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浪速の味 江戸の味(六月) 笹巻けぬきすし【江戸】

caffe kigosai 投稿日:2026年6月7日 作成者: mitsue2026年6月7日

江戸時代、江戸前の魚介をつかい庶民の間で人気を博した江戸前寿司。特に名物と謳われたのが「毛抜鮓」「与兵衛寿司」「松が鮨」の江戸三鮓です。

その中でも歴史が古い「毛抜鮓」は、赤穂浪士の討ち入りと同年の元禄十五年(1702年)の創業で、押し鮨を笹の葉で巻いた笹巻鮓が名物です。飯を強めの酢で締め、寿司だねの魚は先ず塩漬けし、それを酢で二度締めるというたいへん手のかかる高級品でした。そのたねを酢飯に乗せ殺菌作用のある笹で圧して巻き、保存性をより高めました。

当時の絵草紙には「御殿勤めの面々が宿下りの折りに家づとして笹巻毛抜鮓を持ち帰る」とあったとのことです。

「毛抜鮓」の屋号の由来は、「色気抜きで食欲をそそるから」「物をくわえてつかむ毛抜きのように人々がよく食うから」など諸説あるようですが、「魚の骨を毛抜きで丁寧に抜いていたから」との説が一般的です。

この店は現在でも「笹巻けぬきすし総本店」として、神田小川町で営業を続けています。冷蔵庫の普及や嗜好の変化で、今では塩も酢も控えめになっていますが、醤油なしでいただける味加減が絶妙です。

今やオフィスビルが建ち並ぶこの界隈ですが、神田囃子が聞こえてくる夏祭りの季節には、ひょいと暖簾をくぐり笹巻鮓の折詰を家づとにとしゃれてみたいものです。

笹の葉のあをく涼しく毛抜鮓  光枝

今月の花(六月) 夏椿

caffe kigosai 投稿日:2026年6月5日 作成者: mitsue2026年6月5日

*今月の「六月の花」は、2014年にアラカルトで掲載した「夏椿」をお届けします。今はまだ蕾のところが多いかと思います。これからの開花を待ちつつ、どうぞお楽しみください(店長)

祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者ひつすいの理(ことはり)をあらはす

平家物語は沙羅双樹の花ではじまります。夏椿という名のほうがおなじみの方も多いことでしょう。ただ、お釈迦様の亡くなられるときに生えていたという、「サラノキ」という植物とは今、私たちの言う沙羅双樹とは異なるといわれています。

葉の元からでている花柄の先に、初夏から本格的な夏にかけて、真ん丸の蕾をつける夏椿。蕾の表面が微かな光を発しているように見えるのは、花弁の外側にごく細く短い毛があるからです。小ぶりの花の五枚の花びらの縁にはわずかにぎざぎざが入り、この季節の花だけがもっているひやりとした触感を感じさせる上品な白です。

光沢のある椿の葉と見比べれば、夏椿の葉は緑色も優しげで、裏返せば葉脈もはっきりしています。葉は先に細い楕円形で、薄いせいか全体に軽やかな印象をあたえます。椿と夏椿はきものでいえば、袷と単衣の違いと言っていいでしょうか。

木の表皮がはがれ、その下から現われるすべすべとした美しい木肌は、庭木や床柱として使われる(ひめしゃら)を思いだします。(夏椿)(ひめしゃら)そして(ひこさんひめしゃら)は、つばき科のなかでも同じ「なつつばき属」に属します。

夏椿の花は一日花で、雄蕊の集合した中心部は茶色になっていき、花びらも生気を失い、やがて花ごと落ちていくのです。しおれて落ちているこの花の周りに漂うはかなさには胸がいたみます。

「浮世の果ては皆小町なり」(芭蕉)

これは凡兆の「さまざまに品かはりたる恋をして」に芭蕉がつけた句です。絶世の美女と言われた小野小町も末は無残にも老いてしまう。誰も例外でありません。夏椿もせめて私たちが気付かない間に、ひそかにたくさんの恋をしてほしいと願うのです。(光加)

