「今年の松は色がでている」「小ぶりだ」などの情報が入り、月末のお正月花のお稽古に生徒さんたちが松を決める時に役に立ちます。私の先生の代からお付き合いのある花屋さんの、知り合って何十年のスタッフに「先生、今年は蛇の目松はとても高いですよ!」と言われたときは驚きませんでした。いつまでも続いた夏の異常な暑さは、人間だけでなく植物にいままでにない影響を及ぼしたことは、花が高くなっていることからも想像はつきました。
大王松、若松、根引きの松、五葉松のほかそれぞれに表情のある松をいけるのは年末の楽しみです。その中でも来年は巳年なので蛇の目松をいけると決めていました。蛇の目松は中心から黄色い葉が先に行くほど緑になります。去年は、葉がたくさんしっかりとついていて、枝も微妙な曲線を描く蛇の目松を手に入れることができました。私の住んでいる東京では松を飾るのは松の内、つまり1月7日でおしまい、というのが正式らしいのですが、近年になく美しかったので年神様を粗末にしては罰が当たる、という理由をつけて1月の最後の週まで飾っていました。
「日本は照葉樹林文化、冬になって葉が散ってしまう樹々が多い中、常緑樹の松の姿に神聖なものを感じたのでしょう」と、なぜ新年に松をいけるのかを教室の外国の方たちに説明しました。日本の神様は一神教でないからGodではなく小文字のgodあるいはgodsで、新しい年は松に年神様をむかえて始まるのです、と。
日本の植物にもいろいろな意味があるのね、と言ったのはウクライナの3人のお子さんを持つお母さん。彼女は自分の国でデイドウクと呼ばれる、クリスマスにテーブルの真ん中に置く麦の束の飾りを持ってきてくれました。ウクライナは世界でも知られた麦の生産国です。手作りの飾りには国旗の色の青と黄色の小さな花がちりばめられていました。
彼女たちには生えてから3~4年の若松をいけてもらいました。今年の若松は房が美しく、酷暑の夏をこしてもきれいな緑色でした。ふと見ると、中のひとりが片端から若松の房を曲げています。半年前に日本に来た方で、お正月を迎えるのは初めてです。「なぜ曲げるの?すっとした姿で葉も色もきれいでしょう?」と言うと、なんだか単純だからと言います。私の英語の説明が不十分だったのだろうか。初めてならまずこの房の形を生かした方がいい、と言いかけて、複雑な思いが私の内をよぎりました。本当なら大学生活を満喫している年齢です。自分の思い通りになる植物。そして居たい場所にいられない自分。
日本のお正月の、街角の門松や飾りやいけばなを見て、次の年にお正月花をいけるときには彼女は変わっているだろうか。状況が好転して日本を出ているだろうか。
私は去年素敵な蛇の目をいけたので、今年は緑の房が特に美しい若松をその特徴を生かし、世界の平和を願っていけることにしました。
今年も私の植物の物語にお付き合いいただきありがとうございました。皆様にとって来年がより良い年となりますよう。(光加)