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今月の花(七月)ひまわり

caffe kigosai 投稿日:2022年6月21日 作成者: koka2022年6月21日

マケドニアの詩祭でいけたひまわりの花。マケドニアはアレクサンダー大王を輩出した地域です。この国は1991年、時のユーゴスラビアから血を流さず独立したのですが、歴史をみれば国境も支配者もよく変わる不安定な国と言わざるを得ません。独立まもない1996年、その年の優れた詩人に与えられる金冠賞の授与式が大統領も出席し国をあげて華々しく行われることに驚きました。

受賞者で旧知の大岡信さんと奥様が到着する前、私は授賞式が行われるストル―ガの古い教会の中に花をいけることになっていました。町で1~2軒しかない花屋は品質管理は十分とはいえず、花の種類も限られていました。前もって注文していた赤の小さなアンスリウムだけは10本手に入れることができました。森でも作品の骨格となる木や枝を切らせてもらったのですが、華やかな席での作品としてはそれだけでは色が足りません。

詩祭委員の一人が背の高いお嬢さんを私の助手にと紹介してくれました。オーストラリアに家族で数年住んだことがある18歳は長い金髪にハート型の顔、物憂げな表情はどこかボッティチェリの春の女神に似ていました。周りに英語の通じる人がいなかった私はほっとしました。「お祝いなので鮮やかな色の花を集めたいの」と言うと、彼女は「この季節はどこでも花は咲いているから歩いてみましょう」。この春の女神にいざなわれ、歩き出しました。すると、一軒の家の庭に私の背の高さのひまわりが何本もたくさんの花をつけてゆらりとゆれていたのです。

知っている家ではないけれどと言いながら彼女は簡単な木の柵を入っていき、出てきた家主はすんなりと花を切らせてくれました。そのひまわりはいかにも手入れをされていないまま、澄みきった空気の中でのびのび育ったいずれも15センチもあろうかという大輪で、太い茎は薄緑、葉は柔らかな光を受け、下には次々と開きそうな蕾が続いていました。数本手にしてみればゴッホの描いたひまわりの逞しさに重なるものがありました。新鮮なひまわりたちは個性と生命力にあふれ、教会の作品の中にいけると薄暗い空間が赤のアンスリウムを伴って光が灯されたようでした。

後にマケドニアは国名が北マケドニアになりました。金冠賞は今でも続いています。喜びの花として飾られたひまわりを懐かしく思い出します。
(以上は、2019年7月の「今月の花 ひまわり」を加筆修正したものです)

前述の文を書いたのはわずか3年前。今の私には、この季節に見かけるひまわりの黄色が心にしみます。

ウクライナを思って花をいけるときに使われるのが国旗の色であるブルーと黄色の花たち。ブルーは花器で代用することも、また青いデルフィニウムなどを使うこともあります。この季節は黄色の花は手に入りやすいひまわりであることが多いのです。

このところ1970年封切りの「ひまわり」という映画がにわかに脚光を浴びています。マルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンの演じた戦争で引き裂かれた夫婦の話です。若いころ私も見てジーンときたのを思い出します。中でもひまわり畑の中を歩くソフィア・ローレンの姿が目に焼き付いています。

陽を浴びて一面に花を咲かせるひまわり畑の前で土地の人が言います。その下にはたくさんの人たちが眠っている。戦争で犠牲になった兵士たちだけでなく一般の人や子どもたち、捕虜など。ゆれるひまわりがその一人一人の魂の様に見え、反戦映画の代表作の一つとなっています。後にそのロケ地はウクライナと聞きました。

ウクライナの国花は「ひまわり」。ロシアの国花は「かみつれ」、そしてウクライナと同じく「ひまわり」でもあるのです。種の縞が特徴のたくましいこの花に国境はありません。真の平和が訪れ、ひまわりが二つの国に美しく咲き誇る日々が一日でも早いことを願ってやみません。(光加)

