今月の花(二月)土筆
気持ちのよい陽のさす多摩川の土手に立ったことがあります。終戦後十年くらいの春まだ浅い日でした。
「あら、土筆!」という母の声に振りかえると、冬枯れの光景のなか薄い緑の芽を出し始めた土手の草むらのなかから、つんと出た植物を見つけました。それは薄茶色の帽子をかぶった土筆でした。言われて気が付けばあちらにもこちらにも。
長さは六cmから長いものでも十二~三cmくらいだったでしょうか。母は土筆を見つけては摘み、下げていた布の袋に入れていきました。「油いためにしよう!家に帰ってからここはとるけれど」と土筆の頭の下の節のまわりにある、葉のようなものをていねいに取り除きました。真似をしてあちこちで土筆を摘んだ私の指は、たちまち土や草のあくのようなもので汚れました。引き抜こうとした時、土の香りがたったことをかすかに覚えているのは、前日かその前の日に雨が降ったからだったでしょうか。
緑色をしたスギナがでると土筆はどこに消えたのだろうと思ったものですが、実は同じ地下茎から出ています。胞子茎からは土筆が出て、栄養茎からはスギナが出てると知り、不思議に思いました。筆のような形をした土筆と小さな杉の形を思わせるスギナのふたつの植物の形がどうも頭の中で結びつかなかったからです。
土筆はとくさ科に属します。濃い緑色をした木賊のついついと伸びた先端は、色は違うもののあの土筆とそっくりではありませんか。木賊の黒い節のところについている茶色い皮のようなものは葉が退化したものだそうですが、土筆の節のところに木賊よりは少し長い同様のものが出ていて、何本も注意深くむいた記憶がよみがえってきます。
木賊は太古から存在しているといわれています。スギナも地下茎から芽を出すほかに、土筆の頭から胞子もとばして増えていきます。生命力が旺盛で古くから生き延びてきた強い植物のひとつである土筆。土筆を春の初めに食べることで大地からのエネルギーをもらい、何事にも負けないように生きていきたいと、母をはじめ、あの時代の変わり目を経験した人たちは土筆摘みに夢中になっていたのでしょうか。
しかし残念ながら、私にはおいしかったという記憶は残っていないのです。あまりにも飽食の時代に身を置いているからなのでしょうか。(光加)