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今月の花(二月)紅梅

caffe kigosai 投稿日:2023年1月19日 作成者: koka2023年1月20日

小さな庭の付いた家に引っ越した時、母は背の丈ほどの紅梅を植えさせました。

塀の向こう側は隣家の台所に面しているらしく、小窓が開いている時は洗い物の音がこちらに聞こえてきました。塀の近くに植えた梅の枝が塀を越したら、隣の台所からも枝先につく花が見えて楽しめるだろうと思ったものです。

ところがある時その家から火が出て、延焼は免れたものの塀をとうに越していた紅梅は煙のせいか真っ黒になっていました。庭掃除をしながら「もうすぐ咲くわね、この蕾」と楽しみにしていた母が「焼けちゃったわ」とがっかりしていたのを覚えています。紅梅は切られ、そのあとに新しい木が植えられることはありませんでした。

お稽古の折、ごくたまに花屋さんから紅梅が届けられることがあります。お願いしている花屋さんは、私の属する流派の本部に代々花材を収めている花屋さんです。私も親先生からの付き合いもあり、時たま珍しいものが一束だけはいっていたりするのです。

紅梅の枝をいけることになった生徒さんには「いまどき都会の真ん中で紅梅をいけるのは贅沢よ」と、独特の枝ぶりや花の付き具合、幹の形をよく観察していけてねとアドバイスをします。

紅梅の枝をのこぎりで切ると、髄がピンク色になっているものが多く見られます。稽古の後、紅梅の太い枝を切った残りが他の枝とともにバケツに捨てられているのを見かけると、しおれて黒ずんでいくのが比較的早い花そのものより、髄の色で紅梅を確認することができます。

白梅は万葉集に一番多く登場する植物とされています。一方紅梅はもっと後になってから文献に登場し、「東風ふかばにほいおこせよ梅の花・・・」と菅原道真が詠んだ梅は、居宅を「紅梅殿」と呼んだところから紅梅ではないかと言われています。

源氏物語の第四十三帖は「紅梅」。紅梅大納言の一家の話で、中の記述にも梅の一枝を折りて・・・というところがありますのでこれも紅梅なのでしょうか。

紅梅には、年末や新年に咲く(寒紅梅)、その名の通り他の紅梅より大きな花を咲かせる(大盃)、中輪の(東雲)などがあります。(佐橋紅)や(紅千鳥)とはどんな紅梅なのでしょう。

今では園芸種も多くみられ、紅色の花で八重咲の野梅系は(八重寒紅)、紅梅のようだけれどよく見れば紅色のほかに白や絞りの花も付いている三月頃に咲く梅は(思いのまま)。このどこか艶っぽい響きの名は、白、紅、白に紅の斑入りなど、人が梅を思い浮かべた時のまさに思いのままの色に梅が答えてくれると言っているのでしょうか。

寒さが少しやわらいだら、今年は梅林をゆっくり歩いてみたいと思います。(光加)

今月の花(十月)ななかまど

caffe kigosai 投稿日:2022年9月19日 作成者: koka2022年9月20日

東京のある会館の床の間に大きくいけられた「ななかまど」。葉は黄色がかった薄い緑からオレンジ、そして、赤へと紅葉し、直径五~六ミリほどの艶やかな実の房が葉の間からたわわに下がっていました。十月末の展覧会ではいけることはありますが、その見事なななかまどを大都会の真ん中でみかけたのは、まだ夏を引きずっている九月のごくはじめのことでした。

そのななかまどの葉に傷や痛み、枯れたところがないのは、この作品を生けた作家の方をはじめ、関係者が注意深く毎日手入れをなさっているからでしょう。それにしても、久しぶりに見るあまりにも立派なななかまど、収めたお花屋さんに、秋がもう始まっている北の地から来たものか尋ねてみました。

