団塊の世代にとって戦後は記憶の中では微かなものですが、都市と地方では随分違っていたように思います。
結婚して間もない頃、都会ではもう見かけなくなったリヤカーを引いて苺を売り歩くおばさんや、キャベツや白菜を新聞紙に包み廊下の隅に保存したりするのを見て何となくタイムスリップしたような気分になったものでした。
その頃です、暮近くになると四、五十センチくらいの杉の樽を背負ったおじいさんが海胆を売りに来ます。それは東京では目にしたこともないもので、樽のなかは塩をした海胆が詰まっていました。礼儀正しい寡黙なおじいさんの風情も、年季の入った樽も、ちょっと気軽に近寄れない感じを持ったのを覚えています。それは現在市販されている瓶詰めの海胆などとは違って、塩だけで処理したもので、塩分もきついのですが味も濃く、すっきりとして海胆の旨さが凝縮されたものでした。ねっとりと硬く、ところどころ海胆がその形をとどめています。天秤ばかりに掛けて売ってくれるのですが、樽一杯に海胆を獲るのはさぞ大変なことだったでしょう。
そのおじいさんも何時の頃からか姿を見せなくなりました、今になってみると、気骨を感じさせるあの姿は何か戦前の面影を留めているように思えてなりません。
さて、その海胆ですが、白いご飯にあうのですから当然お餅にもあうはず。いつものお餅に飽きたらこんな食べ方も。
用意するものは無塩バター、海苔、山椒、お餅、そして海胆です。今では瓶詰めの海胆しか用意できませんが、海胆と無塩バターを練り合わせておきます。
お餅を香ばしく焼き、練り合わせた海胆とバターをぬって山椒をふり海苔を巻けば出来上りです。なるべく甘くない海胆をお選び下さい。海胆との割合ですが、バターを少し控えめにしたほうがよいようです。