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今月の季語(十月) 木の実

caffe kigosai 投稿日:2026年9月12日 作成者: masako2026年9月13日

〈木の実〉は樹木に生る実のうち、果物と呼べるもの以外の総称(広義には果物も木の実、草の実と言えますが、一般にはそのように区別します)。〈団栗〉はブナ科の落葉樹(櫟、楢、樫など)の実で、狭義には〈櫟(くぬぎ)の実〉を指します。〈○○の実〉と樹木の固有名を入れて呼ぶこともできるのですから、〈木の実〉は名前を意識せずに使う(使える)季語でもあるでしょう。                                        
                                                    よろこべばしきりに落つる木の実かな     富安風生

香取より鹿島はさびし木の実落つ            山口青邨

〈木の実〉と聞けば私はまっさきに風生の句を思います。いつだったか、子どもたちが楽しそうに木の実を拾う姿に木が応えているという鑑賞を読んだことがありますが、子どもを登場させなくても、そもそも作者自身が喜んでいると捉えてもよさそうです。〈木の実時雨〉の様相を呈しているのでしょう。落ちる音やリズムも楽しそうです。

青邨の句は、高浜虚子一門の「武蔵野探勝」吟行で、香取神宮、鹿島神宮を一日で回ったときに詠まれています。昭和8年10月1日作。私も仲間と行ったことがありますが、一日でというのはかなりハードな日程です。ですが、のんびりと出かけた私は「鹿島はさびし」の感慨を抱きませんでした。秋の一日の時間差が詠ませた句なのかもしれません。

母と子に夜も木の実の落ちしきる     橋本多佳子

森に降る木の実を森の聞きゐたり     村越化石

多佳子は夜、家の中で音に耳を澄ましているのでしょう。視覚で確かめてはいませんから総称でよいのです。

化石は病のため目が不自由でした。森が聞いている音は即ち化石が耳を澄ましている音でもあるでしょう。

団栗の寝ん寝んころりころりかな     一茶

どんぐりが両手にあふれ父である     小島 健

前の句は、団栗がころりと転がりやすいことと、子どもに縁の深い木の実であることを示していそうです。一茶のころも今もその点では同じだと思うと、親しみを感じます。

後の句は、子が父の手を器代わりにどんぐりを拾っているのでしょうか。「どんぐり」とひらがな書きになってもいて、幼い子であることを感じさせます。

では〈○○の実〉はどうでしょう。

手にのせて火だねのごとし一位の実   飴山 實

真弓の実昔の赤はこんな赤             後藤立夫

青空に金鈴子とはよき名なり            森田かずを

色を得し雫紫式部の実               日原 傳

それぞれの実を知らない者にも、〈一位の実〉は火の色で、〈真弓の実〉は紅色、〈金鈴子(きんれいし/栴檀の実)〉は金色の鈴のようであることがわかります。そして〈紫式部の実〉は、宿った雨粒に色をうつすほど紫です。

菩提子を降らせし樹なり敬ひぬ              大石悦子

悼むとは無患子の実を拾ふこと              山本洋子

〈菩提子(ぼだいし)〉は〈菩提樹の実〉のこと。釈迦が入滅した天竺菩提樹の実では(おそらく)ありませんが、同じ音をもつせいか、ありがたく思われるのです。

〈無患子(むくろじ)〉は中の黒い種子が羽子つき遊びの玉になります。また、連ねて念珠にすることもあります。念珠を爪繰るように、菩提子を一粒ずつ拾って悼む作者なのでしょう。

この秋、あなたは何の実を拾いに行きますか?(正子)