今月の季語 六月 蛍

caffe kigosai 投稿日:2026年5月17日 作成者: masako2026年5月19日

今年の梅雨はどうなるだろうと前線の北上が気になるころとなりました。梅雨といえば昔はしとしとと降り続くイメージでしたが、近年は台風並みです。実際に同時に台風が到来することもあります。溢れ、押し流し、被害も甚大です。

六月の夜の楽しみといえば、蛍狩もそのひとつ。天候がこれほど変わってきているのに、蛍だけは昔のままということはあり得ません。原因は温暖化にあると聞けば、ささやかなことであってもできる努力は何でもします、と祈る心持ちにもなります。

草の葉を落つるより飛ぶ蛍かな      芭蕉

暗闇の筧をつたふ蛍かな            許六(きょりく)

川ばかり闇は流れて蛍かな          千代女

うつす手に光る蛍や指のまた        太祇

追はれては月にかくるるほたるかな  蓼太(りょうた)

江戸期の俳人たちは例えばこのように詠んでいます。現代とは異なる当時の闇を飛ぶ蛍を想像してみましょう。

芭蕉の蛍は「落つる」と言っていますが、転げ落ちたわけではないでしょう。草の葉に留まっていた光の粒が、発つとき一瞬沈むような弧を描いたのではないでしょうか。

許六は芭蕉の弟子です(蕉門十哲の一人。〈十団子も小粒になりぬ秋の風〉を「しほり」があると芭蕉に高く評価された)。筧がそこにあることを知っていたかもしれませんが、真っ暗闇となった今は、その音(と記憶)が頼りです。蛍の動きが即ち水の流れだという、闇の中ながら視覚による気づきによって成った句でしょう。

千代女は加賀の人。今でも夜の川は暗闇を押し流しているように感じます。電灯というものが一切無かった当時の川を想像しましょう。

太祇は芭蕉の没後の生まれ。蕪村より少し年長です。手から手へ蛍を移したのでしょうか。蛍の明滅が指の股を照らし出します。手のひらというごく近くで見つめる蛍です。

蓼太は蕪村とほぼ同齢です。蛍の飛翔が月に重なったことにより、位置が捉えられなくなったことを「かくるる」と表現しました。蛍は月の明るい夜はあまり飛ばないそうです。自分の輝きのアピール力が弱まるから。なるほど、ですね。

寝(いね)し家を喜びとべる蛍かな  高浜虚子

霧吹いて数の増えたる蛍かな        阿部みどり女

蛍獲て少年の指みどりなり          山口誓子

近現代の俳人たちも、江戸の人々と同じように詠み上げている例もあれば、

人殺す我かも知らず飛ぶ蛍          前田普羅

ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜    桂 信子

蛍の夜老い放題に老いんとす        飯島晴子

自我を反映させて詠む例もあります。

おおかみに蛍が一つ付いていた      金子兜太

姿見にはいつてゆきし蛍かな        眞鍋呉夫

戦場体験を負いながら生きた作家です。言葉の表向きの意味のみを辿っていては、真意を汲み取れない気がします。〈もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る 和泉式部〉。平安時代の和泉式部と心の底にある思いは違いますが、蛍を魂になぞらえて詠む日本古来の伝統を、ある意味では踏まえていると言えるかもしれません。

昔の人と通い合う蛍、時代が詠ませる新しい蛍、詠むことを逃れられない蛍、…さてあなたは今年、どんな蛍を詠みますか?(正子)

「カフェきごさいズーム句会」五月句会報告 飛岡光枝選

caffe kigosai 投稿日:2026年5月10日 作成者: mitsue2026年5月10日

第三十八回 (2026年5月9日)の句会報告です。(  )は添削例。この句会はどなたでも参加可能です。右の案内からどうぞ。見学も大歓迎です。

第一句座              
【特選】
百年の夢の続きを山椒魚      斉藤真知子
真つ先に君に告ぐべし虹二重    鈴木勇美
竹林の大くらがりを夏の蝶     葛西美津子

