朝日カルチャーセンター「カフェきごさい句会」三月

朝日カルチャーセンター「カフェきごさい句会」。三月の兼題はサイトより三月の季語「二つの雛祭」料理「辛子和え」花「勿忘草」です。

【特選】
きんつばの小豆艶やか春炬燵  守彦

炬燵でいただくきんつば。「艶やか」な小豆が、春と呼応する。

傘寿より俳句始むと春の文  弘道

心弾む春らしい一句。「文」まで言ってしまうと説明。「傘寿より俳句始むと友の春」。

【入選】
勝名乗り受けし関取日脚伸ぶ  周作

なかなか勝てなかったのかもしれない。「日脚伸ぶ」に、応援している人々の温かな眼差しが感じられる。

はうれん草茹でる束の間長きかな  涼子

青菜は湯で加減が命。特にほうれん草は一瞬で茹ですぎてしまう。「束の間長き」が言い得て妙。

子の摘みし花の顔花菜雛  隆子

ことばが多く、ごちゃごちゃしてしまった。「子の摘みし花の一輪花菜雛」。

翁一人戦時生ききし春耕す  弘道

こちらも説明しすぎ。「戦の世生きて一人の春耕す」。

ため息をつけば浮き来る春の鯉  今日子

ほんとうかなと思うが、なにやら春の感じがある。春愁か。

玉子とぢ三葉白魚そして独活  涼子

料理の材料を並べただけだが材料選びがうまくいった。春の嬉しさがあふれている。

風邪の身に彼岸の水のつめたさよ  稲

「彼岸の水のつめたさ」に季節の体感がよく表現されている。

生一本いかなご添へて届きけり  弘道

「いかなご」が動くが、春の到来を告げる肴は生一本のあてには上々。

春の川声あげ子らの追ふて行く  弘道

きらきら輝く川の水を追いかける子供たち。「春の川声あげて子ら追ふて行く」。

催花雨や生きて目覚めし朝かな  稲

暖かな雨に目覚めた春の朝。上五が重いか。「春の雨生きて目覚めし朝かな」。

四月の兼題はカフェきごさいのサイトより四月の季語「春のバラ科の花々」料理「葉山葵のお浸し」花「スイートピー」です。

紙雛お菓子の箱に納めけり  光枝

a la carte 枝垂桜

三月下旬に愛知県犬山市の圓明寺(えんみょうじ)の境内で、樹齢300年の枝垂桜をみました。今年の開花は例年より少し遅いようです。その時はまだ五分咲きほどでしたが、淡いピンクの可憐な花が天から降りそそいでくるようでした。

古木の太い幹には草が生えています。その枝垂桜を撮影している男性がいました。私も写真を撮ったのですが、「こちらから撮るといいですよ。」と声をかけてくださいました。聞くと毎年この枝垂桜を撮りに通っておられるとのこと。今年も満開になるまで毎日通われるそうです。

「今年も元気でこの枝垂桜の開花を見ることができたというのが、私の生きている証なんです。」と言われたのが心に残りました。人それぞれ、心を通わす桜の木があるように思います。根を下ろした場所で300回も花を咲かせてきた枝垂桜が、来年も可憐な花を咲かせていること、そしてまたあの男性が元気に枝垂桜に会いに来られることを祈ります。(洋子)