浪速の味 江戸の味(九月) 鰯【江戸】

caffe kigosai 投稿日:2026年9月2日 作成者: mitsue2026年9月2日

黒潮に乗り大群で日本近海にやってくる鰯は、獲るのが比較的たやすく古くから食べられていました。縄文時代の遺跡からもその痕跡がみつかるそうです。

人口が爆発的に増えた江戸では、安い鰯は庶民の強い味方でした。

現代でも鰯の漁獲量全国一位二位を争う千葉県の銚子で獲れた鰯は、利根川を利用して江戸へ運ばれました。足が早い鰯は、干物や目刺などの加工品も盛んに作られました。

鰯の利用は食用に止まらず、その油は行灯などに用いられました。魚油は魚臭く、化け猫が行灯の油を舐める場面は怪談でお馴染みです。

鰯を肥料として利用する「干鰯(ほしか)」は、江戸時代に栽培が盛んになった綿花との相性がよいこともあり、17世紀には爆発的に出回り、深川には干鰯を専門に扱う干鰯場が数か所あったほどだそうです。因みに、正月料理の「ごまめ」を「田作」というのは干鰯からきたとの説もあります。

写真は神田の鰯専門店の刺身とフライ。毎日銚子から到着する鰯を使ったランチは新鮮でリーズナブル。現代の東京でも鰯はサラリーマンの強い味方です。

縄文のをみなとなりて鰯引く  光枝

今月の花(九月) 栗の実

caffe kigosai 投稿日:2026年8月20日 作成者: mitsue2026年8月20日

8月初めのロンドン。南西部にある(キュー王立植物園)キューガーデンに入った途端、芝生の薄茶色にショックを受けました。

5週間雨が降らず、個人の庭にホースで水を撒くのは禁止。気温34度も数日記録して、もうここはロンドンではないわ、今頃は芝生が青々しているのに、と滞在させていただいた家の知人はため息をつきました。

わずかな場所を除き、120ヘクタールのキューガーデンの庭全体に水をやるのは当然不可能で木々も枯れ葉が見られ、中には茶色になって地上に落ち始めているところもありました。

道をたどっていくと一本の大きな栗の木をみつけました。高さは何十メートルあるでしょうか。近くに寄ってみると夏の光を浴びる葉の茂りから緑の小さな実がたくさん。芝生の薄茶色との対比はその木の頼もしい存在を際立たせ、親子がその下で飲み物を取り出し休んでいるのを見ると、ふとある歌が浮かびました。

“大きな栗の木の下で”。中学生のころ野尻湖に行ったとき、キャンプファイアを囲み歌った歌の一つです。もとは英国民謡ときいています。

栗の木は、ここは大丈夫と言っているかのように堂々と立ち、誰でも迎え入れると言わんばかりに長い枝を周囲に広げていました。木肌の整っている幹の様子になんと美しい木だと思いました。日本でこんな大きな栗の木は見たことがありません。

2003年には世界遺産に登録されたキューガーデンには4万種以上の植物が植えられ,温室もいくつかあります。英国というとバラのイメージがありますが、数十年前、ここに関係していた英国人の知人のおかげで石楠花の好きな私はバックヤードに植えられていた様々な色の満開の石楠花の中を歩く幸運に恵まれました。

そこにあった石楠花はあくまでサンプルと研究のために植えられているという説明を受けました。種や標本やデータなどを世界各地から情報を集めている世界一の植物の研究機関として知られています。

あ、キツネがいる、という声にふりむくと 一匹のきつねが芝生を走り抜けていきました。
日本では近年、熊の被害が多く、熊を人里に近づけさせないため、実がなる樹木を切る地域も出てきて栗もその中に入っていると聞いています。丹精込めて育てたものを切り倒す、その気持ちを思うと、この世界に知られる研究機関が植物からの観点で熊と人との共存の提案がされないものだろうか、とふと思った夏のロンドンの旅でした。(光加)

今月の季語 九月 草の花

caffe kigosai 投稿日:2026年8月15日 作成者: masako2026年8月18日

昨年〈秋草〉を取り上げたときに〈草の花〉との違いについて考えました。〈秋草〉を〈千草〉〈八千草〉と言い換えるとかなり近くなりますが、〈草の花〉のほうが総じてひっそりと静かです。

名はしらず草毎に花あはれなり             杉風

「名はしらず」が〈秋草〉とのいちばんの違いではないか、としたのでした。

秋草を活けかへてまた秋草を               山口青邨

死ぬときは箸置くやうに草の花             小川軽舟

活けるのは草の花ではないでしょう。死ぬときも秋草では箸を置きにくそうです。

その名を意識しながら輪郭を明確にして詠むのか、茫々と遠まなざしになって詠むのか。私の師、故・黒田杏子は〈秋草〉の句は詠んでいますが、〈草の花〉は一句も残していません。意識して画然と線を引いていたのだと思います。