今月の花(六月)芍薬

caffe kigosai 投稿日:2022年5月20日 作成者: koka2022年5月21日

この二枚の写真は、ここ数年、店先に出まわってきた私のお気に入りの芍薬です。咲き始めは鮮やかなオレンジ色ですが、右の写真にあるように散り際は白に近くなっていきます。

手にいれた時、ころんとした小さな蕾は濃いサーモンピンクでした。名前は「コーラルNゴールド」と呼ばれるようで、命名した人は花にコーラル(サンゴ)の色を重ね合わせたのでしょう。

花屋さんでは、今は一重咲きのほうが見かける機会が少なくなりました。何十枚もの花弁を持つ、それぞれ翁咲き、手毬咲き、冠咲き、バラ咲き、などと呼ばれて美しさを競っています。以前、薄クリーム色の芍薬をいけたことがあり、開いた花をのぞき込むと底は臙脂色でした。

同じボタン科の牡丹との違いは、芍薬は草本性であるのに対し牡丹は木本性です。英語で芍薬をChinese peony というのに対して牡丹はtree peony、木のpeonyです。

芍薬の葉は濃い目の緑で切れ目があり、やや光沢のあるしっかりとした大きめな葉がまっすぐな茎の基部についています。その茎のすっとした姿を見れば、美しい女性を指して(立てば芍薬)という一節が生まれたのも納得です。

芍薬は(薬)の字がさすように現在でも漢方薬にもちいられています。見てよし、役にもたつ芍薬です。

今の芍薬は大陸から渡ってきたもので、人々の目を楽しませたのは安土桃山時代にさかのぼるといわれています。観賞用として江戸時代には園芸品種がたくさん作られ、やがて数百種にもなっていきます。ヨーロッパにあった芍薬も、中国からの芍薬が入ると一気に豪華な芍薬へと次々と品種改良がされ、日本に逆輸入されます。

おしべが花弁へと化した、数十枚以上ある花びらをもつ花を「西欧芍薬」、これに対してもともと日本にあった芍薬を「和芍薬」と区別して呼びます。

「洋しゃく」と呼ばれるたっぷりとした美しさはもちろん素晴らしいですが、日本に自生する「やましゃくやく」の楚々とした姿にも惹かれます。本州の西の山の中で見られる、白い花弁がわずか六枚の可憐な芍薬をこの季節のうちにいけてみたいものです。

根元を割って水の中に入れれば水上りもよくなり、思っているより長く楽しめる芍薬。一輪でもぜひ近くにおいてみてください。花屋さんでもこの時期、濃いピンク、薄いピンク、白などの芍薬をどれにしようか迷うほど見かけます。部屋に置いておくと雨の日など香りもかすかにしてきて、パソコンに向かう間もどこかゆったりとした気分になってきます。薬にもなる芍薬、心の鎮静剤としてもおすすめです。(光加)

今月の花(五月)太藺

caffe kigosai 投稿日:2022年4月21日 作成者: koka2022年4月22日

太藺がお稽古に届けられると、花木や新緑に目を奪われた時期からいよいよ初夏に移る頃となります。

カヤツリグサ科の太藺は水の中からまっすぐに勢いよく伸び、深い緑の丸い茎は直径が7ミリから15ミリ、高さは1メートルをはるかに越します。

太藺が群生しているところを探しても葉はありません。長い間に退化したからで、葉の跡は茎の元にある鞘に残っています。水中の地下茎は横にしっかりと伸びていきます。

太藺の先に花がついているものもあります。花というイメージからすると地味で、茶色の穂の様に見えます。茎の先端からいくつかごく短い枝のようなものが出て、それに小さな褐色の花が数個付いています。

太藺を手に取って二本の指で挟みつぶしてみると、中が海綿状になっているのがわかります。濃い緑から来る視覚にだまされしっかりした手触りを思い浮かべると、肩透かしを食った感覚が手の中に残ります。