「これは限られた地域の荷主さんから出されたもので、気候も日当たりも山の最適な場所で、きっと特殊な仕掛けをして大事に育てたななかまどだと思う」という答えでした。もちろんそれがどこの誰なのか、その花屋さんも直接は知らず、その場所に行ったこともないそうです。実際のところ、雨が当たっても条件によっては葉にシミが生じ,葉どうしがすれる風も大敵です。葉をよく見ても水分がなくなって丸まっているものはなく、こういうのをプレミアムななかまど、とでもいうのだろうかと私は写真を撮らせていただきました。

ななかまどは早春、小さな薄緑の葉がお互いをかばうように丸まって出てきて、やがてほどけていきます。葉は奇数羽状複葉、つまり先に一枚、あとは細い葉柄に対についています。

春も遅く、緑を深めた葉の枝先についた花は五弁の小さな花弁をもち、たくさん集まって咲くので遠くからみると白い泡が吹いているように見えます。花をいける時は、花弁がはらはらと散りやすいので気を付けなければなりません。

鳥に食べられずに冬を迎えた秋の赤い実は、雪の中で、葉がすっかり落ちた十数メートルにも達する黒褐色の木肌とよい色のコントラストとなることでしょう。

ななかまどは「七度窯にくべても燃えない」と名前が付いたといわれますが、それだけ瑞々しいということなのでしょうか。名の由来には異説を唱える植物学者もいるということですが、新芽のしたたるような緑色を見ると、この名前が付くほど春の水分を吸って芽吹く美しさから来ているのかとも思います。他に雷電木(らいでんぼく)または雷電(らいでん)という名前でも知られています。

ななかまどの街路樹を最初に見たのは北海道の帯広でした。先日再度訪れたこの町で、つややかな赤、また、オレンジ色の実をつけたななかまどを見かけました。陽の当たるところは紅葉がはじまっていて、その色合いは九月に入っても収まらない東京の酷暑を一瞬忘れさせてくれました。

この十月、私は帯広では初めてのいけばなのデモンストレーションを計画しています。北海道といえば、花屋さんに枝ものはたくさん種類がありそうですが、実はそれほど多くありません。現地の出演者のお知り合いの庭などで、少し紅葉したななかまどを切らせていただき、いけることはできないかしら、さぞ美しいことだろうとひそかに思っています。

「花は美しいけれど、いけばなが美しいとは限らない」勅使河原蒼風家元の『花伝書』の言葉です。この言葉を胸に、どんな花材に会えるか楽しみにしています。(光加)

今月の花(九月) 野いばら(野ばら)の実

caffe kigosai 投稿日:2022年8月23日 作成者: koka2022年8月24日

八月末。いけばなの花材を扱う花屋さんでは、初秋を告げる様々な花材たちが息を吹き返したような新鮮な表情で迎えてくれます。

その中に1.5メートルあまりの弧を描く枝の「野いばら」が数本、脇枝にたくさんの緑の実をつけていました。丸い実は5ミリ~7ミリ位で季節が進むと緑はオレンジや赤に代わっていきます。

日本原産の「野いばら」は、18世紀の末、来日したスエーデンの植物学者ツュンベルグがヨーロッパに持ち帰り、以来様々な交配種を産出するのに使われたと聞いています。

草むらに「野いばら」の花を見つけたのは初夏。直径1.5センチ程の香りのいい白い花がにぎやかに咲いていていたのが、ついこの間に思えます。

「いぬバラ」と呼ばれる、花が薄ピンクのバラがロサ・カニーナ。その実はローズヒップと呼ばれお茶に使われる種類の一つです。実が大きく、華やかな赤い実を下げているのは「鈴バラ」(ロサ・セテイゲラ)で、「野いばら」に比べると実が大きく先が少しとがります。弧を描く茶色の枝の大きな棘に気を付けながらいけるのも楽しみです。

日本でいけばなのレッスンにはげみ、今はドイツに住む元門下が、実がついた枝が大きく道端に出ているバラの写真を送ってくれました。「野いばら」の実は秋がくると花屋さんで手には入るけれど、写真にあるような立派なバラの枝は散歩の時は邪魔になるし、車から見ると人が歩いていても枝に隠れてしまい、運転していて危ない、切ったほうが良いのでいけばなの材料にこっそりいただく、と元門下は言っておりました。これは「いぬバラ」でしようか。