大雨のあと秋草を剪りに出て      黒田杏子

私にはもう一人、心の師匠がいます。今年生誕100年となる飴山實(1926~2000)です。

第一句集『玩具』(1994年2月)を刊行したとき、私は大阪・吹田市にいました。同じころ、飴山夫妻も自宅を山口市に置きながら吹田市にお住まいだったのでした。

初めて句座を共にしたのは同年8月、高槻市の神峯山(かぶさん)寺で開催されたNHK「夏季BS吟行俳句会」でした。改めて年譜を見て愕然としたのですが、そのときの飴山氏は今の私とほぼ同齢でした…。

杏子とは逆に、實には〈秋草〉の句は無く〈草の花〉があります。

細道は犬がつけたる草の花

すすぎけり古染付(こそめ)の欠けの草の花

手をふれて胸まで濡るゝ草の花

わが墓とおもはで洗ふ草の花

草の花入江の見ゆる陶の家

すべて生前の最終句集『花浴び』所収なので、晩年の花眼による可能性もありますが、一句も残さなかった杏子とは明らかにスタンスが異なります。

もっとも實も〈秋草〉の作句例はありませんが、〈萩〉〈芒〉と具体的な名を呼んで詠んでいます。何句か挙げてみましょう。

あきらかに人の声する雨の萩  『少長集』

郵便車ゆさゆさ萩をこぼしけり 『次の花』

※「ゆさゆさ」の後ろの「ゆさ」はくりかえし記号

白萩の走りの花の五六粒    『花浴び』

第一句は、急に声が近くに聞こえて驚いたのでしょうか。雨に濡れている萩叢によって姿は見えないのです。二句目は郵便車がすり抜けたことにより、萩の枝がゆさゆさと大きく揺れ、盛りの花をこぼしたのでしょう。三句目は萩の初花です。「粒」で数えたところが鮮烈です。

花芒能登は自在に畦まがり   『少長集』

刈らんとて芒にふかく沈みたる 『花浴び』

實の「能登」好きは有名です。石川県小松市に生まれ、金沢の第四高等学校に学んだ雪国育ちだからでしょうか。大学進学で京都に出たのちは、大阪、静岡、山口とむしろ暖かな地に勤務していますから、雪への郷愁をかきたてる土地であったかもしれません。

杏子は広告会社のプランナー、實は醸造学の研究者。実績を積み上げ、やり抜いた共通性はもちつつ、秋草と草の花のように対照的な二人だったかもしれません。二人の師に、改めて学び直してみようと考えています。(正子)

浪速の味 江戸の味 八月【盆の菓子】(浪速)

caffe kigosai 投稿日:2026年8月9日 作成者: youko2026年8月9日

盂蘭盆会は、陰暦7月13日に迎え火や提灯で祖霊を迎え、16日に送り火で送ります。関西では、月おくれの8月に行っています。お盆の間、お膳、野菜、果物、菓子などをお供えします。

『近世風俗志(守貞謾稿)』の巻の二十七に「七月十一、二日比より魂祭の具を売る」があります。

盆用意で、大阪順慶町や、松屋町の常に夜市のある所でお供えものを買い求める様子が書かれています。担ひて、売り巡るのもあったようで、「みいろみいろ」と桃・柿・梨の三果を売っていたとのこと。お盆の時だけ梨は「なし」ではなく、「ありのめ(ありのみ)」と呼び、供えものの三菓は見た目に立派なものではなかったようです。

その他「蓮葉」「みそはぎ」「粟穂」「きび穂」「稲穂」「枝栗」「折敷」「土器(かわらけ)」なども売られていました。今は、このようなお供えものを身近に見る機会はなくなりました。シンプルに先祖の好物をお供えしています。

盆のお供え菓子には、落雁とよぶ干菓子(押物)や、寒天を使った半生菓子(琥珀)が日持ちがして重宝します。各地で、お盆の菓子は様々ありますが、写真の菓子は、大阪の老舗の和菓子店で「盆のお供え菓子」として売られていた品です。

