今月の花(7月)黒百合
玄関の棚の上に黒百合をいけていると、母が汗を拭きながら外出先からもどってきました。高校生の私がその珍しい花に選んだ器は灰色の小さな扁壺のようなものでした。「あら、黒百合、品のいいこと!」そう言いながら母はいけている私の後ろをすりぬけていきました。アイロンのきいた麻のハンカチに、いつものように一滴だけ浸み込ませた(夜間飛行)のコロンの香りが微かに残っていました。
この時の涼しげな香が思い出されるくらいで、私には黒百合そのものの香りは全く記憶にありません。それは黒百合がユリ科の中でもユリ属ではなく貝母属だからと知ったのはずっと後になってからでした。15cmから35cmくらいの長さの茎の先に数輪うつむいて咲く3cm余りの花の香は、実はかぐわしいとはいえないのです。
黒百合は本州北部から北海道にかけて自生しています。高山を歩く人たちも見つけるとなぜか良いことがあるような気がするのでしょう、古くから歌や詩にも登場していた黒百合ですが、北海道に住む知人は昔はよく見かけたけれど最近は全く目にしない、と言っていました。それでも6月頃になると栽培された花の鉢植えや切り花をごくたまに花屋でみかけることがあります。
花弁は黒といっても、臙脂や紫といった色も混ざった黒で、内側の花弁には網目模様があります。
貝母属で代表的なばいも(貝母)は小さな薄緑色の花びらの内側に網目模様があるところは黒百合と同じです。網目の色は薄紫で編笠百合という別名があります。細い葉は先が巻いていて黒百合と同じく茶花として人気が高いのです。
近頃ではチューリップやカラーのように花びらが黒色に近いものが園芸種として栽培されますが、大自然の中で咲いている黒い花は格別な魅力を持っています。今頃北国の澄んだ空気のお花畑では、やっと迎えた夏を謳歌している花々のなか、黒百合はその独特な色と存在感でその光景に小さなアクセントを与えて咲いていることでしょう。
都会でも夏の鮮やかな色合いや白い色を全身で楽しむ一方、ほてりを鎮めるような静かで落ち着いた黒っぽいものにも惹かれます。黒い扇子で煽ぐと感じ取るのは遠くから忍び寄る秋の気配。黒アゲハもゆったりと舞っているこの頃です。(光加)