「いぬバラ」の花は可愛らしい薄ピンク色です。そう聞くと、シューベルトの『野ばら』を思い出します。「童はみたり 野なかの薔薇」というゲーテの詩は、近藤朔風氏の訳詩で知っていました。シューベルトやヴェルナーはじめ多くの作曲家を虜にして、数えきれない曲がこの詩につけられましたが、この「いぬバラ」をうたったのではないかと言われているそうです。

実際の花の色は薄いピンクですが、翻訳には「紅(くれない)におう」と出てきます。ドイツ語の分からない私はこれは本当に赤い色をさすのか、と門下に聞いてみました。この色については、ドイツの方たちもいろいろと意見があるということでした。

ゲーテはこの詩を書いたとき、牧師の娘さんに恋をしていたとか。童(少年)はゲーテ自身という説もあるそうです。実らなかった恋は薄いピンクの花を赤にして、彼の心の内にしまわれたのかもしれません。

世界遺産になっているヒルデスハイムという町のマリア大聖堂には、聖堂を覆うようにして樹齢1000年近いと言われるつる状のバラがあると聞きました。有名なこのバラの花は、ドイツの食器やカトラリーなどに「ヒルデスハイムのバラ」としてデザインされているようです。

大聖堂のバラは、ゲーテの時代も見てきたにちがいありません。どんな実を結ぶのでしょうか。いつか会いに行きたいバラの一つです。(光加)

今月の花(八月)ブーゲンビリア

caffe kigosai 投稿日:2022年7月18日 作成者: koka2022年7月18日

蔓状の枝に小さな花をたくさんつけるブーゲンビリア(ブーゲンヴィレア)を身近で楽しもうとしても、東京ではワイヤーで組まれた土台に蔓が巻かれた鉢植えを買ってくるのがせいぜいです。

花といいましたが、じつは三枚の花びらのようなものは苞(ほう)です。それぞれの苞の元から出ている筒状の先の白いものが本当の花なのです。葉は先のとがった楕円形で蔓には棘があり、切るとすぐにしおれるので作品として長くいけておくのは困難です。

日本でも南、それも沖縄までいけば、ピンク、赤、白、黄色、オレンジ、赤紫、白にピンクのはいったものなど、華やかなブーゲンビリアが見事な放物線を描き、競い合うようにその美しさを見せています。

今では世界各地で栽培されていますが、ブーゲンビリアの原産地は中南米です。中米メキシコの首都メキシコシティでは女流画家のフリーダ・カーロの住んでいた家の、独特のブルーに塗られた塀からその色に負けない鮮やかなピンクの苞をつけた枝をのぞかせていました。

政情不安なパキスタンに行ったときは、舗装をしていない道の傍で、行き交う車の埃の中、黄色い苞をつけた枝が揺れていました。

ブーゲンビリアのこのうえもなく冴えた色に出合ったのは、パプアニューギニアの首都ポートモレスビーの青い空の下でした。あの色は土の性質によるのか、あふれる光のせいなのでしょうか。

この海域にはブーゲンビル島という島があります。この島を訪れたフランス人の探検家ブーガンヴィュ(1729-1811)にちなんで、ブーゲンビル島と名付けるられたといわれています。植物のブーゲンビリアはそのブーガンヴィュがブラジルにいった時、同行の植物学者が珍しいこの木を発見、属名にその名をつけ、それがブーゲンビリアをさすようになったということです。

パプアニューギニアとその近海は、第二次世界大戦では日本と連合軍との激しい戦闘の中におかれました。今も日本から慰霊の旅行団を迎えるこの国で、ブーゲンビリアは、ここで散っていった幾多の魂に深い鎮魂の思いとともに、命の意味と重さを問いながら瑞々しく鮮やかな色で咲き続けていくに違いありません。
(以上は、2014年8月の「今月の花 ブーゲンビリア」に加筆修正したものです)

この話を書いた後、夏になると近所の道に園芸用品の緑の棒をくみ上げたブーゲンビリアの小さな棚が出現。その華やかな色合いが太陽の光に揺れている様子を楽しんできました。