蓮の押物は、米粉、砂糖、水飴、和三盆で作られています。 桔梗の琥珀は、砂糖、寒天、米粉で作られています。水の琥珀は、砂糖と寒天のみで作られています。極楽浄土をイメージする蓮と見た目も涼しげな桔梗と水。お盆にご先祖をお迎えするのにふさわしい菓子だと思います。

盆菓子の蓮の落雁父母に   洋子

「カフェきごさいズーム句会」8月句会報告 飛岡光枝選

caffe kigosai 投稿日:2026年8月8日 作成者: mitsue2026年8月8日

第四十一回「カフェきごさいズーム句会」(8月8日)の句会報告です。(   )は添削例。
この句会は国内外どこからでもズームで参加可能です。 参加希望の方は右の案内からどうぞ。見学も大歓迎です、右のメニューのお問い合せへその旨お送りください。

第一句座              
【特選】
青田波田の草取りを呑み込めり       藤倉桂
(青田波道草の子を呑み込みぬ)    
生き延びて今年も仰ぐ盆の月        斉藤真知子
吹き溜まり戦ひ終わり油蝉         早川光尾
(油蝉戦ひ終はり吹き溜まり)

【入選】
はらはらと髪にリュックに花ゑんじゆ   鈴木勇美 
秋暑きものに親爺の魚拓かな       葛西美津子
秋暑し指三本で塩つかみ         飛岡佐恵子
(秋暑し指三本で塩を振る)
風鈴に急かされてゐる投句かな      葛西美津子
我が星は戦まみれよ雲の峰        藤倉桂
八月や小さき仏も五十歳         高橋真樹子
花芙蓉見知らぬ人と雨宿り        赤塚さゆり
大鐘は涼しく灼けて山の上        葛西美津子
(大鐘は灼けて涼しく山の上)
太陽の子なり真つ赤なミニトマト     高橋真樹子
(太陽の子なり真つ赤なトマト捥ぐ)
精霊流し爆心地よりはじまりぬ      伊藤涼子
(絵灯籠爆心地より流れくる)
花氷のぞけば歪む人のかほ        矢野京子
初秋の波を洗ひし波の音         斉藤真知子
(初秋の波を洗つて波寄する)
暑き日の夕陽の迫る台所         高橋真樹子
茄子の馬ちょっと前のめり盆の客     飛岡佐恵子
(茄子の馬ちよつと前のめり盆用意)
涼風のやうな娘に育ちけり        矢野京子
朝顔の花を数へにゆく子かな       斉藤真知子

花咲きて見知らぬ街や烏瓜  光枝

第二句座(席題・露草、秋立つ)
【特選】        
ワンカップ供ふ父の忌秋立つ日      伊藤涼子  
(秋立つや父に供へるワンカップ)
道端の露草加へ供華とせむ        藤倉桂

【入選】
立秋や真白き新のふきん出す       伊藤涼子
ペン先にインクたつぷり蛍草       矢野京子
露草や真中に黄色ありてこそ       田原眞知
露草の瑠璃のさやかに小径かな      高橋真樹子    
露草や電車見送る道の辺に        矢野京子
(露草や電車見送る道の端)
立秋や句集を抱え友見舞う        飛岡佐恵子
(今朝の秋句集を抱へ友見舞ふ)

うかうかと十年過ぎぬ蛍草  光枝

今月の花(八月)桔梗

caffe kigosai 投稿日:2026年7月30日 作成者: mitsue2026年7月30日

今月の「花」は、2018年8月のアーカイブをお届けします。どうぞお楽しみください。(店長)

 
桔梗の蕾を手に取ると私はなぜかつぶしてみたくなります。

 秋の木の実の場合だと中に何がはいっているか、種はどんな形か見てみたくなり、指先でつぶすということはあります。それに比べてこれから花開く蕾をつぶしてみたいというのはどう考えても許されるとは思えません。
 
