今月の花(5月) 藤の花

くたびれて宿借るころやふじのはな 〔芭蕉〕
「笈の小文」の中の広く知られた藤の一句。芭蕉のこの藤はどんな藤だったのでしょうか。
藤は古事記や万葉集にも登場しますが、一般的に藤と呼ばれる野田藤は植物学者の牧野富太郎氏が藤の名所として名高い大阪市の野田の藤を見て命名したものです。その蔓が他の植物や自身に巻きつくときには、上から見ると時計回りにのびていきます。
これに対して日本固有のもうひとつの種類、山藤の花は野田藤よりすこし大きく、蔓は時計の針の進む反対方向へと巻きついていきます。
町の中では藤棚が作られ、紫色の藤の長い房がゆれると蜂たちが飛びまわり、風が起こると立ち昇る芳香は人々をうっとりとさせます。栽培品種には薄紫の房のものの他に濃い紫、白や薄いピンクに近いものもあります。
花が終り葉を取って枝と柄だけにしても、緑の柄の線がつんと出て面白く「むき藤」という名で、また花の後の細長い豆もいけばなの花材としてでまわります。生命力の強い蔓は編んで籠を作ったり、晒された蔓をいけることもあります。太いものはその線の面白さをいかし、大作をいける時大胆に作品全体の骨格を作り上げるのにも使われます。
藤は今では種類も多く、ヨーロッパで藤の花ははっとさせられるような鮮やかさで目に入ってきます。フィレンツエの真ん中を流れていくアルノー川の岸辺に、時をへて角が丸くなったような白い石を積んだ門があり、その石の間を埋めるように藤の蔓が這っていました。遅い春に行ってみると、そこから薄紫の花が滝のように垂れていたのです。陽射しの中での姿が印象的で近くの店で薄紫のタオル地に藤の花の刺繍がしてあるバスローブを、旅の荷物の重さも考えずに買ってしまったほどです。
泊まっていたペンショーネには見事な藤棚が作られていて、お年寄りたちが藤の下に椅子とテーブルを持ち出し話に興じていました。陰を作っている枝の広がりや数本がねじれて絡み合った太い根元を見れば、百年以上の年月を思わせる姿で、この藤には木の下に寄ってくるだれもを包み込むようなおおらかさがありました。
美しい藤の花ではありますが、切ってしまうと寿命は短いので、持たせるためすぐに元をアルコールにつけます。この量と時間の調節が難しく、展覧会にいけた藤の花の手入に行った助手が、気をきかせたつもりでまた花器の水の中にアルコールをたらしたところ、次の日に行ってみると藤の花はぐったりとしていてあわてた話を聞きました。こうなってしまうとどんな方法をもちいても回復はせず、使い物になりません。植物も二日酔いになるのです。藤も人間もお酒は程々がよろしいようです。(光加)