再会を約す一本桜かな     洋子

カフェきごさいネット投句(三月) 飛岡光枝選

【特選】

卒業す石蹴りながら帰り道  周作

毎日石を蹴りつつ帰った通い路とも今日でお別れ、などと説明するととたんにつまらなくなる。「石蹴りながら帰り道」に「卒業」がありありと現実のものとなったのだ。

うぶすなの土から土へ菊根分  隆子

「うぶすなの土」は菊ならでは。今年も大切に育てる菊。

【入選】

チェホフを閉じてせまれる余寒かな  弘道

「余寒あり」としっかりと止めたい。この形の句は多いが「せまれる」に実感がある。

病癒ゆ友の家訪ふミモザ咲く  弘道

動詞が多く、ぶつぶつ切れてしまった。「病癒えし友の家訪ふ花ミモザ」。
  
根分けして菊すこやかや實の忌  隆子

飴山實氏に「低吟のとき途絶ゆるや菊根分」「身のうちの邪気をふまへて菊根分」の句がある。

妹は姉より強し雛の家  涼子

「雛の家」では句が意味不明になってしまう。「妹は姉より強し雛飾る」。

忘れな草マドンナの来るクラス会  涼子

「マドンナの来るクラス会」は面白いが「クラス会」と「忘れな草」では付きすぎ。「スイートピーマドンナの来るクラス会」などなど、一番合う季語を探すこと。

【今月の投句より】

「どつしりと湯呑茶碗や浮寝鳥」
・「どっしり」と、浮寝鳥の「ふらふら」の対照を面白いと作られた句だと思うが、内容が無ければ俳句にはならない。

「菜の花の花ほろにがし辛子和え」
・料理の説明になってしまった。「菜の花の花ほろにがし」を生かし「下五」で世界を開く。原句は始めの始め、ここから作っていく。

「白山はいまだしろたへ飴山忌」
・「いまだ」はこの句では「いまも」「けふも」がいい。辞書には「いまだ」の意味として「今もなお」「前のままで」とも載っているが、否定形でつかう「いまだ~ない」のニュアンスが感じられるからかもしれない。「しろたへ」は「白山」の形容としては合わない。

今月の季語(四月) 春のバラ科の花々

薔薇といえば初夏の代表的な花の一つですが、あの薔薇はバラ科バラ属の植物です。美しく芳しいバラ属に先行して、「属」違いのバラ科が、意外なほどあれもこれも春たけなわのころに花盛りを迎えます。コート無しで浮かれ出る今日このごろ、バラ科に注目してみませんか。

既に花期を過ぎた〈梅〉もバラ科でしたが、今ならばやはり〈桜〉でしょう。今年の開花宣言は三月二十一日でした。〈桜〉がらみは改めて言うまでもなく、〈花を待つ〉ことから始まって、三分、五分、万朶と咲き加減を追う季語、〈朝桜〉〈夕桜〉〈夜桜〉と一日の時間帯で味わう季語、〈楊貴妃桜〉〈御衣黄〉など種類を示す季語等々、非常に豊かです。

人はみななにかにはげみ初桜        深見けん二

咲き満ちてこぼるゝ花もなかりけり  高浜虚子

夜桜やうらわかき月本郷に      石田波郷

まさをなる空よりしだれざくらかな  富安風生

山又山山桜又山桜          阿波野青畝

花の形が桜とそっくりですが、花柄が長くさくらんぼのように垂れているのが〈花海棠〉です。

海棠に乙女の朝の素顔立つ       赤尾兜子

六月頃実るさくらんぼも今が花盛りです。種類によって花の色も形が異なりますが、桜より花が密生している印象です。

桜桃の花みちのべに出羽の国      角川源義

〈山桜桃(ゆすらうめ)〉は文字通り栽培種ではないさくらんぼのイメージです。我が家にもありますが、例年桜の開花宣言よりかなり早く咲き出します。が、今年はまさに二十一日に初花を観測(?)しました。

一人居の時の長さよゆすらうめ    細身綾子

〈こでまり〉〈雪柳〉はバラ科シモツケ属です。シモツケ(繍線菊)と言われてみると確かにそういう花の付き方をしています。バラ科と思って眺めたことはありませんでしたが、近づいて一花一花を見つめてみると五弁の花は極小の苺の花のような風情です。ちなみに〈苺の花〉もバラ科です。

小でまりの愁ふる雨となりにけり   安住 敦

八方に触手さゆらぐ雪柳       横山房子

花の芯すでに苺のかたちなす     飴山 實

〈山吹〉はバラ科ヤマブキ属。緑の葉が同時に多く出ますが、鮮やかな黄の花は遠くからも目立ちます。

あるじよりかな女が見たし濃山吹   原 石鼎

〈梨の花〉は鳥取の県花ですが、我が家の近隣一帯(多摩地方)でもポピュラーな花です。桜より一回り大きい白い花をつけます。

梨咲くと葛飾の野はとのぐもり    水原秋桜子

〈林檎の花〉〈榠樝(かりん)の花〉〈杏の花〉〈李の花〉〈木瓜(ぼけ)の花〉〈草木瓜の花〉まだまだあります。ブラックベリーやラズベリーもバラ科です。そう思って眺めると、どれもよく似ているように見えて来て面白いものです。

そして本家のバラ属の薔薇はというと、今はまだ芽です。

薔薇の芽や校正のペンポケットに    原田青児

初夏にむけてみるみるほぐれていきますから、お楽しみに。(正子)

 