真横に切ると、水を吸い上げている管が緑の丸いふちの中にぎっしりと詰まっています。ここにワイヤーを通し、太藺を思うような形にするのもいけばなを知っている人の楽しみです。ワイヤーを入れるとサクサクと通っていき、空気をたくさん含んでいることがわかります、深い花器にいける時には、元が浮き上がってくるほど軽い空気感のある植物です。

同じ太藺でも「縞ふとい」は緑と白の斑が美しいものです。高さはあまりありません。斑が縦に入る「縦じまふとい」もあります。

何本かをまとめて元を両手でねじるように広げると、茎の先が大きく広がり、この植物の独特の線で作られた空間の美しさにひかれます。例えば、お互いに平行を保ちつつぐんぐん上昇していく何機かのブルーインパルスのチームが、ある一瞬、大空でそれぞれの方向にパッと散って軌跡を描く、そんな爽快さと思いがけなさが太藺を手にして開いた時、心の中に起こるのです。

季節の花材とともに水面をみせながら太藺をいけていくと、これから梅雨に向かいうっとうしくなる時期が控えていることが、少し忘れられるのです。(光加)

今月の花(四月) ユーカリ

caffe kigosai 投稿日:2022年3月21日 作成者: koka2022年3月21日

コアラが食べる葉は?と言われれば多くの方がユーカリと答えられるでしょう。

原産地はオーストラリアでフトモモ科に属し何百という種類があります。その中でも特定のユーカリがコアラの食物です。

日本で私たちがよく見かける丸い葉のユーカリは、灰色がかった緑で粉のふいたような葉をつけます。持ちがいいのでいけばなにもよく使います。

昔お稽古に見えたインドネシアのご婦人が、ユーカリを手にとって「これは薬にも使う」とおっしゃった時、その香りの強さに納得したものです。鼻先に持ってくると、ミントの香りの様にさわやかではあるもののミントよりぐっと濃厚な香りです。いけているとすぐ手に匂いが付いてしまいます。ユーカリの葉や茎からにじみ出た油なのでしょう。深く吸い込むと、この香りは咳などにきくのでは?と思ったものです。

曲げやすい枝や茎も粉が吹いたような白い緑です。灰色がかった実やたくさん下がったツンと尖った蕾もぜひいけてみたい花材なのですが、日本では一部の花屋さんを除き手に入りにくく季節も限られます。

ユーカリの赤い花(手前は実)

ユーカリの木は季語としては三夏です。南半球のオーストラリアに住む門下のサンドラのところは日本とは季節が真逆となり、今は夏から秋へと移っていく頃です。ユーカリの赤い花を使った彼女の作品写真が送られてきました。

私は日本ではユーカリは白い花を数度しか見たことがありません。日本で見かけるユーカリの多くはタスマニア原産と言われています。現地では赤い花の他に白や紅色、ピンクや黄色などの花があると教えてくれました。花はoperculumと呼ばれるキャップをかぶっていて、それが落ちると開くというとても特徴のある構造です。属の学名Eucalyptos はkalyptos(覆う)という意味です。

木は時には数十メートルにも成長し、街路樹としても植えられます。写真を送ってくれた門下の彼女もシドニーの自宅に植えたそうですが、場所にもよるのでしょうか、なかなか成長しないと言っていました。

ユーカリは生えている土地や種類により木の皮もそれぞれ面白く、送ってきたサイトの写真は木肌がマーブル模様だったり赤かったり、すぐはがれるような薄い皮をまとった木もありました。はがれるものはgum treeと呼ぶそうです。

キャンプソングの「kookabarra song(笑いカワセミの歌)」というのがオーストラリアの歌であり、この鳥がold gum treeに止まっていて――という歌詞があるのを思い出しました。以前はわかりませんでしたが、あの鳥はユーカリの木に止まっていたのですね。数十年ぶりに解明しました。

ユーカリの木はとても生命力があり、先住民のアボリジニの方たちも生活の中でさまざまに使っていました。山火事など気候の変動にもたえ、これからもずっと美しい花を咲かせることでしょう。知れば知るほど構造も、性質もとても不思議な木の一つだと思いました。(光加)