 桔梗の蕾は上から見ると五角形です。横から見ると風船のようで、どこかで見た形だと見つめていると空に浮かぶ熱気球を思い出しました。英語名のひとつは風船をさすballoon flowerです。中心をきちんと閉じた蕾の中は雄蕊や雌蕊のほかは空気しか包んでいません。紫の花がどこか透明感があるのはそのためでしょうか。繊細で上品なこの花の蕾はやがて開くと先端は五つにわかれます。

 山上憶良の詠んだ秋の七草の最後に挙げられる朝顔の花が、実際はどの花かいろいろな説がありますが桔梗という意見が大半です。野にある桔梗に出会える機会は年々少なくなっていますがその代りに園芸品種は早くから作られ、白、薄ピンク、八重咲、また斑入りや丈の短いもの、平らに開くものなど様々です。高さは1mにもなることがあり、葉は細い卵型で、裏はやや白く 花のついている先端の茎は細く花は横を向くか、やや下を向いて咲きます。

 日本の家紋は植物が多く、そのひとつに桔梗紋があります。五角型の花の形は紋のデザインにもってこいなのでしょう、多くの知名人もこの紋を用い、明智光秀はその一人。加藤清正や太田道灌や大村益次郎の家紋は桔梗をもとにしてデザインされています。

 古くは陰陽師として知られる安倍晴明の晴明桔梗紋で、晴明神社にはこの紋が見られます。デザイン化された紋は星の形のようです。五芒星(ペンタグラム)といわれるこの印は魔除けともいわれエチオピアやモロッコの国旗にも似たような形がとりいれられています。これらの国には桔梗はあるのでしょうか。

 平昌オリンピック、フィギュアスケートで連続優勝をなしとげた羽生結弦選手の振り付けは、この陰陽師、安倍晴明をテーマにしていました。そういえばすらりとした姿、長い首、透明感のある羽生選手にどこか桔梗のイメージを重ねるのは私だけでしょうか。(光加)

今月の季語 八月 七夕

caffe kigosai 投稿日:2026年7月13日 作成者: masako2026年7月20日

〈八月〉は季感の取り方が難しい時期であり季語ですが、それ以上に悩ましいのが〈七夕〉です。

これまでは(新暦の)カレンダー通りに、七月七日に雨の七夕を詠むのも一興と考えてきましたが、今年は歳時記に則って文月七日(二〇二六年は八月十九日)に詠んでみようかと思っているところです。八月十九日にもなれば、さすがに梅雨は明けています。空模様はその日次第ですが、雨になったらなったで〈催涙雨〉だと思えばよいのですから。

文月や六日も常の夜には似ず        芭蕉

『おくのほそ道』の旅の途次、明日は七夕という夜に芭蕉が詠んだ句です。このあとにはかの有名な、

荒海や佐渡に横たふ天の河          芭蕉

が続きます。元禄二(一六八九)年の七夕は晴れていたようです。

みちのくの雨に七夕かざりかな      小澤 實

東北地方にはひと月遅れの八月上旬に七夕の行事を行っているところがあります。たとえば今年の「仙台七夕まつり」は八月六~八日の開催。この句もおそらくひと月遅れの、本来の七夕に近い日のできごとでしょう。

人住めぬ町に七夕雨が降る          高野ムツオ

これもまた「みちのく」の句でしょう。放射能により「住めぬ町」となったところへ、住めなくなった人々の涙雨が降り継いでいるのです。

 

私が文月七日にこだわってみようと思ったのは、我が家が完全に老人世帯となったからにほかなりません。小中学生が身近な存在であったころは、どこやらから笹を都合してきては、自宅でも短冊や折紙細工で飾り付けをしていました。成人したのちも「子」と名のつく存在が家うちにいたころには、そうした記憶の尾を捕まえることがたやすかった気がします。

七夕竹切りし飛沫を浴びにけり      能村登四郞

女の子七夕竹をうち担ぎ             高野素十

星合の世のいきいきと筆硯           後藤比奈夫

♪ささのは さ~らさら と歌われますが、笹のみでは季語とはならず〈七夕竹〉とします。江戸時代には〈七夕竹売〉がいたようです。竹のほかに短冊や飾り物など、必要なもの一式を取りそろえていたそうですが、さてどんな節回しで売り歩いたのでしょうか。