今月の花(四月)スイートピー

春先、花屋さんに市場から到着したばかりのスイートピーがありました。濃淡のピンクやうす紫、紫。色ごとにふわりと束ねられ、甘い香りをまとっていました。黄色やオレンジ色の花は人工的に色を吸い上げて作られています。

そんななかにちょっと変わったスイートピーを見つけました。茎には翼のようなフリルが付いていてそこからまっすぐな茎が飛び出しています。たくさん付いた花は厚めで小ぶりの花びらを持ち、葉や髭も出ています。一年草のスイートピーに対し、それは宿根スイートピーでした。

その時、ある光景を思い出しました。私が初めて行ったヨーロッパはデンマークのボーデインボーという町でした。その町の学校の先生のお宅に夏の二週間をホームステイしたのです。その家の裏庭に植えられていたのがスイートピーでした。針金の土台に絡みながら伸びていくマメ科の植物の先端は私の背をはるかに越え、花弁に水をつけるととシミができてしまうほど薄いピンクの繊細な花は手の届かないほど高いところに咲いていました。そうそう、あの花はこんなだったと宿根スイートピ―を手に取りました。近頃では花嫁のブーケにも人気なのだそうです。

しかし、スイートピーはイタリアのシチリア島の原産といわれます。夏とはいえ北の国デンマークで出会った花は、本当にスイートピーだったのだろうか、という疑問がわきました。同じ北欧のスエーデン人の生徒に聞いたところ「種から蒔いて育てるわ。庭でみかける花よ」という答えでした。枯れても根が冬を越す宿根スイートピーなのでしょう。

デンマークといえば、英国国王エドワード七世(1841-1910)の妃はデンマーク出身のアレクサンドラ王妃(1844-1925)でした。彼女はこよなくスイートピーを愛し、ことあるごとに装飾に使ったそうです。彼女がスイートピーをよく飾ったのでこの花が英国で認識された、とさえ言われています。その美貌を見込まれて英国に嫁ぎ三男三女をもうけた彼女の人生は、夫との問題もあり決していつも幸せとは言えない一生でした。愛らしいこの花は、彼女がデンマークにいた時になじみのなつかしい花だったのでしょう。

初めてのヨーロッパでひとりデンマークの家庭で過ごした四十数年前の私の記憶は、この花しかありません。王妃が嫁いだ年と同じくらいの年齢だった当時の私も、知らない人々の中でどこか心細かったのではないかと可憐なスイートピーを見て今、自分を振り返っています。(光加)

今月の料理(四月) 葉山葵のお浸し

雪国に住む人達にとって春は格別にうれしいもの。新潟出身の人が東京に冬はないと言った事がしみじみ思いだされます。青空に浮かぶ雪嶺も、一日中光をこぼす雪解の雫もそののどかな音も、長い暗い冬があってこその事ではないでしょうか。春は空のカーテンをさっと開けたようなそんな気分です。そしてこの頃になるとそろそろ気になるのが山菜です。

去年の事ですが、友人から葉山葵のお浸しをいただきました。そのさわやかな香りと辛味がなんとも新鮮で、早速作りたかったのですがその時は山葵はもう終りで作る事が出来ず来年のお楽しみにしていました。

そんな訳で今年、早速近くの山へ採りに行きました。出たての葉山葵はまだ小さく採るのもなかなか大変ですが、やはりこの春一番初めに採れたものには格別の喜びがあります。作り方も山葵漬を作るよりずっと簡単で、つけ汁を濃いめにすると日もちします。