今月の花(二月)連翹

caffe kigosai 投稿日:2022年1月20日 作成者: koka2022年1月20日

松の内も過ぎたころでした。そのプライベートクラブは主に各企業の役員たちが集まるところと聞いていました。

前の週にいけられた松や花をぬき、水を変えた花器のそばに、次にいけこむ花として古新聞紙の包みの中から小さな蕾が顔を出していました。連翹でした。五ミリにも満たない蕾にはわずかに黄色がさし、花は頼りなげな細い枝に健気に数センチの間隔でついていました。

花木(かぼく)と私たちが呼んでいる、花をつけた枝はこの季節になると急に出回り始めます。中でも次々に登場する黄色の花木たちは、春をだんだんと引き寄せてくれるようです。年末にコロリとした蕾をつける蝋梅にはじまり、年があらたまると連翹、山茱萸、万作と続きます。

連翹が出てきたということは いよいよ春がはじまるファンファーレが鳴ったのです。

連翹は枝の中が空になっているため、いけるときに矯めようとすると折れてしまいます。枝が長くなると弧を描くので、線を生かしていけるのがこの花木の特徴を生かすことにもなるでしょう。枝先が地に着くと、そこからまた根がでて伸びていきます。学名の「Forsythia suspensa」の「suspensa」は「伸びる」という意味があります。

かつて、この季節に訪れたドイツ、アラブ首長国、韓国、そして連翹の原産国とされる中国で、この花が待っていてくれました。ドイツでは交配によってやや大き目な花が咲きます。花冠は四つに割れ、葉は後から出てきます。夏には花に代わり濃い緑の葉をいけます。

連翹の種類は他に「シナレンギョウ」、その変種といわれている「チョウセンレンギョウ」があり、日本では固有の「大和レンギョウ」、「小豆島レンギョウ」もあり、後者は葉が出てから花が付くそうですが私は見たことはありません。

プライベートクラブの薄暗いエレベーターホールにいけられたこの連翹は、暖房のきいた空間ですぐに花が開くことでしょう。エレベーターのドアが開いたとたん最上階へ昇ってきた人々の目をパっと引き、黄金色の鮮やかさで季節を感じさせてくれるでしょうか。

この花が開く季節を迎えると、毎年新たな気持ちになります。お正月を迎えるためのいけこみやお稽古がある十二月末、そして年頭の、各所にいけられた祝い花の手入れの忙しい日々もひと段落。連翹が花材に出てくる頃は、私にとっての小正月というべきでしょうか。

この「カフェきごさい」に植物のことを書かせていただいて、今年で十年目に入ります。その第一回は連翹を書きました。新たなスタート、どうぞまた一年よろしくお願いします。(光加)

今月の花(一月)千両と万両

caffe kigosai 投稿日:2021年12月21日 作成者: koka2021年12月22日

千両

万両

「千両」と「万両」はお正月によくいけられます。緑の葉に赤い実、よく似たこの二種類の植物を見分ける特徴は何でしょうか?

十二月に入ると、花市場ではまず松市、次に千両市がたちます。競りにかけられるのは年末に向かって各々この日一日だけです。「今年は蛇の目松は色がよく出ている」「千両の実つきがとてもよい」などという話が、競りに立ち会った花屋さんを通じて伝わってきます。

競り落とした「千両」は根を叩いて水につけ、古新聞などで囲み店頭にお目見えの時期を待ちます。私がお世話になっている花屋さんでは、六畳ほどもある地下の冷蔵庫の奥に他の花木とともにしまわれます。クリスマスが終わると、ポインセチアやクリスマスツリーに代わり松や千両が花屋さんの店先を彩ります。

「千両」は千両科に属し、赤の実の他「きみのせんりょう」という黄色の実を付けるものもあります。一方「万両」はヤブコウジ科で、こちらも黄色や白の実を付ける種類があります。このふたつは近縁ではありませんが、「千両」「万両」というおめでたい名から、お正月によくいけられます。