先日、アフリカの日本大使館にいる門下からメールがありました。今回の元総理の事件で弔問においでの地元名士の方も多いとのこと。「花屋さんから白薔薇と白百合は入手できるけれど、薔薇は棘があるから黒枠のお写真のそばには使えませんよね」と聞いてきました。「白いブーゲンビリアならたくさんありますけれど、もちませんし」とも。ブーゲンビリアは切ってすぐに水の中に入れてもどんどん萎れていきます。百合だけでもいいのではとアドバイスをしましたが、白いブーゲンビリアは公邸の庭にあるので、萎れたらすぐ庭から切ることになったようです。

パプアニューギニアにしても、今回の白いブーゲンビリアにしても、人が人を殺める、その慰霊の場面でこの花が使われることを残念に思います。

華かな色を振りかざすような丈の長いブーゲンビリアが元気に風に揺れてているところを見ると、これ以上ブーゲンビリアに悲しい思い出のイメージを重ねてほしくないと思います。次に見るときは楽しい陽気な場面でと願うのです。(光加)

今月の花(七月)ひまわり

caffe kigosai 投稿日:2022年6月21日 作成者: koka2022年6月30日

マケドニアのひまわり

マケドニアの詩祭でいけたひまわりの花。マケドニアはアレクサンダー大王を輩出した地域です。この国は1991年、時のユーゴスラビアから血を流さず独立したのですが、歴史をみれば国境も支配者もよく変わる不安定な国と言わざるを得ません。独立まもない1996年、その年の優れた詩人に与えられる金冠賞の授与式が大統領も出席し国をあげて華々しく行われることに驚きました。

受賞者で旧知の大岡信さんと奥様が到着する前、私は授賞式が行われるストル―ガの古い教会の中に花をいけることになっていました。町で1~2軒しかない花屋は品質管理は十分とはいえず、花の種類も限られていました。前もって注文していた赤の小さなアンスリウムだけは10本手に入れることができました。森でも作品の骨格となる木や枝を切らせてもらったのですが、華やかな席での作品としてはそれだけでは色が足りません。

詩祭委員の一人が背の高いお嬢さんを私の助手にと紹介してくれました。オーストラリアに家族で数年住んだことがある18歳は長い金髪にハート型の顔、物憂げな表情はどこかボッティチェリの春の女神に似ていました。周りに英語の通じる人がいなかった私はほっとしました。「お祝いなので鮮やかな色の花を集めたいの」と言うと、彼女は「この季節はどこでも花は咲いているから歩いてみましょう」。この春の女神にいざなわれ、歩き出しました。すると、一軒の家の庭に私の背の高さのひまわりが何本もたくさんの花をつけてゆらりとゆれていたのです。

知っている家ではないけれどと言いながら彼女は簡単な木の柵を入っていき、出てきた家主はすんなりと花を切らせてくれました。そのひまわりはいかにも手入れをされていないまま、澄みきった空気の中でのびのび育ったいずれも15センチもあろうかという大輪で、太い茎は薄緑、葉は柔らかな光を受け、下には次々と開きそうな蕾が続いていました。数本手にしてみればゴッホの描いたひまわりの逞しさに重なるものがありました。新鮮なひまわりたちは個性と生命力にあふれ、教会の作品の中にいけると薄暗い空間が赤のアンスリウムを伴って光が灯されたようでした。

後にマケドニアは国名が北マケドニアになりました。金冠賞は今でも続いています。喜びの花として飾られたひまわりを懐かしく思い出します。
(以上は、2019年7月の「今月の花 ひまわり」を加筆修正したものです)

前述の文を書いたのはわずか3年前。今の私には、この季節に見かけるひまわりの黄色が心にしみます。

ウクライナを思って花をいけるときに使われるのが国旗の色であるブルーと黄色の花たち。ブルーは花器で代用することも、また青いデルフィニウムなどを使うこともあります。この季節は黄色の花は手に入りやすいひまわりであることが多いのです。

