今月の花(五月)卯の花
誘われていった展覧会で引き付けられたのは「卯の花垣」という銘を持つ志野焼の茶碗でした。二十代に入ったころだったでしょうか。何の知識もなかった私は、その後も展覧会でこの国宝の茶碗が出品されると足を運び、どこから切っても切り口は異なるであろう有機的な形に惹かれていきました。ある所では冷たい、他の面では温かいような釉薬の白に線が交差しているのは銘のあらわす卯の花の垣根なのでしょうか。しかし卯の花ひとつひとつの形ははっきりとはわかりませんでした。「卯の花のにおう垣根に」から始まる「夏は来ぬ」いう歌は知っていたものの、あとは料理の「卯の花和え」を思いつくだけでした。実際の卯の花を見てみたいと思ったものです。
卯の花は空木(うつぎ)ともいい、茎が空洞になっていくことからこの名前がつけられたとか、また旧暦の四月の卯月に咲くからという説があります。ユキノシタ科のこの植物は高くは伸びず、せいぜい二mで、山の中で見かけることが多く、初夏の風を感じる頃、一cmほどの白い花を枝先にたくさんつけます。花弁は五枚、十本もある雄蕊がめだち、たっぷりと枝についている花の様子はウサギの形にも見え、卯の花ともいわれるのでしょうか。木は固く、この枝からで木釘を作ったこともあったようです。
卯の花の属名Deutziaという名は、江戸の末期、長崎の出島にきていたツンベルグ(Carl Peter Thunberg)が彼を支援してくれたオランダ人のひとりであるJohan van der Deutzの名をとり、感謝の意味を込めてこの属名に決めたということでした。
ツンベルグは、スウエーデンの植物学者であり分類学でも有名なカール フォン リンネの高弟でもあり、リンネ亡きあと彼が数多くの研究をしたスエーデンのウプサラ大学の学長にもなっています。同じくリンネの弟子では北米でカルミアを発見したペール カルムもいます。蕾がまるで金平糖のような愛らしいカルミアは彼の名から命名されています。昨年、カルムのいたフィンランドの古都Turkuまで行った私は、にわかに知り合いが増えたような気がしました。
日本の重色目の「卯の花」は表が白で裏が緑だそうです。この時期、高貴な女性たちの裏の緑が表にぼうっと透けでる優美な衣装を思います。物憂げにながめる外は静かにふる長雨、それは卯の花を腐らせてしまうのでは、と心配をさせる卯の花くたし。千年近く時代が下ると卯の花が世界各地で様々な展開をしていくのを平安の女性たちは想像だにしなかったことでしょう。(光加)