【入選】   
スコップの氷を浴びる鮮魚かな    花井淳
(スコップの氷を浴びて初鰹)
眠たげな莢の蚕豆剥きにけり     斉藤真知子 
一八や母のひとり居守りをり     矢野京子
(一八やひとり居の母守らんと)
命継ぎメタセコイアの芽吹きたり   早川光尾
(天を衝くメタセコイアの芽吹きけり)
花嫁の花冠の薔薇の香りけり     矢野京子
(花嫁の花冠の薔薇香る)
宙へ飛ぶ若狭の鯖の光かな      花井淳
子鯉またひとつ増えたり鯉のぼり   矢野京子
放課後のチャイムアンネの薔薇揺れて 葛西美津子
藁を巻く靴にまかせて雪渓へ     花井淳
(靴に藁巻きて挑むや大雪渓)
伽羅蕗を煮るに大鍋ゆらしけり    斉藤真知子
(伽羅蕗を煮るや大鍋ゆらしつつ)
大楠や五月の風に身をゆだね     斉藤真知子
宅急便たけのこ乗せて西東      矢野京子
(宅急便たけのこ積んで西東)
渦潮に呑まれゆく蕊白牡丹      伊藤涼子
花林檎香る窓辺の五時限目      鈴木勇美
(花林檎白く香るや五時限目)

歌舞伎座のはねて薄暑の顔ならぶ  光枝

第二句座(席題・夏座敷、守宮)
【特選】        
暗がりに吸はれて何処守宮かな   葛西美津子

【入選】
寝転んで入道雲や夏座敷       立花武 
遠く来て富士一望の夏座敷      斉藤真知子
突然の雷鳴響く夏座敷        立花武
腹見せて深夜のやもり夜警なり    立花武
鎌倉の海を一望夏座敷        伊藤涼子
(鎌倉の海は白波夏座敷)
よく見れば愛らしき顔守宮かな    斉藤真知子
けふもまた昨日の守宮すぐそこに   斉藤真知子
床の間に一輪の百合夏座敷      伊藤涼子

干涸びし守宮掃き出す山の家  光枝
  

浪速の味 江戸の味 5月【たけのこ昆布】(浪速)

caffe kigosai 投稿日:2026年5月8日 作成者: youko2026年5月9日

たけのこ昆布を取り上げます。筍は夏の季語です。昆布と炊き合わせるには、春筍が柔らかくていいので、正確には春筍昆布になるのですが、筍とともに、昆布がいい味を出しています。

この昆布と大阪の歴史を調べてみました。大阪では、様々な料理に昆布が使われてきました。出汁昆布に最上で、佃煮や汐昆布など加工昆布にも最適な真昆布が大阪の出汁の基本になっています。ゆえに、昆布の消費量も突出して多いそうです。

正徳・享保のころ(1711~36)、近江商人が木綿類などの日用品を諸国回船が入港できる松前三湊(松前・江差・函館)へ積み送って昆布などと交換し、それを大坂へ積み上がり松前物産問屋へ持ち込んだのが、大坂市場に昆布が現れた最初とされています。昆布が仲買によって本格的に流通しはじめた江戸中期、大坂の靱(うつぼ)には、鰹節、昆布の問屋が軒を並べていました。昆布の加工に力をいれた大坂です。廃物利用するだけでなく、上等の出汁昆布を使った細工昆布が作られました。汐昆布ができたのは、明治の後期。そのままで食べても旨いものを醤油や砂糖などを加え製品化しました。「椎茸昆布」「松茸昆布」「山椒昆布」など、茸や野菜と炊き合わせて、美味しい商品が売り出されました。

織田作之助『夫婦善哉』にも昆布を調理している様子が登場します。「思い切り上等の昆布を五分四角ぐらいの細切りにして山椒の実と一緒に鍋にいれ、亀甲万の濃口醤油をふんだんに使って松炭のとろ火でとろとろと二昼夜煮つめると、戎橋の「おぐらや」で売っている山椒昆布と同じくらいのうまさになる」という柳吉の言葉から、さぞ旨い山椒昆布ができただろうと想像できます。

ちなみに、写真の「たけのこ昆布」は、「小倉屋山本」で買ったものです。奥の皿は、茹でた筍をスライスして焼いたものです。自作ですが、焼き筍は、塩をぱらりで食べるのが旨いと思います。