このところ1970年封切りの「ひまわり」という映画がにわかに脚光を浴びています。マルチェロ・マストロヤンニとソフィア・ローレンの演じた戦争で引き裂かれた夫婦の話です。若いころ私も見てジーンときたのを思い出します。中でもひまわり畑の中を歩くソフィア・ローレンの姿が目に焼き付いています。

陽を浴びて一面に花を咲かせるひまわり畑の前で土地の人が言います。その下にはたくさんの人たちが眠っている。戦争で犠牲になった兵士たちだけでなく一般の人や子どもたち、捕虜など。ゆれるひまわりがその一人一人の魂の様に見え、反戦映画の代表作の一つとなっています。後にそのロケ地はウクライナと聞きました。

ウクライナの国花は「ひまわり」。ロシアの国花は「かみつれ」、そしてウクライナと同じく「ひまわり」でもあるのです。種の縞が特徴のたくましいこの花に国境はありません。真の平和が訪れ、ひまわりが二つの国に美しく咲き誇る日々が一日でも早いことを願ってやみません。(光加)

今月の花(六月)芍薬

caffe kigosai 投稿日:2022年5月20日 作成者: koka2022年5月21日

この二枚の写真は、ここ数年、店先に出まわってきた私のお気に入りの芍薬です。咲き始めは鮮やかなオレンジ色ですが、右の写真にあるように散り際は白に近くなっていきます。

手にいれた時、ころんとした小さな蕾は濃いサーモンピンクでした。名前は「コーラルNゴールド」と呼ばれるようで、命名した人は花にコーラル(サンゴ)の色を重ね合わせたのでしょう。

花屋さんでは、今は一重咲きのほうが見かける機会が少なくなりました。何十枚もの花弁を持つ、それぞれ翁咲き、手毬咲き、冠咲き、バラ咲き、などと呼ばれて美しさを競っています。以前、薄クリーム色の芍薬をいけたことがあり、開いた花をのぞき込むと底は臙脂色でした。

同じボタン科の牡丹との違いは、芍薬は草本性であるのに対し牡丹は木本性です。英語で芍薬をChinese peony というのに対して牡丹はtree peony、木のpeonyです。

芍薬の葉は濃い目の緑で切れ目があり、やや光沢のあるしっかりとした大きめな葉がまっすぐな茎の基部についています。その茎のすっとした姿を見れば、美しい女性を指して(立てば芍薬)という一節が生まれたのも納得です。

芍薬は(薬)の字がさすように現在でも漢方薬にもちいられています。見てよし、役にもたつ芍薬です。

今の芍薬は大陸から渡ってきたもので、人々の目を楽しませたのは安土桃山時代にさかのぼるといわれています。観賞用として江戸時代には園芸品種がたくさん作られ、やがて数百種にもなっていきます。ヨーロッパにあった芍薬も、中国からの芍薬が入ると一気に豪華な芍薬へと次々と品種改良がされ、日本に逆輸入されます。

おしべが花弁へと化した、数十枚以上ある花びらをもつ花を「西欧芍薬」、これに対してもともと日本にあった芍薬を「和芍薬」と区別して呼びます。

「洋しゃく」と呼ばれるたっぷりとした美しさはもちろん素晴らしいですが、日本に自生する「やましゃくやく」の楚々とした姿にも惹かれます。本州の西の山の中で見られる、白い花弁がわずか六枚の可憐な芍薬をこの季節のうちにいけてみたいものです。

根元を割って水の中に入れれば水上りもよくなり、思っているより長く楽しめる芍薬。一輪でもぜひ近くにおいてみてください。花屋さんでもこの時期、濃いピンク、薄いピンク、白などの芍薬をどれにしようか迷うほど見かけます。部屋に置いておくと雨の日など香りもかすかにしてきて、パソコンに向かう間もどこかゆったりとした気分になってきます。薬にもなる芍薬、心の鎮静剤としてもおすすめです。(光加)

