今月の季語〈二月〉囀り
立春が過ぎても寒いのは毎年のことですが、春の気配は日に日に濃くなっていきます。日脚が伸び、風が柔らかになり、…と兆しはさまざまですが、鳥の声もその一つでしょう。
暖冬のせいでしょうか。私の近辺では今年は一月のうちに四十雀がツツピーツツピーと囀りを始めました。冬の間はチャッチャッと笹鳴きをしていた鶯も、遠からずホーホケキョと囀り始めることでしょう。
囀りは鳥が歌うように鳴くことですが、人を楽しませるためではなく、繁殖期を迎えた雄が雌に求愛する鳴き声です。
囀やあはれなるほど喉ふくれ 原 石鼎
囀に色あらば今瑠璃色に 西村和子
囀っている鳥は喉元が太いのみならず、常よりも大きく見えます。また、繁殖期の雄は羽の色が美しくなります。第二句は絶頂を色に喩えていますが、発想の元にはそんなこともあったかと想像しています。
囀りをこぼさじと抱く大樹かな 星野立子
さへづりのだんだん吾を容れにけり 石田郷子
さへづりのすとんとやめば波の音 夏井いつき
囀りで沸き立っている大樹の、こぼすまいといわんばかりの意思を感じ取った第一句。その中に自分も溶け入ってゆくようだという第二句。静かになると音量で負けていた音が顕われますが、それが波の音だったというのが第三句です。
囀やピアノの上の薄埃 島村 元
囀やアパートいくつ棲み捨てむ 石田波郷
囀る日葬式まんじゆう薄みどり 中尾寿美子
囀りと人事の取り合わせの句です。ピアノの埃は春塵でしょうか。アパートを転々とするのは若い夫婦かもしれません。葬式の白い饅頭が緑を帯びるのは、草木が萌え出る季節でもあるからでしょう。
白閃々(はくせんせん)一夫一婦の鶴の舞 中村草田男
あるときはたたかふごとし恋雀 津川絵理子
太陽は若くて立派鳥の恋 池田澄子
繁殖期の雄は囀りながら恋のダンスをします。これらを総称して〈鳥の恋〉といいます。恋が成就すると巣作りに入ります。
鳥の巣に鳥が入つてゆくところ 波多野爽波
白鳥の顔を埋めて巣に籠る 高野素十
御籤をも結ひこめてある古巣かな 森田 峠
〈鳥の巣〉の「鳥」に具体的な名前を入れて使うこともできます。
白樺の雨につばめの巣がにほふ 飯田龍太
雀の巣かの紅絲をまじへをらむ 橋本多佳子
烏(からす)の巣ありあふもののありつたけ 島谷征良
卵が孵ると、
子雀はみんなどんぐり飴の色 木田千女
子燕のこぼれむばかりこぼれざる 小澤 實〈夏〉
繁殖期が過ぎると再び地味な地鳴きに戻ります。今から夏にかけて、鳥たちの恋模様を見て、聴いて、存分に楽しみましょう。(正子)