浪速の味 江戸の味(六月) 穴子【江戸】
数年前のこと、初夏の富津海岸(千葉県)で名物の穴子丼を頂きました。そのあと港を散策していると、停めてある軽トラックの荷台に雨どいより太めの塩ビ管がたくさん積んでありました。訊くと、穴子漁に使う「穴子筒」とのこと。昼に筒を沈めて翌日の早朝に引き上げると夜行性の穴子が、多いときで十数匹も入っているそうでこれこそが本家本元の江戸前穴子。昼間穴子丼を食べた時は意識しなかった江戸前が、急に身近に感じられました。
江戸前の魚とは東京湾で獲れた魚介のことで、穴子はその代表格です。穴子は全国各地で水揚げされ、明石、宮島などでも名物にもなっていますが、穏やかな内湾で育つ江戸前の真穴子は、身が柔らかく香りがあることが特長。そのため、天ぷらや煮穴子には江戸前の穴子が欠かせないそうです。
房総半島の富津と並んで穴子漁のさかんな地域が横浜市金沢区の小柴です。ここの芝漁港を訪ねると、富津で見たのと同じ「穴子筒」がたくさん積んでありました。数十年前までははえ縄が主流でしたが、針に長時間かかったままでストレスが多いはえ縄に変えて、筒漁を考案したのがこの地域の漁師さんたち。ストレスがかかると身が固くなるそうで、「旨い穴子は穏やかでいい顔をしている」という穴子漁師のことばを伝え聞きました。川崎展宏さんの句に「床屋から出て来た貌の穴子かな」がありますが、この句の穴子は美味しいに違いありません。
小柴では欲張って天ぷらに白焼き、煮穴子をいただきました。どれも身がふっくらとして大きく食べごたえがありました。江戸前の穴子の旬は六月から九月、海がより近かったころに想いをはせながら再び訪ねてみたいと思います。
夕波をまくらに穴子一本揚 光枝