今月の花(五月)太藺

caffe kigosai 投稿日:2022年4月21日 作成者: koka2022年4月22日

太藺がお稽古に届けられると、花木や新緑に目を奪われた時期からいよいよ初夏に移る頃となります。

カヤツリグサ科の太藺は水の中からまっすぐに勢いよく伸び、深い緑の丸い茎は直径が7ミリから15ミリ、高さは1メートルをはるかに越します。

太藺が群生しているところを探しても葉はありません。長い間に退化したからで、葉の跡は茎の元にある鞘に残っています。水中の地下茎は横にしっかりと伸びていきます。

太藺の先に花がついているものもあります。花というイメージからすると地味で、茶色の穂の様に見えます。茎の先端からいくつかごく短い枝のようなものが出て、それに小さな褐色の花が数個付いています。

太藺を手に取って二本の指で挟みつぶしてみると、中が海綿状になっているのがわかります。濃い緑から来る視覚にだまされしっかりした手触りを思い浮かべると、肩透かしを食った感覚が手の中に残ります。

真横に切ると、水を吸い上げている管が緑の丸いふちの中にぎっしりと詰まっています。ここにワイヤーを通し、太藺を思うような形にするのもいけばなを知っている人の楽しみです。ワイヤーを入れるとサクサクと通っていき、空気をたくさん含んでいることがわかります、深い花器にいける時には、元が浮き上がってくるほど軽い空気感のある植物です。

同じ太藺でも「縞ふとい」は緑と白の斑が美しいものです。高さはあまりありません。斑が縦に入る「縦じまふとい」もあります。

何本かをまとめて元を両手でねじるように広げると、茎の先が大きく広がり、この植物の独特の線で作られた空間の美しさにひかれます。例えば、お互いに平行を保ちつつぐんぐん上昇していく何機かのブルーインパルスのチームが、ある一瞬、大空でそれぞれの方向にパッと散って軌跡を描く、そんな爽快さと思いがけなさが太藺を手にして開いた時、心の中に起こるのです。

季節の花材とともに水面をみせながら太藺をいけていくと、これから梅雨に向かいうっとうしくなる時期が控えていることが、少し忘れられるのです。(光加)

今月の花(四月) ユーカリ

caffe kigosai 投稿日:2022年3月21日 作成者: koka2022年3月21日

コアラが食べる葉は?と言われれば多くの方がユーカリと答えられるでしょう。

原産地はオーストラリアでフトモモ科に属し何百という種類があります。その中でも特定のユーカリがコアラの食物です。

日本で私たちがよく見かける丸い葉のユーカリは、灰色がかった緑で粉のふいたような葉をつけます。持ちがいいのでいけばなにもよく使います。

昔お稽古に見えたインドネシアのご婦人が、ユーカリを手にとって「これは薬にも使う」とおっしゃった時、その香りの強さに納得したものです。鼻先に持ってくると、ミントの香りの様にさわやかではあるもののミントよりぐっと濃厚な香りです。いけているとすぐ手に匂いが付いてしまいます。ユーカリの葉や茎からにじみ出た油なのでしょう。深く吸い込むと、この香りは咳などにきくのでは?と思ったものです。

曲げやすい枝や茎も粉が吹いたような白い緑です。灰色がかった実やたくさん下がったツンと尖った蕾もぜひいけてみたい花材なのですが、日本では一部の花屋さんを除き手に入りにくく季節も限られます。

ユーカリの赤い花(手前は実)

ユーカリの木は季語としては三夏です。南半球のオーストラリアに住む門下のサンドラのところは日本とは季節が真逆となり、今は夏から秋へと移っていく頃です。ユーカリの赤い花を使った彼女の作品写真が送られてきました。

私は日本ではユーカリは白い花を数度しか見たことがありません。日本で見かけるユーカリの多くはタスマニア原産と言われています。現地では赤い花の他に白や紅色、ピンクや黄色などの花があると教えてくれました。花はoperculumと呼ばれるキャップをかぶっていて、それが落ちると開くというとても特徴のある構造です。属の学名Eucalyptos はkalyptos(覆う)という意味です。