筍と昆布炊いたんも浪速ぶり  洋子

「カフェきごさいズーム句会」四月 句会報告(飛岡光枝選)

caffe kigosai 投稿日:2026年5月5日 作成者: mitsue2026年5月5日

第三十七回(2026年4月11日)の句会報告です。(  )は添削例。この句会はどなたでも参加可能です。右の案内からお申込みください。見学も大歓迎です。

第一句座              
【特選】
波音を聞きたし箱の桜貝        斉藤真知子
(波音の恋しき箱の桜貝)
一枝のかくもふぶいて雪柳       葛西美津子
(一枝のかくもふぶくや雪柳)
おぼろへと万のともしびクルーズ船   伊藤涼子
菜の花やこの村のどこ歩きても     斉藤真知子
【入選】   
一片の花屑つけてコリーの背      田原眞知
かたくりの花の見送る峠道       藤井和子
見下ろせる松の緑や南大門       田原眞知
花冷やしみじみ母の掌         赤塚さゆり
しやぼん玉力抜くとはむつかしく    高橋真樹子
ふるさとの山は転た寝山桜       早川光尾
背戸に吊る箒古びぬ山椿        花井淳
もう十年酌みて八十花あかり      花井淳
(あと十年酌みて八十花あかり)
かぎ針で春を編み込むコースター    矢野京子
(かぎ針で春編み込むやコースター)
菜の花や一息ついて野良仕事      赤塚さゆり
パンダ無きパンダ舎となりかげろへる  伊藤涼子
(パンダ無きパンダ舎たたく春の雨)
日々増ゆるハンガー鴉の巣現はる    伊藤涼子
(日々増ゆるハンガー鴉の大きな巣)
初花やこのふろしきと旅いくつ     花井淳
(初花やこのふろしきと旅幾度)
菜の花やキャッチボールを日暮まで   高橋真樹子
初花やにはかに街の動きだし      矢野京子
(初花やにはかに街の動きだす)

飛岡光枝出句
西郷どん今年の花にまみれけり

第二句座(席題・ものの芽、遍路)
【特選】        
みな後ろ姿となりし遍路杖  高橋真樹子
東に月の残れる遍路かな        葛西美津子      
【入選】
ものの芽のあかあかとまたあをあをと  葛西美津子
堅パンを携へ歩む遍路道        花井淳
青い目のお遍路お茶に合掌す      伊藤涼子
黒潮の風に飛ばされ遍路笠       伊藤涼子
ものの芽にかがむや箒投げ出して    藤倉桂
波音にもらふ力や遍路みち       斉藤真知子
見のがせぬうどん食べる遍路かな    花井淳
(見のがせずうどん食べる遍路かな)

飛岡光枝出句
白きものばかりを干して遍路宿

今月の花(五月 番外編)バーレーン「生命の木」

caffe kigosai 投稿日:2026年4月27日 作成者: mitsue2026年4月27日

昨年(2025年)の2月、バーレーンの首都マレーマに花をいけに行き、すっかりこの国に魅せられた私はまた行きたいという希望を持っていました。

願いが叶い、2026年3月の末、バーレーンに行くことになりました。今回は現地の壮大な国立劇場のホワイエに現地の若者たちといけばなインスタレーションをする計画で、大使館を通じ花材やその他の素材の発注を御願いしていたところでした。

大きないけばな作品の制作を通じて日本や、来年開催の花博に関心を集めるためでもありました。お手伝いは主にバーレーン大学の学生さんたち。江戸時代おたくの男子生徒、日本語流ちょうな女子生徒、もう、アーテイストとしてデビューしている学生さん、アニメや日本が大好きな女子学生がプロジェクトの中心メンバーで、そのほかたくさんの若いボランテイアが手伝ってくださると聞きとても楽しみにしていました。

私のほうも英語が得意で家元のアシスタントの明るい若者が来てくれることとなり、アラブの国は初めてという彼に一年前に経験した話をしていました。

しかし、ご存じの通りの大変な事態となり、このプロジェクトは全くの中止となってしまいました。

はしごを外されたような気持ちを毎日抱えていた私はふと、一年前の平和な中で「生命の木」を見たことを思い出しました。あの木は今度も生きのびたでしょうか。

砂の中に点在するたくさんの油田の近くの小高い丘に枝を広げていた木、爆撃のとばっちりを受けてないだろうか。

何百年もこの国を見てきたあの木。気になって仕方のない毎日があれから続いています。(光加)