見分け方ですが「千両」は葉の上に実が付き、「万両」は葉の下に実が垂れ下がります。実が重そうに見えるところから「千両」よりもっと上の「万両」という名がつけられたとも言われています。

千より万のほうが豊かな響きがあるのに、花屋さんでは「万両」はあまり見かけず鉢植えや庭に植えられることが多いのです。お正月の華やかな花たちの中で、下に実をつける奥ゆかしい「万両」は、いけるときに他の花や枝の間でかき消されてしまうでからでしょうか。

また、「千両」が緑の茎にふしがあるのに対し、「万両」はすらりと伸びた茎の先に葉と実がかたまって付きます。「万両」の葉は「千両」に比べると色が濃く幅も細いものが付きます。

「万両」と同じ属の「カラタチバナ」は「百両」、また「ヤブコウジ」を「十両」と呼ぶことがあるのは縁起が良いからでしょう。

今年の正月花のお稽古には一本づつセロファンに包まれた「千両」が来ました。高さ八十センチ、傷ひとつ無い緑の葉の上にはそれぞれに赤い実が付き、近年でも見事な出来だと思いました。

根元を見ると、叩いて割られた跡があります。三十センチ程の木を輪切りにし、その上で「千両」の根元を木槌で叩いていた古くからのこの店のスタッフの姿を思い出します。社長の「いいものを仕入れられた」という誇りも垣間見られ、鋏を入れる時、心なしか緊張しました。

このところの世界の状況の中でも、年の初めは縁起の良い美しい花たちとスタートしたいものです。(光加)

今月の花(十二月)冬紅葉

caffe kigosai 投稿日:2021年11月22日 作成者: koka2021年11月23日

「もう紅葉も終わりでしょう」という門下の話に、せめて名残の冬紅葉が見られるだけでもと期待した帯広でした。

地元はもちろん全国で有名なお菓子の店の本店に併設されたギャラリーで、私の門下のSさんが彼女の六人の生徒とともにいけばな展を開催することになりました。

Sさんは東京のいけばなの本部や私の教室にも時々勉強に上京。しかし、この二年近くはそれもかなわなかったのですが、事態が少し好転したのを見極め、展覧会の開催を決断しました。「こちらの花屋さんにある花材もこの季節になってくると大したものもないし、先生どうしましょう!」との電話に、一年ぶりに飛行機に乗り帯広に向かいました。

機体の降下がはじまると、わずかに黄色の葉をつけた樹々が視野に入り、せめて冬紅葉には出会えるかもしれないと少し希望がわいてきました。

今回のように目的がある時だけでなく休暇でもたびたびここ帯広に来るのは、実は私の好きな温泉があるからです。

モール温泉と呼ばれる独特の温泉で、同じ性質の温泉は今では他にも発見されましたが、初めは主に帯広を中心とする十勝地方とドイツの「バーデン バーデン」の周りが知られるだけでした。ちなみにバーデンとはドイツ語で温泉のこと。

北海道のこの地方の温泉は、アイヌの方たちが薬の沼と呼んでいたそうです。番茶色ではあるもののお湯は澄み、匂いがなく、時々白い一ミリ位のものが浮かんでいます。それは植物の化石が溶け出したものという説明が脱衣所にありました。

十勝地方には古くから葦などが生えていたようですが、それらの植物が長年の間に泥灰(moor=モール)の中で腐植物となり、その有機物質の層を通ってくるお湯はアルカリ性に近くじんわりと体が温まります。

見上げれば空っぽの梢を風が吹き抜けていきます。その代わり、足元には赤や黄色、茶色の色鮮やかな葉たちが厚みのある織物を拡げてくれます。手帳の中に一枚、しおりにと拾いはじめましたが、どの一枚をとっても個性的な色の配置で決めかねました。

