今月の花(九月)水引
お稽古事は六歳の六月から始めるとよいと聞いたことがあります。
ピアノの稽古を始めたのは確かこの時期で、先生のお宅は多摩川の穏やかな丘陵の上にあり目の前は公園になっていました。記憶違いでなければ門の屋根は茅ぶきで、それが目印の家でした。年月が扉に与えた色が、両側の整えられた松や槇の間で際立っていた姿が目に焼き付いています。後にそこは日本映画の撮影に使われたと聞きました。
秋が近づいた頃、くぐり戸から腰を少しかがめて入ると迎えてくれるのは二十本あまりの水引でした。水引は林や道端に咲きます。細い鉄の線のようなまっすぐな茎に赤い点をポチポチと打ったような花が咲き、高さは五十cmくらい。お祝いなどの水引に似ているところから名付けられたそうです。かたわらに銀水引と呼ばれる白い花の水引も咲いていました。御所水引という名の紅白の花もあるそうです。
斑入りの葉は互生して細い茎をぐっと支えるごとく大きく、秋も深まると緑の葉には黄色が少し交じってきたり、一部茶色になって破れたりと季節に寄り添うような趣のある姿が楽しめます。水引はたで科です。たで科の植物は、いぬたで、蕎麦、藍、ギシギシ、いたどりといったものがあります。これらの花は決して声高に主張はしていませんが、一つ一つが個性的な姿です。
水引をいける機会があり、昔からあった光沢の美しい手つきの竹かごをだしてきました。花を長もちさせるには水の中で茎を切ってからアルコールに切り口を浸します。節がある茎には毛のようなものが生え、葉は丸型ですが少し先がとがり、よく見れば小さな花には四枚の花被片と五本の雄蕊があります。水引はのびのびと元気に、空間に点々とまいたような赤い花を数日楽しませてくれました。
高齢のご両親と住んでいらしたピアノの先生の家はいつもひっそりとしており、門の向こうには子供がぽつぽつと弾いているピアノの音がよく聞こえていました。付箋代わりにリボンを切って虫ピンでとめてくださった楽譜。次に来るときにはもっと練習しなければと思いながら、水引をちょっと揺らせてこのピアノの家を後にしたものでした。(光加)