(以下は2025年3月の今月の花から)

生命の木

この二月、バーレーンの首都、マレーマで仕事が終わり、空港に向かうまで時間があったので「生命の木」を見てきました。

ここにもあったのだ!というのが私の感想でした。「Tree of Life」と呼ばれる不思議な木は他の国にもあり、それぞれパワースポットになっていることは聞いていました。いずれも長い年月そこにあり、土地の人々にとって特別なシンボルツリーとして存在しているのだそうです。御神木は日本でも時々見かけますが、私にとっては初めての生命の木との出会いでした。

バーレーンは島で、国土も小さく琵琶湖くらいと言われています。石油が採れることがこの島を経済的に豊かにしていて、人口の半分が他国から働きに来ているのだそうです。砂漠からの砂が舞い上がり、雨も少なく真っ青な空が見られることはめったになく、大きな太陽が薄グレーの空に薄オレンジ色となって消えていきます。

車は歩道のない街の大道路からやがてパイプラインが張り巡らされる砂漠へと進んでいきます。周りには緑もなく、山も見えず。原油が採掘されている証か、ちらちらと櫓から炎が出ているのがところどころ見えました。時々、バンガローと書かれた小さなテント小屋の集まりを過ぎていきます。観光客用、またはここで働いている人たちのもの?と思っていると「ほら、見えた」と運転手さん。

10メートルもないような砂丘の上に悠々と四方八方に手を広げ、私たちを出迎えているかのような一本の木。周りには土産物屋も売り子もいない。丘に上って見ている人も数人。木の周りだけ柵があり、ガードのような人が一人。ぐるぐるに頭部を巻いて目だけでているのは砂埃から守るためでしょうか。足元に気を付けながら砂の丘を登ってたどり着いた木は、高さは5mくらいですが周りの広がりは直径10メートルではきかないでしょう。

ごつごつしている枝の先には、薄緑のねむの木のような葉がついていました。柔らかな新芽は、樹齢400年というこの木がこれからも成長していくことを表していました。木はProsopis cineraria、英語でPersian mesquite またはGhaf。砂の下10~40メートルに地下水が流れ、地下茎が達しているという人もいます。バーレーンはエデンの園があったという伝説があり、聖書では楽園の中央にTree of Life、生命の木が立っていたということからなぞらえているのでしょうか。

宗教的な意味がある図形のTree of Lifeもあることを思い出しました。西アジアにも同様な木があることを知りました。でもこの木は、雨の極端に少ないこの地域にこんな大木になって立っているのは奇跡です。表皮が少しささくれているような古い枝を撫でて、パワーをください、と念じてきました。(光加)

五月 麦秋

caffe kigosai 投稿日:2026年4月17日 作成者: masako2026年4月19日

〈麦の秋〉〈麦秋〉は時候の季語です。五月の下旬から六月初旬の、麦が熟れるころを指します。時候を表すのですから、植物としての麦が目の前に無くても使えますが、やはり黄金色に実った麦畑の風景がおのずと想像されます。

機関車に大肺活量麦の秋            小檜山繁子

太陽にうねり返して麦の秋          遠藤若狭男

麦秋と思ふ食堂車にひとり          田中裕明

繁子の句は眼前に麦が無くても成立しますが、機関車は麦畑を突っ切って走っていて欲しいと思います。若狭男の句のうねり返すのは熟れた麦畑にほかならず、裕明の句も食堂車の窓から見た外の景色が、いちめんに黄金色なのだろうと思えます。時候を告げながら、現実の景色を想起させる季語といえましょう。

麦秋なのに秋ではないの? と思った方もおられましょう。「秋」はつまり収穫期の意。米の「秋」は四季においても秋ですが、麦の「秋」は夏―麦の生育過程に沿って季語をさらっておきましょう。