この葉たちも土に帰っていき、何万年、いやもっとだろうか、やがてあの豊かなお湯を生む母体の層の一部となるのでしょうか。冷たい風の道を歩いていけば、永遠の端にちょっと触れてみたような、そんな思いに駆られる初冬の北国でした。(光加)

浪速の味 江戸の味(十一月) 葱鮪鍋【江戸】

caffe kigosai 投稿日:2021年10月21日 作成者: koka2021年10月22日

葱鮪鍋は、字のごとく葱と鮪のシンプルな鍋です。鮪は江戸時代末期に広く食べられるようになりましたが、足が早く、赤身は「漬け(ヅケ)」にして江戸前寿司の重要なネタとなりました。脂身(トロ)は醤油をはじいてしまうので漬けにはできず、肥料にされるか破棄されていたそうです。

そのトロを江戸の庶民が工夫したのが葱鮪鍋です。より簡単に吸物仕立てにした葱鮪汁も好まれました。鍋はとてもシンプルで、鮪の相方はほぼ葱のみ。江戸の周辺には千住をはじめ葱の産地が多かったことも、手軽に作れる助けになったことでしょう。

江戸落語に「目黒の秋刀魚」と同じ作りの「ねぎまの殿様」があります。この落語には江戸庶民の姿が生き生きと描かれています。「ねぎま」を早口で言うので殿様には「にゃっ」と聞こえたり、ぶつ切りの葱を熱いのも構わずかぶりつくので熱々の葱の芯が飛び出して大騒ぎしたり(葱の鉄砲)、鍋を囲んで座るのは醤油樽だったり。

東京には浅草や深川などに葱鮪鍋を出す店があります。深川の汐見橋にほど近い店のご主人は、葱が鉄砲にならないように斜めに切るなどこだわりの葱鮪鍋を出しています。

木枯らし1号の話題が出はじめた東京、少し冷たくなった川風に吹かれながら、葱鮪鍋をいただきに出かけましょうか。
  
喧嘩も恋も膝つきあはせ葱鮪鍋  光枝

今月の花(十一月)冬の菊

caffe kigosai 投稿日:2021年10月21日 作成者: koka2021年10月21日

「社長は埼玉までいっているので何時に帰ってくるかわかりませんねえ」

オンラインのデモンストレーションを頼まれ、社長に花材をお願いしようとなじみの花店にかけた電話の返事でした。

店先での販売もしていますが、家元や門下の作品撮影など特別な時は花材を近郊に探しに行くこの花屋さんは、普通の町の花屋さんとは少し異ります。例年なら晩秋は展覧会が多く、花材集めに社長自らトラックで走り回る時期です。

前もってこの植物のこのくらいの長さの枝を、と注文しておくと、いきなり電話がかかってきます。「今 目の前に先生の注文にピッタリと思う木がありますがそれでいいですか?いま写メ送ります」。古くからの知り合いの山を持っている人に頼み山中に入り枝を切らせてもらったり、栽培している農家の庭やそのまた知り合いの家で調達。

2か月先の展覧会に着色した花材を注文すると「先生、この間見に行ったらまだ枝が伸びきってないので今は切れません。いい塩梅になったら切ってきますから。それから枯らせて着色します」という返事。このお店とは、先代と亡き私の師とのお付き合いが社長と私の代に至っています。
 
昨今はネットで花を注文することも多くなりました。しかし花材が到着してみると思った色や、花や葉の付きぐあいではなかったり品質が今一つ価格に釣り合わないということもあります。その点この店の2代目は週3回、早朝から花市場に出向いて数十年の経験から自分の目で確認の上落札するので私は全幅の信頼を寄せています。

この店から届いた小菊は、陽だまりを集めたような優しいピンクで季節の輝きを放っていました。成長の軌跡を示す微妙な曲線の茎を確かめつつ、枯れた大小の葉をとっていくと埃が指につきました。潜んでいた小さな虫に刺されたのか、手がかゆくなり指の一部が腫れました。

