今月の季語(三月) 三月のむずむずする季語
いきいきと三月生まる雲の奥 飯田龍太
を思います。春は名のみの二月が過ぎ、さまざまな命が動き始めるときの到来です。今月は「うずうず」「むずむず」をキーワードに歳時記を一巡してみましょう。
まず時候の章から〈春めく〉。いかにも春らしくなることを指します。まさに〈仲春〉〈三月〉の季語、とも言えるでしょう。
のめといふ魚のぬめりも春めけり 茨木和生
仲春の少女がこぼす壺の水 岡本正敏
〈啓蟄〉と聞くと虫が這い出て来る映像を思い浮かべたりしますが、二十四節気の一つ、時候の季語です。今年は三月六日にあたります。〈蛇穴を出づ〉などと具体的な生物名が入ると動物の季語となります。
啓蟄のつちくれ躍り掃かれけり 吉岡禅寺洞(時候)
啓蟄の蚯蚓の紅のすきとほる 山口青邨
こんなにも淋しい景色地虫出づ 田中裕明(動物)
蟻穴を出でておどろきやすきかな 山口誓子
〈春風〉は天文の季語。「はるかぜ」と読むか「しゅんぷう」と読むかで印象が変わります。
古稀といふ春風にをる齢かな 富安風生(天文)
春風や闘志いだきて丘に立つ 高浜虚子
闘志といえば、三月は区切りをつける季節。四月からの新生活を控え(あるいは嘗ての四月を思い出して)うずうずが止まらない(?)
卒業生言なくをりて息ゆたか 能村登四郎(生活)
〈春の風〉に関する季語はたくさんあります。〈風光る〉といえば、いかにも春の佳き景ですが、いろいろな悪さもしでかします。〈春塵(しゅんじん)〉〈霾(つちふる)〉は聞くだけで鼻がむずむずする季語です。
春塵に押され大阪駅を出づ 辻田克巳(天文)
鳥の道きらりきらりと黄沙来る 石 寒太
風が光るのは草木が芽吹き、日々成長するからかもしれません。〈木(こ)の芽〉〈草の芽〉のみならず、それらにまつわる語はほぼすべて季語として使えます。
隠岐や今木の芽をかこむ怒濤かな 加藤楸邨(植物)
橋渡ることの愉しさ柳の芽 草間時彦
草の芽ははや八千種の情あり 山口青邨
ものゝ芽にかゞめばありぬ風すこし 久保田万太郎
そして葉芽がほぐれて〈若葉〉となり、花芽が育って……、
わさわさと杉の花揺り余震の来 柏原眠雨
花粉め!といふ広告と通勤す 武田伸一
嬉しくない春の現象の最たるものではないでしょうか。花粉症は春に限らぬ症状ですが、杉の花によるものの意で春の季語として使われることが増えてきました。〈春の山〉を〈山笑ふ〉というのは中国の詩によりますが、花粉症の私は、咲く=笑うであることを思いもします。
絵巻物拡げゆく如春の山 星野立子(地理)
山笑ふうしろに富士の聳えつつ 島谷征良
明るく円かな季語です、念のため。(正子)