梶の葉の文字瑞々と書かれけり      橋本多佳子

芋の葉の露を硯に移して、紙ではなく〈梶の葉〉に書くこともあったとか。今では七夕の設えをしている神社などへ出かけないと見られなくなりました。

そうしたところには〈願(ねがひ)の糸〉が懸けられていることがあります。短冊を吊す糸のことではなく、楸(ひさぎ)の葉に刺した金銀の針七本のそれぞれに通した〈五色の糸〉のことです。

爪立ちて願の糸を高く懸け          下村非文

ともあれ、身を置く環境がかくも変わっていたことに、ある日愕然と気づいた次第。

子を連れて子が来る七夕竹伐らな    大石悦子

次は、健やかにこうなることを願いつつ。(正子)

「カフェきごさいズーム句会」7月句会報告 飛岡光枝選

caffe kigosai 投稿日:2026年7月11日 作成者: mitsue2026年7月11日

第四十回「カフェきごさいズーム句会」(7月11日)の句会報告です(  )は推敲例。この句会はどなたでも参加できます。参加希望の方は右の案内からどうぞ、見学も大歓迎です。

第一句座              
【特選】
へなへなと撓む形代納めけり       葛西美津子
鎌倉はみどり滴る茅の輪かな       葛西美津子

【入選】
シルバーカー行けども行けども夏木立   赤塚さゆり
(シルバーカーひたすらに行く夏木立)
あざやかに寄れば飛び散る熱帯魚     伊藤涼子
(あざやかに寄りては散りて熱帯魚)
子カマキリレモン葉の上照り映える    立花武
(子かまきりレモンの葉の上照り映ゆる)
ひそかなる花の盛りやゆきのした     鈴木勇美
ゴッホ展上野の山の茂りかな       早川光尾
藍壷に藍たつ今宵星祭          藤倉桂
ふくらめる熱き想ひを花ざくろ      花井淳
黒髪のハイビスカスは恋の花       伊藤涼子
あと少しからが本番登山かな       斉藤真知子
できたての豆腐一丁冷奴         斉藤真知子
素麺は父渾身のおもてなし        赤塚さゆり
太陽に負けじと咲くやハイビスカス    藤井和子
(太陽に負けじと開くハイビスカス)
水たらす鬼灯市の鉢抱へ         斉藤真知子
(水しとど鬼灯市の鉢抱へ)
早苗田を揺らす蛙の歌う声        藤井和子
(早苗田を揺らし蛙の声ひびく)
鮎釣りて青蘆そよぐ帰り道        立花武
(鮎釣りて青草そよぐ帰り道)
手の平に夫のトマトや地球めく      飛岡佐恵子
どこまでも水ひろびろと平泳ぎ      高橋真樹子
(平泳ぎどこまでも水ひろびろと)

扇開くたびに母の香あふぎけり  光枝

第二句座(席題・水中花、草笛)
【特選】        
水中花娘の心揺れ帰宅せり        飛岡佐恵子
(水中花娘の心揺れ通し)
けふもまた変はらぬあはれ水中花     葛西美津子

【入選】
藻の花にちさき金魚隠れおり       立花武
(藻の花に小さき魚隠れをり)
四六時中目にさらさるや水中花      藤倉桂
(四六時中目にさらされて水中花)
水中花恋に終はりのあるやうに      葛西美津子
(水中花恋に終はりのあるものを)
草笛の予期せぬ音に驚きぬ        藤倉桂
水中花この家のことみな知りて      斉藤真知子
草笛や遠くゆうゆうトンビ舞う      立花武
(草笛や遠くいういうトンビ舞ふ)
人間の嘘聞いてゐる水中花        斉藤真知子

東京の水を纏ひて水中花   光枝
  

今月の花(七月) 竹

caffe kigosai 投稿日:2026年6月25日 作成者: mitsue2026年6月25日

竹は東洋では生活用具や、食用、建築など、生活の中で使われています。筍として生え、成長した幹を多く利用します。一方で根を張り巡らすのが早く、放置されている空き家などでは、畳を突き破り家の中にまで竹が生えてくることもあるそうです。