木は時には数十メートルにも成長し、街路樹としても植えられます。写真を送ってくれた門下の彼女もシドニーの自宅に植えたそうですが、場所にもよるのでしょうか、なかなか成長しないと言っていました。

ユーカリは生えている土地や種類により木の皮もそれぞれ面白く、送ってきたサイトの写真は木肌がマーブル模様だったり赤かったり、すぐはがれるような薄い皮をまとった木もありました。はがれるものはgum treeと呼ぶそうです。

キャンプソングの「kookabarra song(笑いカワセミの歌)」というのがオーストラリアの歌であり、この鳥がold gum treeに止まっていて――という歌詞があるのを思い出しました。以前はわかりませんでしたが、あの鳥はユーカリの木に止まっていたのですね。数十年ぶりに解明しました。

ユーカリの木はとても生命力があり、先住民のアボリジニの方たちも生活の中でさまざまに使っていました。山火事など気候の変動にもたえ、これからもずっと美しい花を咲かせることでしょう。知れば知るほど構造も、性質もとても不思議な木の一つだと思いました。(光加)

今月の花(二月)連翹

caffe kigosai 投稿日:2022年1月20日 作成者: koka2022年1月20日

松の内も過ぎたころでした。そのプライベートクラブは主に各企業の役員たちが集まるところと聞いていました。

前の週にいけられた松や花をぬき、水を変えた花器のそばに、次にいけこむ花として古新聞紙の包みの中から小さな蕾が顔を出していました。連翹でした。五ミリにも満たない蕾にはわずかに黄色がさし、花は頼りなげな細い枝に健気に数センチの間隔でついていました。

花木(かぼく)と私たちが呼んでいる、花をつけた枝はこの季節になると急に出回り始めます。中でも次々に登場する黄色の花木たちは、春をだんだんと引き寄せてくれるようです。年末にコロリとした蕾をつける蝋梅にはじまり、年があらたまると連翹、山茱萸、万作と続きます。

連翹が出てきたということは いよいよ春がはじまるファンファーレが鳴ったのです。

連翹は枝の中が空になっているため、いけるときに矯めようとすると折れてしまいます。枝が長くなると弧を描くので、線を生かしていけるのがこの花木の特徴を生かすことにもなるでしょう。枝先が地に着くと、そこからまた根がでて伸びていきます。学名の「Forsythia suspensa」の「suspensa」は「伸びる」という意味があります。

かつて、この季節に訪れたドイツ、アラブ首長国、韓国、そして連翹の原産国とされる中国で、この花が待っていてくれました。ドイツでは交配によってやや大き目な花が咲きます。花冠は四つに割れ、葉は後から出てきます。夏には花に代わり濃い緑の葉をいけます。

連翹の種類は他に「シナレンギョウ」、その変種といわれている「チョウセンレンギョウ」があり、日本では固有の「大和レンギョウ」、「小豆島レンギョウ」もあり、後者は葉が出てから花が付くそうですが私は見たことはありません。

プライベートクラブの薄暗いエレベーターホールにいけられたこの連翹は、暖房のきいた空間ですぐに花が開くことでしょう。エレベーターのドアが開いたとたん最上階へ昇ってきた人々の目をパっと引き、黄金色の鮮やかさで季節を感じさせてくれるでしょうか。

この花が開く季節を迎えると、毎年新たな気持ちになります。お正月を迎えるためのいけこみやお稽古がある十二月末、そして年頭の、各所にいけられた祝い花の手入れの忙しい日々もひと段落。連翹が花材に出てくる頃は、私にとっての小正月というべきでしょうか。

この「カフェきごさい」に植物のことを書かせていただいて、今年で十年目に入ります。その第一回は連翹を書きました。新たなスタート、どうぞまた一年よろしくお願いします。(光加)

今月の花(一月)千両と万両

caffe kigosai 投稿日:2021年12月21日 作成者: koka2021年12月22日

千両

万両

「千両」と「万両」はお正月によくいけられます。緑の葉に赤い実、よく似たこの二種類の植物を見分ける特徴は何でしょうか?

