今月の花(六月) 薔薇
百年以上はたつとみられるオリーヴの樹々は、どれもどっしりと構えていました。幹に洞があったり、低く唸るかのようなその佇まいに、樹々を過ぎていった月日が思われました。オリーヴのスモークグリーンと一面緑の萌えたつ草のなか、T氏のお宅を囲むように赤やピンク、黄色や白の大小の薔薇が一株ずつ咲いていました。
薔薇を植えているのは、T氏がオリーヴオイルと一緒にワインも作っていることと関係があるのかとふと思いました。ブドウを育てる時、必ず近くに薔薇を植えるのは大切な木に虫が付いていないか、植えておいた薔薇でまず見るためと聞いたことがあります。
ローマから特急で一時間と少しの丘の上の街、オルヴィエートは美しい大聖堂と中世からの古い街並みと白ワインで知られています。訪れた日曜日の翌日は日本でいうメーデー。レストランも閉まっているからとT氏は自らパスタ料理を作ってくださり、珍しいチーズ、野で摘んだというセルバチコ(アスパラガス)のお浸しを用意してくださいました。セルバチコは今まで味わったことのないほど柔らかくて、その優しい味はまさに自然からの贈り物でした。
T氏は昨年知り合ったある女性の弟君です。昨年他界された彼女のご主人をはるか昔、私が少し存じ上げていたご縁でこの街を訪ねることになったのです。初対面の私たちの話題は義理の兄上のこと、弟のところにぜひ、といってくださった姉上のこと、そして植物の話になりました。
長旅の途中とはいえ、たいしたお土産も持参せず休日に伺った上すっかりご馳走になってしまった私は、せめてなにかお礼の気持ちを表せないかと思いました。
「花をいけたいのですが、薔薇をすこし切らせていただいてよろしいですか?」突然の申し出にもかかわらず快諾をいただき、早速薔薇とオリーブの枝をすこし切ってきました。家の中で大小の筒状のガラスの花器を見つけ、小さい方を大きい花器の中に入れてみました。そこに直径十センチ近くあろうかと思うような今まさに満開の薔薇を一輪いけ水をそそいでいくと、茎の赤茶色の棘がますます大きく見えていくのです。Tさんは、棘とか根とか面白いですよねといいながら見ていました。
黄色い大輪のバラの縁の落ちそうな花弁をちぎった瞬間、立ち昇る強い香に私は圧倒されました。薔薇水とか、薔薇の花弁のジャムを思いついた人たちはこんな経験が元になっていたのでしょうか。遠くから見ていた女王の裾にまさに触れた思いがしました。重なった二個の花器の隙間には赤い縁取りの黄色い花弁を入れていきました。ワインの瓶や和皿も次々と庭の薔薇をいける花器となり、また新しい薔薇の表情に、ここオルヴィエートで出会いました。(光加)