【作り方】

葉山葵を洗いざくざくと食べやすい大きさに切ります。

多めの塩で良く揉んで灰汁をだし絞ります。

笊にとってたっぷりの熱湯をかけ絞り熱いまま密閉の容器に入れます。

密閉容器のまましゃかしゃかと振り冷蔵庫で一晩置きます。あとはお好みの出汁醤油でいただきます。

一株はコップに挿して花山葵        善子

朝日カルチャーセンター「カフェきごさい句会」二月

「カフェきごさい」句会、二月の兼題はサイトより二月の季語「節分」料理「酒粕(粕汁など)」花「土筆」です。

【特選】

平げて骨透きとほる鰤の鎌  今日子

「平げて」と豪壮に始まる一句は鰤一尾を食べつくしたかのようで愉快。「骨透きとほる」には寒鰤の「寒」が感じられる。「平らげて骨透きとほる寒の鰤」もある。

【入選】

対岸は高層ビル群つくづくし  涼子

東京郊外の土手の様子がよく描かれている。突っ立つビルと土筆。

生きてこそ身に沁む春の光かな  守彦

「生きてこそ」に実感があり、「春の光」の明るさ、暖かさがよく伝わる。ちなみに「身に沁む」は季語としては秋。

戸をたたき大股でゆく春一番  稲

「大股でゆく」が春一番らしい。

春昼や競馬新聞読む男  弘道

のどかな春の昼にも人間の欲望は健在。「春昼」に潜む、明るいだけではないものが感じられる一句。

どんぶりに満たす粕汁雪を掻く  涼子

「満たす粕汁」が少々散漫。「どんぶりの粕汁食うて雪を掻く」。

醒めていてみている夢や冬ふとん  周作

「布団」は付きすぎ。あえて「冬ふとん」という必要もない。「醒めていてみている夢やチューリップ」など、「季語」一考を。

黄水仙もう一まはりジョギング  光加

黄水仙の明るい色に励まされて。「一まはり」→「一回り」。

受付の呼鈴金物や厚氷  周作

呼鈴が厚くはった氷に響くよう。「金物」に「カネ」とルビが付いているが、無理がある。「受付の呼鈴ひびく厚氷」。

鳥の絵の小鉢に盛らん花菜漬  隆子

「花菜漬」が鮮やか。

三月の「カフェきごさい」の兼題はサイトより三月の季語「二つの雛祭」料理「辛し和え」花「勿忘草」です。

土筆ん坊寅さんを待つ風の中  光枝

カフェネット投句(二月)飛岡光枝選

【特選】

豆を撒く飼ひ馴らしたき鬼もゐて  涼子

豆で鬼をおびき寄せている?!空恐ろしい一句。原句は「飼い馴らしたき鬼もゐて豆を撒く」。

幼子は小さき籠に土筆摘む  弘道

一心に土筆を摘む子供。原句の「幼子と小さき籠に土筆摘む」ではただの報告になってしまう。

【入選】

面影は花すかんぽの色に褪せ  隆子

「すかんぽ」にはなつかしい響きがある。

無防備の土筆一本風に立つ  隆子

確かに土筆の様子は無防備。原句は「無防備の土筆一本胸の中」。

忘れえぬ人の数々土筆和  弘道

原句は「忘れえぬ景の数々土筆和え」。より焦点を絞ること。

土手にはや土筆出たぞと理髪店  周作

髪結床の噂話。春のにぎやかさが伝わってくる。原句は「土手にはや土筆出たぞや理髪店」。

菜の花に地蔵隠れし櫓かな  周作

いつもなら櫓から見えるお地蔵さま、今は菜の花が揺れるばかり。

粕汁や岸壁に舞ふ波の花  涼子

きびしい厳冬の景と湯気を上げる粕汁と。過不足ないしっかりとした一句。

今月の花(三月) 勿忘草

英語でforget-me-not と呼ばれ、私を忘れないでという意味を持つ勿忘草(わすれなぐさ)は、ヨーロッパが原産です。日本で鉢植えや切り花で見かける勿忘草は、むらさき科のえぞむらさきという日本に自生していた植物の園芸種であることが多いのだそうです。ヨーロッパの勿忘草の学名はmyosotis scorpioidisで、頭につくmyosotis は、えぞむらさきの学名にもつきます。渡来の折「forget-me-not」はそのまま勿忘草と和訳され、幾種類かあるこの花の総称となっています。

改良され、なかには花の色が薄いピンクや白もありますが、代表的なものは春に咲く直径1センチにも満たない薄いブルーの花です。5弁の花弁を持ち、中央が黄色でぽちっと小さな目のような黒があり、高さはせいぜい30センチくらいです。

名前の起源は諸説あります。そのひとつが、水辺で美しい花をみつけた若者が恋人に取ってあげようとして誤って落ちて亡くなり、その時に「私を忘れないで」と言ったという物語。そのことからこの花の名前には誠実さとロマンチックで愛らしいイメージがあり、多くの詩や歌に登場し映画の主題歌になったこともあります。

イタリア民謡に「わすれなぐさ」(Non ti scordar di Me)があります。作曲は「帰れソレントへ」などで知られるエルネスト・デ・クルテイス、作詞はフルノ・ドメニコです。三大テノールと呼ばれたプラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラス、そしてルチアーノ・パヴァロッティ。この3人も「わすれなぐさ」をよくコンサートで歌っていました。ドミンゴとカレーラスはスペイン出身ですが、パヴァロッティはイタリアのモデナ出身。パヴァロッティがこの世を去った時、追悼のコンサートでドミンゴは黒の上下、カレーラスは白いドレスシャツに黒いネクタイをして二人でこのイタリア民謡を情感をこめて歌い、聴衆の万雷の拍手を受けました。