十二月に入ると、花市場ではまず松市、次に千両市がたちます。競りにかけられるのは年末に向かって各々この日一日だけです。「今年は蛇の目松は色がよく出ている」「千両の実つきがとてもよい」などという話が、競りに立ち会った花屋さんを通じて伝わってきます。

競り落とした「千両」は根を叩いて水につけ、古新聞などで囲み店頭にお目見えの時期を待ちます。私がお世話になっている花屋さんでは、六畳ほどもある地下の冷蔵庫の奥に他の花木とともにしまわれます。クリスマスが終わると、ポインセチアやクリスマスツリーに代わり松や千両が花屋さんの店先を彩ります。

「千両」は千両科に属し、赤の実の他「きみのせんりょう」という黄色の実を付けるものもあります。一方「万両」はヤブコウジ科で、こちらも黄色や白の実を付ける種類があります。このふたつは近縁ではありませんが、「千両」「万両」というおめでたい名から、お正月によくいけられます。

見分け方ですが「千両」は葉の上に実が付き、「万両」は葉の下に実が垂れ下がります。実が重そうに見えるところから「千両」よりもっと上の「万両」という名がつけられたとも言われています。

千より万のほうが豊かな響きがあるのに、花屋さんでは「万両」はあまり見かけず鉢植えや庭に植えられることが多いのです。お正月の華やかな花たちの中で、下に実をつける奥ゆかしい「万両」は、いけるときに他の花や枝の間でかき消されてしまうでからでしょうか。

また、「千両」が緑の茎にふしがあるのに対し、「万両」はすらりと伸びた茎の先に葉と実がかたまって付きます。「万両」の葉は「千両」に比べると色が濃く幅も細いものが付きます。

「万両」と同じ属の「カラタチバナ」は「百両」、また「ヤブコウジ」を「十両」と呼ぶことがあるのは縁起が良いからでしょう。

今年の正月花のお稽古には一本づつセロファンに包まれた「千両」が来ました。高さ八十センチ、傷ひとつ無い緑の葉の上にはそれぞれに赤い実が付き、近年でも見事な出来だと思いました。

根元を見ると、叩いて割られた跡があります。三十センチ程の木を輪切りにし、その上で「千両」の根元を木槌で叩いていた古くからのこの店のスタッフの姿を思い出します。社長の「いいものを仕入れられた」という誇りも垣間見られ、鋏を入れる時、心なしか緊張しました。

このところの世界の状況の中でも、年の初めは縁起の良い美しい花たちとスタートしたいものです。(光加)

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「カフェきごさいズーム句会」のご案内

「カフェきごさいズーム句会」(飛岡光枝選)はズームでの句会で、全国、海外どこからでも参加できます。

  • 第二十八回 2025年7月19日(土)13時30分(今月は第三土曜日です)
  • 前日投句5句、当日席題3句の2座(当日欠席の場合は1座目の欠席投句が可能です)
  • 年会費 6,000円
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飛岡光枝(とびおかみつえ)
 
5月生まれのふたご座。句集に『白玉』。サイト「カフェきごさい」店長。俳句結社「古志」題詠欄選者。好きなお茶は「ジンジャーティ」
岩井善子(いわいよしこ)

5月生まれのふたご座。華道池坊教授。句集に『春炉』
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7月生まれのしし座。俳句結社「青麗」主宰。句集に『玩具』『花実』『青麗』。著書に『子どもの一句』『日々季語日和』『黒田杏子の俳句 櫻・螢・巡禮』。和光大・成蹊大講師。
福島光加(ふくしまこうか)
4月生まれのおひつじ座。草月流本部講師。ワークショップなどで50カ国近くを訪問。作る俳句は、植物の句と食物の句が多い。
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12月生まれのいて座。句集に『初戎』。好きなものは狂言と落語。
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同人誌『鳳仙花』編集長、6月生まれのふたご座好きなことは料理、孫と遊ぶこと。
花井淳(はない じゅん)
5月生まれの牡牛座、本業はエンジニア、これまで仕事で方々へ。一番の趣味は内外のお酒。金沢在住。
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