そんな竹の処理を頼まれる千葉にあるNPO法人にお邪魔しました。ここではその竹を使いコンポスト作りや竹炭を焼いたり、竹灯籠の作り方や子供たちに竹トンボの作り方を教える活動をしています。

私が帯広で竹を使った作品を作る時、北海道では真竹や孟宗竹は育たず入手不可能のため、ここから竹を何度も送っていただきました。

今回、東京での展覧会では何を使おうかと思っていた時、ふと、竹箒で地をはくとき手に返ってくる感蝕、先の細い枝が集まったところが出す音を懐かしく思い出しました。私の暮らす集合住宅などでは今や使うことのない竹箒の竹の枝先を集めて作品作りができないかと考えました。

NPO法人の理事長のKさんとはメールや電話で連絡は取っていましたが、お目にかかるのは今回が初めて。駅にお迎えに来ていただき、20分かけて廃校になった幼稚園を使っている作業所兼事務所にお連れくださいました。

切っておいていただいた7メートルの竹からサンプルを切り、作品のデッサンをお目にかけ、同じようなものを数本、切って送っていただくようにお願いしました。

後日送られてきた段ボールの中の丸く巻かれた竹の枝は、ほとんど葉がとられていました。「丸く巻いて送るしかなかった」と言うKさんに、「作品の大きさに規定がありすぐ丸めないと形が付かないので手間が省け大変助かった」と申し上げました。早速いい具合に美しい曲線が付いた枝を選び、切って重ねて束ねて円を作っていきました。

数日後、まだ残っていた葉が乾いて落ち、中から薄緑の小さな葉が次々と顔をのぞかせたのには驚きました。生きている!可哀そうとは思いましたが、全部取り除きました。伐って一週間以上も経つのに7メートルの枝先に潜んでいた小さな薄緑の葉、その生命力に感動しました。

写真は私の作品です。花屋さんに指定して取り寄せた葉先が美しい夏ハゼ、赤い花は蘭の一種のレナンセラ。擬宝珠の葉と一緒にステンレスの自作花器にその竹をいけました。

ホトトギスの鳴き声に耳をそばだて、竹林を吹き渡るきれいな空気を胸いっぱい吸いながらの竹箒作り。初夏の同じ頃またあの竹林に行きたくなりました。(光加)

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「カフェきごさいズーム句会」のご案内

「カフェきごさいズーム句会」(飛岡光枝選)はズームでの句会で、全国、海外どこからでも参加できます。

  • 第四十三回 2026年10月10日(土)13時30分
    (原則第二土曜日です)
  • 前日投句5句、当日席題3句の2座(当日欠席の場合は1座目の欠席投句が可能です)
  • 年会費 6,000円
  • 見学(1回・無料)も可能です。メニューの「お問い合せ」欄からお申込みください。
  • 申し込みは こちら からどうぞ

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スタッフのプロフィール

飛岡光枝(とびおかみつえ)
 
5月生まれのふたご座。句集に『白玉』。サイト「カフェきごさい」店長。俳句結社「古志」題詠欄選者。好きなお茶は「ジンジャーティ」
高田正子(たかだまさこ)
 
7月生まれのしし座。俳句結社「青麗」主宰。句集に『玩具』『花実』『青麗』。著書に『子どもの一句』『日々季語日和』『黒田杏子の俳句 櫻・螢・巡禮』。和光大・成蹊大講師。
福島光加(ふくしまこうか)
4月生まれのおひつじ座。草月流本部講師。ワークショップなどで50カ国近くを訪問。作る俳句は、植物の句と食物の句が多い。
木下洋子(きのしたようこ)
12月生まれのいて座。句集に『初戎』。好きなものは狂言と落語。
趙栄順(ちょよんすん)
同人誌『鳳仙花』編集長、6月生まれのふたご座好きなことは料理、孫と遊ぶこと。
花井淳(はない じゅん)
5月生まれの牡牛座、本業はエンジニア、これまで仕事で方々へ。一番の趣味は内外のお酒。金沢在住。
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