イタリア語でわすれなぐさはmiosotideで、学名の一部で呼びますが、もうひとつの名前はnontiscordardime,つまり歌と同じnon ti scordar di me まさに私を忘れないでという名前です。長い間のライバルで良き友でもあった二人からこの歌をささげられた巨漢のパヴァロッティは泉下で両手を大きく広げて喜んだことでしょう。

イタリアでは、勿忘草は日本の「敬老の日」にあたる10月2日の「祖父と祖母の日」に贈られる花だそうです。ということは、かの地では春の花ともいえないのでしょうか。(光加)

今月の季語(三月) 二つの雛祭

三月の行事と言えば、まず〈雛祭〉でしょうか。身近な食料品店にも立春のころから〈雛あられ〉や〈菱餅〉〈白酒〉などが並び始め、バレンタインデーの翌日にはその一画が桃の花色に変わっていたりします。商戦に踊らされているようでもありますが、普段の買い物をしながら、触れて嬉しい季節感の一つです。

潮引く力を闇に雛祭          正木ゆう子

雛菓子を買はざる今も立ち停る   殿村菟絲子

雛あられ両手にうけてこぼしけり  久保田万太郎

白酒の紐の如くにつがれけり    高浜虚子

ひし餅のひし形は誰が思ひなる   細見綾子

高額出費が見込まれる〈雛人形〉は、年が明けて羽子板のシーズンが終わるとまず「変わり雛」が話題になります。〈雛市〉が立つという時代ではありませんが、〈雛の店〉は活気を帯び、百貨店でも〈雛売場〉が拡大されます。殊に幼い女の子がいる家庭では、お節句に向けて熱い相談が繰り返されるのではないでしょうか。

雛店の雛雪洞の総てに灯        大橋敦子

雛市やゆふべ疾風にジャズのせて  石橋秀野

木に彫つて寧楽七色の雛かな     飴山 實

これはこれは貝雛の中混み合へる   大石悦子

かように三月の雛祭に関しては、売り買いが絡むこともあって絢爛豪華に、はたまたしっとりと思いを籠めてとりおこなわれ、季語もひしめき合っております。

天平のをとめぞ立てる雛かな   水原秋桜子

雛飾りつゝふと命惜しきかな    星野立子

さて、ここで思い出していただきたいのが、先月の「節分は立春の前日だけではない」の一節です。実は雛祭も、年に一度のみではないということをご存知ですか?

もっとも祭とまでいうと語弊があるかもしれません。雛市も立ちませんし、店先に雛菓子が並ぶこともありません。また、今では誰もが行うものでもなくなっています。が、雛を飾る風習は九月九日にもあり、これを〈後の雛〉〈秋の雛〉と呼ぶのです。

豊年の雨御覧ぜよ雛達       一茶〈秋〉

畳に手つきて絵を観る後の雛   中西夕紀〈秋〉

九月九日といえば〈重陽の節句〉〈菊花節〉です。雛壇に菊を描いた絵櫃を供えることもあるそうですから、二句目の「絵」は菊の絵でしょう。そういう日に祀る雛ですから〈菊の雛〉ともいいます。

しほしほと飾られにけり菊雛  飯田蛇笏〈秋〉

私が実際に菊の雛を見たのは、文京区の旧安田邸でした。その日、雛壇に菊の生花はありませんでしたが、庭に鉢植えの菊が並んでいました。半年に一度、風を通し、埃を払うのですから、維持管理にもよさそうです。お宅の雛人形にも春風と秋風をいかがでしょう?

三月の後半には〈お彼岸〉があります。春分の日を〈お中日〉として前後三日の七日間をさすときは時候の季語、〈彼岸会〉〈彼岸詣〉を意味するときは行事の季語となります(歳時記には別の部に収められています)。彼岸も年に二度あります。単に〈彼岸〉といえば春の季語、秋の彼岸をさすときは〈後の彼岸〉〈秋彼岸〉として区別します。

毎年よ彼岸の入に寒いのは   正岡子規〈春〉

秋彼岸山は入り日を大きくす  成田千空〈秋〉   (正子)