今月の季語(一月) 餅
東西南北さまざまな地域の正月の光景は、雑煮だけを取りあげてみても千差万別です。私自身十代の終わりに上京して初めて、餅は四角とは限らない、に始まり、だしや味付け、具の種類の違い等々、地域どころか家の数だけ雑煮の種類があると知った次第です。
料理は岩井善子さんに教えを乞うことにして、このコーナーでは季語としての餅とその周辺を見ていきましょう。
〈餅〉の用意は年内にします。ゆえに〈餅搗〉〈餅筵〉〈餅配〉等準備に関わるものは年の暮(仲冬)の季語です。
戦争と平和と暮の餅すこし 原子公平
杵にまづ湯気のからまり餅を搗く 戸恒東人
餅筵書斎狭むること許す 安住 敦
マンションの三十軒に配り餅 小路紫峡
年が明けて〈雑煮〉に仕立てると新年の季語になります。〈雑煮餅〉〈雑煮椀〉も同様です。
丸餅のどかつと坐る雑煮かな 草間時彦〈新年〉
めでたさも一茶位や雑煮餅 正岡子規〈新年〉
父の座に父居るごとく雑煮椀 角川春樹〈新年〉
餅が丸か四角かのほかに、焼く焼かない問題もあります。私の実家は焼かない派でしたので、父の長兄の家で焼くのを見て驚いた記憶があります。もしかすると最初の異文化体験であったかもしれません。母が焼かない家系だったのか、伯母が焼く家出身だったのか。実家と婚家のならわしが異なった場合の対応の仕方によって、同じ地域どころか兄弟姉妹でも異なる雑煮で新年を祝うことになるのです。
〈鏡餅〉は大きさや飾り方に違いはありますが、全国共通で丸いと見てよいでしょう。
生家すなはち終の栖家や鏡餅 下村ひろし
家々に鏡餅のみ鎮座せり 桂 信子
私の実家では玄関に大きな鏡餅を、米櫃(「おくどさん」が無いからと母は言っていました)、父の文机、母の裁縫台、私たちの勉強机に小さな鏡餅を、あたりを拭き清めて据えていました。今の雑然たるさまにはまさに忸怩たる思い……なのは無論のこと、次の世代である娘たちに文化が継承できなかったことが悔やまれます。
餅は今では個包装の真空パックで黴びる心配がほとんどありませんが、昔は三が日を過ぎるあたりから、ぽつぽつと黴が出始めたものでした。削り取って少し黴くさい餅を食べたりもしていましたが、〈水餅〉を作ることもありました。
水餅の水深くなるばかりかな 阿波野青畝
寒中に餅を搗いたり、戸外に吊して凍らせたり、という経験は私にはありませんが、これも真空パックが無かったころの生活の知恵です。
寒餅のとゞきて雪となりにけり 久保田万太郎
その里の古へぶりや氷餅 井月
こうして見てくると餅まわりだけでも相当数の季語に実感が伴わなくなっています。せめて残そうと思っているのが〈鏡開〉。わが家は夫の側にその習慣が無かったので、私の記憶のままに十一日に鏡餅を下げ、汁粉に入れて食べていますが、これも家毎に異なるでしょう。
罅に刃を合せて鏡餅ひらく 橋本美代子
そういえば昔の鏡餅は重なっていた部分がおそろしく黴びていました。今では鏡餅型のケースに入ったものを使う手もあり、便利ですが、やはり味気なさはぬぐいきれません。
皆さんの身のまわりの餅事情はいかがですか? (髙田正子)