枇杷はバラ科、柊はモクセイ科。どちらも常緑ですが、木の姿も花の形もまるで異なります。共通するのはその佳き香り―と聞いて「え、枇杷の花って香るの?」と思われた方もいらっしゃるでしょう。私も自分の鼻でその香りを捉えたのは、さほど昔のことではなく、二〇一九年十一月のことでした。
「俳句四季」十一月号(十月二十日刊行)にそのいきさつを長々と書きましたので詳細は省略しますが、その日、どこよりか芳しい香りが漂ってきてあたりを見回すと、大きな枇杷の木が遠目にもわかるほど白く花を付けていました。何度も通った場所ではありました。ここに枇杷あった? 枇杷の花って香るの? 近づくにつれ強くなるその香に、同行の者は皆、絡め取られるように酔い痴れたのでした。
例句を調べると、
蜂のみが知る香放てり枇杷の花 右城暮石
香りの句もありますが、芳香を絶賛しているわけではなさそうです。
十人の一人が気付き枇杷の花 高田風人子
一人が「いい匂い」と気付いた可能性も無くはないのですが……。
満開といふしづけさの枇杷の花 伊藤伊那男
故郷に墓のみ待てり枇杷の花 福田蓼汀
裏口へ廻る用向き枇杷の花 山崎ひさを
やはり裏手にあたるところにひっそりと咲く花のようです。
「俳句四季」には三十名の会員に句を寄せていただきましたが、その中に香りの句が三句ありました。
明かぬ夜やきのふの枇杷の花匂ふ 堀口知子
このにほひは母の鏡台枇杷の花 原田桂子
ふるさとの甘やかな風枇杷の花 仙波玉藻
二〇一九年の体験以来、私は枇杷の花を見つけると、必ず寄って行くことにしていますが、いつも香るとは限らないようです。ものの本には、花が黄色くなるにつれ、強く香るとありますが。
この冬、皆さまにも枇杷の花の香りを確かめていただければと願っています。
柊の花のほうは、その香を知らぬ人はいないでしょう。モクセイ科なだけはあるという香りです。こちらも花自体はさほど目立たず、芳香によってその存在に気付くことが多いようです。
柊の花一本の香かな 高野素十
柊のひそかな花に顔よせて 星野立子
素十の句は、たった一本あるだけでこれほどまでに香る、と読みたいですし、立子が顔をよせたのは、その芳香ゆえ、と思います。
私自身がその香に吸い寄せられた定かな記憶は、一九九九年十一月下関でのことです。少しひんやりした日でした。ふいにその日の空気より冷たい流れが頰に触れ、モクセイ? と思いました。が、既にその季節は過ぎています。ではヒイラギ? あたりにそれらしきものが無いので、探しながらさらに進むと、一軒をすっぽりと囲む生垣がどうやらそれらしく思われました。近づくと「ヒイラギモクセイ」と札が付いていました。欲張りな名前だなあ…。その後のことは、句会場の床の間に柊が生けられてあったこと以外の記憶が欠落しています。
ひひらぎの生けられてすぐ花こぼす 髙田正子
ひひらぎの花まつすぐにこぼれけり
思い出から拾った、初冬の芳しい花ベスト2でした。 (正子)









