今月の花(三月) 勿忘草
英語でforget-me-not と呼ばれ、私を忘れないでという意味を持つ勿忘草(わすれなぐさ)は、ヨーロッパが原産です。日本で鉢植えや切り花で見かける勿忘草は、むらさき科のえぞむらさきという日本に自生していた植物の園芸種であることが多いのだそうです。ヨーロッパの勿忘草の学名はmyosotis scorpioidisで、頭につくmyosotis は、えぞむらさきの学名にもつきます。渡来の折「forget-me-not」はそのまま勿忘草と和訳され、幾種類かあるこの花の総称となっています。
改良され、なかには花の色が薄いピンクや白もありますが、代表的なものは春に咲く直径1センチにも満たない薄いブルーの花です。5弁の花弁を持ち、中央が黄色でぽちっと小さな目のような黒があり、高さはせいぜい30センチくらいです。
名前の起源は諸説あります。そのひとつが、水辺で美しい花をみつけた若者が恋人に取ってあげようとして誤って落ちて亡くなり、その時に「私を忘れないで」と言ったという物語。そのことからこの花の名前には誠実さとロマンチックで愛らしいイメージがあり、多くの詩や歌に登場し映画の主題歌になったこともあります。
イタリア民謡に「わすれなぐさ」(Non ti scordar di Me)があります。作曲は「帰れソレントへ」などで知られるエルネスト・デ・クルテイス、作詞はフルノ・ドメニコです。三大テノールと呼ばれたプラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス、そしてルチアーノ・パヴァロッティ。この3人も「わすれなぐさ」をよくコンサートで歌っていました。ドミンゴとカレーラスはスペイン出身ですが、パヴァロッティはイタリアのモデナ出身。パヴァロッティがこの世を去った時、追悼のコンサートでドミンゴは黒の上下、カレーラスは白いドレスシャツに黒いネクタイをして二人でこのイタリア民謡を情感をこめて歌い、聴衆の万雷の拍手を受けました。
イタリア語でわすれなぐさはmiosotideで、学名の一部で呼びますが、もうひとつの名前はnontiscordardime,つまり歌と同じnon ti scordar di me まさに私を忘れないでという名前です。長い間のライバルで良き友でもあった二人からこの歌をささげられた巨漢のパヴァロッティは泉下で両手を大きく広げて喜んだことでしょう。
イタリアでは、勿忘草は日本の「敬老の日」にあたる10月2日の「祖父と祖母の日」に贈られる花だそうです。ということは、かの地では春の花ともいえないのでしょうか。(光加)