今月の季語(4月) 花(2)
二年前の「花(1)」では歳時記の章立てをまたがる「花/桜」の季語―例えば〈花曇〉〈桜貝〉のような植物以外の季語―を読みました。今回は植物の章にある「花/桜」をチェックしていきましょう。
雪月花と並び称されるように、〈花〉は日本の詩歌において昔から重んじられてきた題の一つです。俳句でも伝統を負った竪(たて)の題と位置づけられています。
これはこれはとばかり花の吉野山 貞室
吉野の桜、つまり山桜が本家本元の桜です。まずは押さえておきましょう。この句が描いているのは万朶の花の山ですが、「花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは」と兼好法師が記したように、盛りに到る前の、また到った後の花の季語もたくさんあります。
〈桜の芽〉 切かぶの芽立ちを見れば桜かな 去来
〈花を待つ〉 みちのくの花待つ銀河山河かな 黒田杏子
〈初花/初桜〉初花を木の吐く息と思ひけり 本宮鼎三
人はみななにかにはげみ初桜 深見けん二
桜は樹皮を見ればそれと分かりますが、切株になってしまっても芽で分かるというのが去来の句。芽を詠んでいますが、伐られる前の花のさまを想像しているに違いありません。
杏子の句は二〇一二年作。前年の震災を念頭に置いた句でしょう。「銀河山河」は天上天下、全宇宙の意味合いで私は受け止めています。
鼎三の句もけん二の句も、初花の持つどこかひたむきな印象を詠みとめています。植物の章に置かれていますが、人の気配の濃くまつわる季語とも言えます。
〈花三分〉 花三分睡りていのち継ぐ母に 黒田杏子
〈花五分〉 じつによく泣く赤ん坊さくら五分 金子兜太
〈花万朶〉 花万朶をみなごもこゑひそめをり 森 澄雄
と咲き満ちてゆく段階を示す季語もあります。
咲き満ちてこぼるゝ花もなかりけり 高浜虚子
さきみちてさくらあをざめゐたるかな 野澤節子
のぞきこむ花の奈落や吉野建 長谷川櫂
花盛りと言わなくても〈花〉のみで基本的には昼間の、盛りの花と受け止めてよいほどです。咲き加減を指定したいときには前掲の、昼以外の桜を詠みたいときには〈朝桜〉〈夕桜〉など時間の情報の入った季語を用います。
御山(おんやま)のひとりに深き花の闇 瀬戸内寂聴
チチポポと鼓打たうよ花月夜 松本たかし
いづこより花明りして白障子 長谷川櫂
これらはいずれも夜の花の句です。
〈彼岸桜〉〈大島桜〉〈楊貴妃桜〉〈御衣黄〉など桜の名前も季語として使えます。歳時記等で例句を探してみましょう。
花盛りを過ぎたあとの季語も豊かです。
〈落花〉 中空にとまらんとする落花かな 中村汀女
空をゆく一とかたまりの花吹雪 高野素十
ちるさくら海あをければ海へちる 高屋窓秋
〈残花〉 残花にも余花にもあらず遅桜 清崎敏郎
〈桜蘂降る〉花の萼こぼれて十日銹びにけり 飴山 實
残花は名残の花、遅桜は花期の遅い桜、余花は立夏を過ぎてもなお残る花で夏の季語となります。夏以降の桜の季語はまた改めて。(正子)