今月の花(5月)山百合
避暑に行く先は毎夏、長野県の蓼科高原でした。
滞在先は古い木造の二階建ての山荘で、元は東京の学校の夏の寮として使用されていたそうです。長期滞在の人の中には受験勉強中の学生たち、山歩きの夫婦、子供連れの家族などがいました。昼下がり畳に横になれば草いきれの中、力強い蝉の声がきこえ、ある時には開け放った戸から虻が入って来て大騒ぎになったこともありました。
谷川で沢蟹と遊んだり、流れの中に西瓜や桃を冷やし、森の中に分け入れば湧水もあり、空をゆく雲が映り込んではいないか覗きこんだものでした。
敷地内にはもう一軒平屋の山荘があり、小さな玄関を構えていました。しんとしたその玄関前には、人がすれちがえるくらいの小道を挟み、土留めがしてありました。その向うの草むらの中から何やら植物の蕾らしきものが流線型をした葉を従えて、ひときわ丈高く伸びていました。
ある日通りかかると茎は少し弧を描き、その先の蕾の一つが大きな花を咲かせていたのです。直径20数センチはあったでしょうか。山百合でした。
山百合は英語で「金の光がさした日本の百合」golden -rayed lily of japan と呼ばれるように、純白の花びら の中央には黄色が走り赤褐色の斑点がとんでいました。開くにつれ反り返り、あたりをはらうかのような姿は、百合の女王と呼ばれるにふさわしく堂々として甘い香りを周辺に漂わせていたのです。
マリアを象徴する「マドンナリリー」はヨーロッパで見慣れていたかもしれないシーボルトですが、医師でもあるこの植物学者は日本の百合に目を見張ったに違いありません。球根や標本を多く持ち帰っています。日本に自生している百合は13種。「日本書記」や「万葉集」にも登場していますがどの種類か不明なものが多いのだそうです。
山百合は球根で増やしたり、秋に7センチほどになる実から採れる種からも増やせます。
数々の園芸品種の百合のうち、オリエンタルハイブリッドと呼ばれるグループの花のひとつににカサブランカがありますが、山百合もカサブランカの母種のひとつとなっています。
山百合の花は、きっと前を見据えて咲きます。あたかも他の木や草花、虫や鳥たちに至るまで全てに対してこの山の本当の主は私、と宣言しているかのようです。(光加)