今月の花(四月) しだれ柳
一週間の海外でのいけばなの仕事の直後に東京でデモンストレーションを依頼されており、その当日に使う花をあらかじめ決めておくべく花屋さんに相談に行きました。
「2月後半はちょうどいい頃ですよ、連翹、木蓮、万作、山茱萸、梅 桃、桜、いろいろ揃えられます」流派の初代の時代から本部に花をいれている花店の社長は胸を張って言いました。作業場には2メートルほどもある早春の様々な枝ものがバケツにつけられて並ぶ中、先をくるりと巻いてしばってある、てっぺんから足元までが2.5メートルくらいのしだれ柳が私の目に留まりました。
「これ、使いたいのだけれど!」というと、社長は「いいですよ」というやいなや「おーい!これ冷蔵庫にいれとけ!」とスタッフを呼びました。2週間後のデモンストレーションの当日、この枝に新芽が吹いてほしいという注文には、直前に保管してある冷蔵室からだして陽に当て、いい具合になる様に調節するということでした。
やなぎは大きく分けて2種類あり、枝先が上に向くやなぎが楊という字を当て、枝先が下にむくものは柳の字を使います。しだれ柳 猫柳、その突然変異の黒柳、行李をつくる行李柳、雲竜柳、小豆柳、園芸品種で枝先が平たくなったような石化柳などをいけばなでは多く使います。
やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに 石川啄木
芽吹きの柳を故郷をはなれた啄木が歌っているのはしだれ柳でしょうか。やがて柳絮が飛ぶ季節に移っていきます。
「Willow Weep for Me」というジャズの歌詞は「柳よ私のために泣いて」とでも訳すのでしょうか。weepは枝垂れるという意味の他、忍び泣くという意味もあります。去って行った恋人に思いを重ねた歌詞で、この柳は裏が白い葉をつけて枝垂れるしだれ柳(weeping willow)です。
デモンストレーションの当日、紅白の桃の花、河津桜、そして、大きな鉄の花器の口元を占める緑の葉がつややかな真赤な椿をいれ、最後に背景の黒い幕の前にアトリエスタッフたちによってしだれ柳が何本もゆらゆらと登場すると二百数十名の客席からうわーという声が聞こえました。瑞々しい若緑の芽が出たしだれ柳は物悲しい柳ではなく、これから向かっていく輝かしい季節に爽やかでたくましい息吹が感じられる柳でした。
見渡せば柳桜をこき交ぜて都ぞ春の錦なりける 素性法師
いよいよ春が本格的に動き始めました。(光加)