まず麦を蒔くのは冬です。日本では稲作の裏作とすることが多いようです。〈麦蒔(むぎまき)〉は人の営みですから生活の季語です。

虔(つつ)ましき姿に人の麦を蒔く       髙橋淡路女【生活】冬

ミレーの絵のような雰囲気でしょうか。機械化される前の光景でしょう。蒔いた麦の種子は、冬枯のさなかに芽を出します。

麦萌ゆる土こまごまと影を生み             福永耕二【植物】冬

春先には、霜柱で根が浮き上がるのを防ぐため〈麦踏(むぎふみ)〉をします。昨今はあまり実施されないと聞きますが。

歩み来し人麦踏をはじめけり        高野素十【生活】春

踏まれて元気に育ち、風にそよぐほどになります。穂の出る前の青々とした麦を〈青麦〉と呼びます。

青麦にいつ出てみても風があり             右城暮石【植物】春

穂が出てくるころ(誰が見ても麦と判別できるようになるころ)、季節は夏に移ります。

麦熟れてあたたかき闇充満す               西東三鬼【植物】夏

土佐よりは伊予が美し麦は穂に             三好達治

そして収穫期=麦秋を迎えます。

麦車馬におくれて動き出づ          芝不器男

麦扱(こ)いで一家桶風呂荒使ふ    千田一路

水といふ水にありけり麦埃          高浜虚子

〈麦刈(むぎかり)〉一切が夏の季語ですが、米作同様、今ではコンバインによる収穫脱穀作業が行われ、このような作業や光景は見られなくなってきています。季語が一種の記憶装置になっているといえましょう。

今年収穫した麦を〈新麦〉と呼びます。穂を取り除いた茎が〈麦藁〉、麦藁で編んだ帽子が〈麦藁帽子〉、麦で作ったお菓子が〈麨(はつたい)/麦こがし〉。いずれも夏の季語です。

麦藁の今日の日のいろ日の匂ひ             木下夕爾【生活】

麦藁帽十重ねあり下より買ふ        小澤 實

麦こがし思ひ出に暈かかりたる             友岡子郷

〈麦茶〉も新麦を釜で炒りあげたものは香ばしさが格別です。が、どれも思い出の中のものとなりつつあるようです。(正子)

浪速の味 江戸の味〈四月〉 ホンビノス貝(大蛤)【江戸(東京)】

caffe kigosai 投稿日:2026年4月7日 作成者: mitsue2026年4月7日

春の行楽のひとつ潮干狩。その昔は江戸では品川、大阪では住吉の浜が名所とされていました。どちらも埋め立てられ現在はその面影はありませんが、東京湾には潮干狩が楽しめる場所がまだいくつか残っています。

潮干狩で採取するのは主に蛤と浅利ですが、東京湾では近年ホンビノス貝もその対象となっています。

原産分布海域が北アメリカ大陸の大西洋岸であるホンビノス貝は、食用としてアメリカ西海岸はじめヨーロッパなどにも移入されていましたが、日本では1998年に千葉県の幕張海岸で見つかったのが最初でした。原産地である北米大陸から船舶の船体に付着したか、バラスト水に混ざって運ばれたかなど諸説あります。 
 
その形状から当初は「シロハマグリ」「大ハマグリ」と呼ばれていましたが、味の良さと安価なことから「ホンビノス貝」の名は広まり、千葉県ではブランド水産物に指定して新たな江戸前の貝として供する店も増えています。

写真はホンビノス貝の炭火焼き。「大ハマグリ」と呼ばれるだけある大きさと肉厚の身は食べ応えたっぷり、春の磯の香りが口いっぱいに広がります。

在来種との関係などこれから調査が必要な貝ですが、浅利、蛤が激減している現在、新しい江戸前がうまく定着することを願っています。

弁当を鳶にさらはれ潮干狩  光枝

「カフェきごさいズーム句会」三月 句会報告(飛岡光枝選)

caffe kigosai 投稿日:2026年4月5日 作成者: mitsue2026年4月5日

第三十六回(2026年3月7日)の句会報告です。(  )は添削例。
この句会はどなたでも参加可能です。右の案内からお申込みください。見学も大歓迎です。

第一句座              
【特選】
うぐひすの声聴く見知らぬ者どうし  伊藤涼子
母炒るや白一色の雛あられ      藤倉桂
(母の炒る白一色の雛あられ)
我の編む我の王冠クローバー     鈴木勇美
春愁の自画像多き美術館       鈴木勇美

