今月の花(4月)あせぼの花
「あせぼ」はあしび、あせびともいわれる万葉集の中にも詠まれている日本原産の植物です。
堀辰雄の「大和路 信濃路」の中の「浄瑠璃寺の春」を読んで私はあせぼを知りました。
教科書に掲載されていたので、高校生になりたての頃でしょう。堀辰雄が多恵子夫人と大和路に旅をして浄瑠璃寺を訪れ、あこがれていたこの花を門のところでみつけます。夫人は房をとり、手の中にのせて眺めますが、やがてほかの寺でも二人は白の花よりやや大きい薄紅のあせぼの花を目にします。
「どこか犯しがたい気品がある。それでいて、どうにでもして手折ってちょっと人に見せたいような、いじらしい風情をした花だ。」(青空文庫)
と、この花のことを堀辰雄は述べています。
万葉の植物の中でも垂れ下がって咲く花を付ける木はそんなに多くはなかったのかもしれません。
私はそれまであせぼの木もその花の写真も目にしたことはなかったのですが、今では都会の公園の花壇や個人の庭にも桜の季節に先駆けて見かけるようになりました。
あせぼはスズランやどうだんつつじに似た小さな花を房状につけて垂れ下がります。釣り鐘型の花の色は白のほか薄い紅色のものもあり、かすかな香があります。
「馬酔木」と書くのは、濃い緑の葉や枝にある毒に馬も悪酔してしまうということですが実際に馬が食べて体調を崩した、などという話は伝わっていません。
馬酔木の木は灌木から時には7mくらいにも大きくなります。枝は茶褐色のごつごつの肌を持ち、切ろうとするとなかなか固い木です。艶のある小さな葉は古くなるとついている茎の元のほうから乾燥してパラパラと落ちていきます。しかし水揚げをすればもちは良く、酷暑や冷房の中、緑の葉を付けた花材がない時、たっぷりと葉の茂ったあせぼは使い勝手のいい植物です。しかし毒があるといわれている以上いけた後は手をしっかり洗います。
「浄瑠璃寺の春」が書かれたのは1943年(昭和18年)で、日本の戦局はますます混迷の様相をきたしていた頃です。そんななか下がり咲く花の可憐さは戦争とは対局の存在となり、馬酔木の花の微かな香りを手の中の花に探るとき、そのまわりの空気は別世界のものとなったに違いありません。(光加)