今月の季語(八月)秋の草
今年の花暦は桜のころからスピードを上げて進んできましたが、秋の花々も例外ではないようです。関東圏では、早々に梅雨の明けた六月末には〈木槿〉が既に花盛りを迎え、〈萩〉が暑さに縮れながらも花をつけ始めていました。夏の花は早く咲き出したけれど、秋の花は遅く(気温が下がってから)咲き出すだろうと思っていましたが、それほど単純ではなさそうです。
掃きながら木槿に人のかくれけり 波多野爽波
季語の〈秋草(あきくさ)/秋の草〉は秋の七草をはじめとする、秋に咲く草花の総称です。〈千草〉〈八千草〉は更に咲き乱れる様を指します。また、そういう状態になった野を〈花野〉(=地理の季語)と呼びます。
秋草を活けかへてまた秋草を 山口青邨
ひざまづく八千草に露あたらしく 坂本宮尾
日陰ればたちまち遠き花野かな 相馬遷子(地理)
ということは、今現在の身のまわりの〈草いきれ〉ぷんぷんの草や、強い日差しに灼けた草は「夏の名残の草」であり「残暑の草」であって、立秋を過ぎたからといって「秋の草」と呼んでは、伝達に齟齬が生まれることになるでしょう。
花に特化した〈草の花〉、花のあとの〈草の穂〉〈草の絮(わた)〉、更に〈草の実〉もすべて秋の季語です。他の季節にも草は花を付け、絮を飛ばしますが、百花繚乱の花野での諸現象を指して季語とする約束なのです。
やすらかやどの花となく草の花 森 澄雄
還らざる旅は人にも草の絮 福永耕二
草の実や海は真横にまぶしくて 友岡子郷
ではここで、秋以外の「草」の季語を一覧してみましょう。
まず〈春の草〉。春になって萌え出た草のことです。花をつけることもありますが、草の芽や茎、葉をさす季語です。〈春草(しゅんそう)〉〈草芳し〉も同義です。
腰下ろし春草にとりまかれけり 波多野爽波
法隆寺前の往来や草芳し 野村喜舟
〈夏草〉は夏季に繁茂する草のことです。〈草茂る〉や〈草いきれ〉という現象を起こす主体ととらえればよいでしょう。
夏草に汽罐車の車輪来て止る 山口誓子
戦争の記憶の端に草いきれ 奥名春江
人通る幅を残して草茂り 木村定生
〈冬草〉は冬の草の総称です。冬になっても青々としたままの草も、枯れ果てた草も、その中間も、すべて冬の草と呼ぶことができます。
青といふ色の靱さの冬の草 後藤比奈夫
冬草を踏んで蕪村の長堤 星野麥丘人
こうして見てみると、〈秋草〉には他の季節の草には無い雅さがまつわっていることに気づきます。千種とも八千種とも言えそうな色、姿、そしてそれにふさわしい名前をもつ秋の草々、最後にその代表でもある〈秋の七草〉の句を。
夜の風にこの白萩の乱れやう 桂 信子
をりとりてはらりとおもきすすきかな 飯田蛇笏
葛の花むかしの恋は山河越え 鷹羽狩行
かさねとは八重撫子の名なるべし 曽良
をみなめし遥かに咲きて黄をつくす 松崎鉄之介
ふつくりと桔梗のつぼみ角五つ 川崎展宏
すがれゆく色を色とし藤袴 稲畑汀子
(正子)