今月の季語(六月) 涼と冷
今年は季節が早送りで進んでいますが、突如後戻りをしたりして、忙しいことこの上なしです。が、この先しばらくは、伝統的な蒸し暑い夏の日々となることに違いありません。今月は、涼んだり、冷やしたり、に関連する季語を見ていきましょう。
はじめに〈涼し〉の本意を確認しておきましょう。日常的には無意識に使っていますが、単なる気温の低さを言うのではなく、前提に〈暑し〉がある、ということです。
大の字に寝て涼しさよ淋しさよ 一茶
少食を子に叱られて涼しさよ 池田澄子
暑さのさなかとあれば、大の字が書けるスペースを占拠して寝られたほうが嬉しいでしょう。なぜならそのほうが涼しいから。ですがそれは同時に淋しいことでもある、というのが一茶の句です。家族愛に恵まれなかった一茶の境涯を思います。一転後者は、子に叱られてしみじみ嬉しい母の句です。〈涼し〉は時候の季語ですが、心情を表してもいることに留意しましょう。
天文の章にも「涼し」があります。
のりかへて北千里まで月涼し 黒田杏子
白髪の母似と言はれ星涼し 栗田やすし
〈夏の月〉〈夏の星〉と同義ですが、月や星を直に仰いでいる感覚が強いです。また〈露〉は秋の季語ですが、〈露涼し〉とすると夏の季語になります。
露涼し洗はぬ顔の妻や子や 日野草城
生活の章には、意図して涼しさを得る季語が並んでいます。たとえば〈納涼〉。ノウリョウとそのままの音だけでなく、スズミと三音にも読めます。〈涼む〉と動詞形でも使えます。
納涼船纜(ともづな)疲れゐたりけり 飯島晴子
こころいま世になきごとく涼みゐる 飯田龍太
さはりよき酒や言葉や川床涼み 西村和子
更に積極的に涼を求めたいときは、冷やすことになります。その最たるものは今日では〈冷房〉かもしれません。
冷房を首筋に人悼みけり 辻恵美子
〈冷蔵庫〉も一度購入すれば年中そこにあるものですが、本来の働きを以て夏の季語となっています。
書き置きのメモにて開く冷蔵庫 右城暮石
水中に水より冷えし瓜つかむ 上田五千石
暮石先生の冷蔵庫は氷で冷やす冷蔵庫でしょうか。それとも電気冷蔵庫? 強制的に冷やす方法も日進月歩。水で冷やす景には郷愁さえ感じます。
どう冷やそうが〈冷麦〉〈冷素麺〉〈冷汁〉〈冷奴〉等々は食欲を増すための工夫でもあります。
冷麦てふ水の如きを食うてをる 筑紫磐井
うまうまと独り暮しや冷索麺 山田みづえ
怖いもの知らずに生きて冷汁 鈴木真砂女
冷奴隣に灯先んじて 石田波郷
〈麦酒〉〈アイスクリーム〉〈葛切〉などは冷えていることが当然の食べ物ですが、冷やして楽しむこんなものも。
青笹の一片沈む冷し酒 綾部仁喜
涼みかつ冷やし、〈極暑〉〈溽暑〉を生き抜きましょう。(正子)