【入選】   
またしても爆撃惨禍雛の日      赤塚さゆり
殺人の兵器飛び交ふ春の空      早川光尾
湧きあがる雲に飛び込め春スキー   藤井和子
早春の蠢く蘇鉄湯気の立つ      立花武
(早春の蠢く蘇鉄湯気を立て)
ころころと根つこの並ぶ植木市    花井淳
(ごろごろと根つこの並ぶ植木市)
故郷の泥は旨かろつばくらめ     花井淳
花こぶし故郷の酒の空き瓶に     鈴木勇美
落ちてなほ物考へてゐる椿      斉藤真知子
ひなあられ怖き白髭左大臣      矢野京子
山笑ふ大きな声の人来たる       斉藤真知子
谷間の梅林少し紅交り        田原眞知
春立ちてヘルペス勝手にムズムズし  周龍梅
(春立ちてヘルペス勝手にムズムズす)
赤ん坊まだ泣き止まぬ春障子     矢野京子
(春障子まだ泣き止まぬ赤ん坊)
うっかりし慌てて投句遅日かな    早川光尾
(忘れゐて慌てて投句遅日かな)
春キャベツちぎる指先かろやかに   鈴木勇美
皿洗ふ妻の鼻歌早春賦        早川光尾
気まぐれや三寒四温妻の顔      周龍梅

飛岡光枝出句
姉ひとり早も欠けたる雛かな
 
第二句座(席題・白木蓮、田螺)
【特選】        
田螺鳴く田はまぼろしとなりしかな  伊藤涼子
白もくれん太子建立らしき寺     田原眞知
(田螺鳴く太子建立らしき寺)
恋をして田螺連れ去るよだかかな   藤倉桂

【入選】
どこからも見えるもくれん総本家   藤倉桂
ふるさとの地酒とあらば田螺和へ   矢野京子
青空を見上げて飽かず白木蓮     斉藤真知子
泥かぶり心やすらぐ田螺かな     藤倉桂
白木蓮月より白く輝ける       伊藤涼子
風無きにはらはらはらと紫木蓮    伊藤涼子
木蓮に空の低さよ重たさよ      矢野京子
夕闇にやすらふ空や紫木蓮      葛西美津子

飛岡光枝出句
風に耳立ててはくれん花盛り

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「カフェきごさいズーム句会」のご案内

「カフェきごさいズーム句会」(飛岡光枝選)はズームでの句会で、全国、海外どこからでも参加できます。

  • 第三十九回 2026年6月13日(土)13時30分
    (原則第二土曜日です)
  • 前日投句5句、当日席題3句の2座(当日欠席の場合は1座目の欠席投句が可能です)
  • 年会費 6,000円
  • 見学(1回・無料)も可能です。メニューの「お問い合せ」欄からお申込みください。
  • 申し込みは こちら からどうぞ

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スタッフのプロフィール

飛岡光枝(とびおかみつえ)
 
5月生まれのふたご座。句集に『白玉』。サイト「カフェきごさい」店長。俳句結社「古志」題詠欄選者。好きなお茶は「ジンジャーティ」
高田正子(たかだまさこ)
 
7月生まれのしし座。俳句結社「青麗」主宰。句集に『玩具』『花実』『青麗』。著書に『子どもの一句』『日々季語日和』『黒田杏子の俳句 櫻・螢・巡禮』。和光大・成蹊大講師。
福島光加(ふくしまこうか)
4月生まれのおひつじ座。草月流本部講師。ワークショップなどで50カ国近くを訪問。作る俳句は、植物の句と食物の句が多い。
木下洋子(きのしたようこ)
12月生まれのいて座。句集に『初戎』。好きなものは狂言と落語。
趙栄順(ちょよんすん)
同人誌『鳳仙花』編集長、6月生まれのふたご座好きなことは料理、孫と遊ぶこと。
花井淳(はない じゅん)
5月生まれの牡牛座、本業はエンジニア、これまで仕事で方々へ。一番の趣味は内外のお酒。金沢在住。
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