かつては月に3回は吟行に出かけていた私ですが、今年は本日3月17日までにようやく3回出たという為体です。
その3回目は3月初旬。行先は東京上野の不忍池界隈でした。折から冷たい雨が降ったり止んだりしていましたが、空が明るくなると草木の芽が囁き出すような一日でした。
〈春の雨〉は文字通り立春以降の雨のこと。三春通して使える天文の季語です。雨の総称ですから、どんな降り方のときにも使えます。
降り来るはさし足なれや春の雨 貞室
がうがうと春の雨ふる滝の中 原子公平
公平の雨は「滝」と一体化して「がうがう」と降っているのでしょうが、滝に拮抗するほど「がうがう」であろうと思えます。
一方〈春雨〉は現代では〈春の雨〉と同義で用いることも多いですが、万葉の昔から受け継いで来ている本意があります。即ち静かに降り続くさまに晩春の情趣を感じ取る、というものです。
春雨や小磯の小貝濡るるほど 蕪村
春雨といふ音のしてきたるかな 鷲谷七菜子
静かにあたたかく物を濡らしてゆく雨、という共通認識があるからこそ、七菜子は「春雨といふ音」を何の説明も付すことなく詠めたのでしょうし、「春雨じゃ、濡れて参ろう」と言った月形半平太は、しっとりと濡れたのに相違ありません。
先日の吟行で私が体験した雨は、〈春雨〉と呼ぶには少し早かったようですが、小止みになったときにはその雰囲気も味わえるものだったといえそうです。
〈時雨〉は降ったり止んだりする雨を指す冬の季語ですが、春にもそういう降り方の雨があります。〈春時雨〉です。
いつ濡れし松の根方ぞ春しぐれ 久保田万太郎
晴れぎはのはらりきらりと春時雨 川崎展宏
急に降り出して降り止む、より激しいにわか雨は〈春驟雨〉と呼びます。
春驟雨花買ひて灯の軒づたひ 岡本眸
〈春時雨〉も〈春驟雨〉も「春」の一字によって華やぎを得た雨といえましょう。
植物の名により明るさを得た雨もあります。菜の花が咲くころ降り続く長雨を指して〈菜種梅雨〉といいます。
幻に建つ都府楼や菜種梅雨 野村喜舟
炊き上がる飯に光りや菜種梅雨 中嶋秀子
また花時の雨、もしくは眼前の桜に降り注ぐ雨を〈花の雨〉といいます。
使いひよき針三ノ三花の雨 鈴木真砂女
金閣の金の樋にも花の雨 品川鈴子
俳人にあいにくの雨は無し、ですがくれぐれも風邪をひかぬよう。(正子)