菊はデモンストレーションでいけて、自宅に持って帰りました。10日以上もたった今も次々と小さな花を咲かせています。たくましい冬の菊です。

富士山の冠雪が報じられ、いよいよ本格的な冬の到来です。(光加)

今月の花(十月)蘇鉄の実

caffe kigosai 投稿日:2021年9月22日 作成者: koka2021年9月22日

花屋さんで珍しいものをみつけました。

扁平な卵型のオレンジ色の実が大小六個。柄からは薄い茶色のビロードの羽根のようなものが、実を守るようにくるりと一枚。どこかで見たはずと、記憶をたどりながら丸缶に無造作に入っているものをながめていると「蘇鉄の実ですよ」と花屋の社長さんから声がかかりました。

その一言で私は、何十年も前に一瞬で引き戻されました。小学校のクラスメイトで、勉強ができ先生のお気に入りと言われていたその子は、おじい様がとても偉い方だと子供たちの間で噂されていました。

ある朝、その子はくしゃっとした紙袋から一つの植物を出して、黒板の前の先生の机の上に置いたのです。「なにこれ?」と女の子たちが集まりだしました。朱赤の実は、長いところが3センチくらいで、産毛のようなものでおおわれていました。

「蘇鉄の実なんだって、南の島の植物の実」。父上かおじいさまが南に出張した時に入手され、珍しいから学校に持っていって友達にみせたら、と言われたのでしょうか。

種にはサイカシンという有毒物質がある一方、食用にでんぷんが取れます。毒を抜いてでんぷんを取るにはコツがあり、何度も水にさらすなど手間と時間がかかるそうです。株は雌雄あり、中央に花が咲くまで10年位待たなければなりません。雌の株に種ができるのは、秋が進んだ10月ころ。

日本の蘇鉄は九州南部 沖縄 奄美諸島などが産地で、恐竜が闊歩していた時代からあったと言われます。葉を曲げてみるとその強さが手に伝わってきます。高さは2メートル~4メートルで、鱗状の幹は葉柄の基が残ったもの。1メートルにもなる葉は少しカーブを描き柄には深緑で光沢のある細くとがったたくさんの葉がついています。四方八方にのびのびと葉を伸ばした姿を、海岸などで見かけます。場所を取るからでしょうか、お寺や大きなお屋敷によく植えられています。

先日、オンライン講座でこの蘇鉄の実を使いました。竹の籠についてのレクチャーと、籠を使って蘇鉄と花をいけました。世界各国から200人以上の方が同時に見てくださり、蘇鉄の実は「fruit of Sago Palm」と英語で説明しましたが、「あれは何ですか?」という質問は講座の後からも寄せられました。

私の思い出の中の蘇鉄の実が 何十年かけて世界にデヴューしたような気がしました。(光加)

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カフェ_ネット投句とネット句会

・ネット投句は、朝日カルチャーセンター新宿教室(講師_飛岡光枝)の受講者が対象になります。
・毎月20日の夜12時が締め切りです。
・選者はカフェ店長の飛岡光枝、入選作品・選評は月末までに発表します。
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スタッフのプロフィール

飛岡光枝(とびおかみつえ)
 
5月生まれのふたご座。句集に『白玉』。朝日カルチャーセンター「句会入門」講師。好きなお茶は「ジンジャーティ」
岩井善子(いわいよしこ)

5月生まれのふたご座。華道池坊教授。句集に『春炉』
高田正子(たかだまさこ)
 
7月生まれのしし座。句集に『玩具』『花実』。著書に『子どもの一句』。和光大・成蹊大講師。俳句結社「藍生」所属。
福島光加(ふくしまこうか)
4月生まれのおひつじ座。草月流本部講師。ワークショップなどで50カ国近くを訪問。作る俳句は、植物の句と食物の句が多い。
木下洋子(きのしたようこ)
12月生まれのいて座。句集に『初戎』。好きなものは狂言と落語。
趙栄順(ちょうよんすん)
同人誌『鳳仙花』編集長、6月生まれのふたご座好きなことは料理、孫と遊ぶこと。

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