春先、花屋さんに市場から到着したばかりのスイートピーがありました。濃淡のピンクやうす紫、紫。色ごとにふわりと束ねられ、甘い香りをまとっていました。黄色やオレンジ色の花は人工的に色を吸い上げて作られています。
そんななかにちょっと変わったスイートピーを見つけました。茎には翼のようなフリルが付いていてそこからまっすぐな茎が飛び出しています。たくさん付いた花は厚めで小ぶりの花びらを持ち、葉や髭も出ています。一年草のスイートピーに対し、それは宿根スイートピーでした。
その時、ある光景を思い出しました。私が初めて行ったヨーロッパはデンマークのボーデインボーという町でした。その町の学校の先生のお宅に夏の二週間をホームステイしたのです。その家の裏庭に植えられていたのがスイートピーでした。針金の土台に絡みながら伸びていくマメ科の植物の先端は私の背をはるかに越え、花弁に水をつけるととシミができてしまうほど薄いピンクの繊細な花は手の届かないほど高いところに咲いていました。そうそう、あの花はこんなだったと宿根スイートピ―を手に取りました。近頃では花嫁のブーケにも人気なのだそうです。
しかし、スイートピーはイタリアのシチリア島の原産といわれます。夏とはいえ北の国デンマークで出会った花は、本当にスイートピーだったのだろうか、という疑問がわきました。同じ北欧のスエーデン人の生徒に聞いたところ「種から蒔いて育てるわ。庭でみかける花よ」という答えでした。枯れても根が冬を越す宿根スイートピーなのでしょう。
デンマークといえば、英国国王エドワード七世(1841-1910)の妃はデンマーク出身のアレクサンドラ王妃(1844-1925)でした。彼女はこよなくスイートピーを愛し、ことあるごとに装飾に使ったそうです。彼女がスイートピーをよく飾ったのでこの花が英国で認識された、とさえ言われています。その美貌を見込まれて英国に嫁ぎ三男三女をもうけた彼女の人生は、夫との問題もあり決していつも幸せとは言えない一生でした。愛らしいこの花は、彼女がデンマークにいた時になじみのなつかしい花だったのでしょう。
初めてのヨーロッパでひとりデンマークの家庭で過ごした四十数年前の私の記憶は、この花しかありません。王妃が嫁いだ年と同じくらいの年齢だった当時の私も、知らない人々の中でどこか心細かったのではないかと可憐なスイートピーを見て今、自分を振り返っています。(光加)




師走に入ったころ、テレビの画面の歌謡祭で受賞者たちの胸につけられていたのは大輪の紫ピンクのカトレアでした。直径が15センチもあろうかというその花は、受賞者が挨拶をしたり歌うとき、あたかもつけている人の喜びと緊張を伝えるかのごとく震えるように揺れていました。あれは20年くらいも前だったでしょうか。それ以来私には、カトレアは晴れの日の花というイメージがあります。
カナダの首都、オタワのダウンタウンにあるマーケット。そこには土産物や手芸品、お菓子や瓶詰などの食料品などを扱う店、そして屋外には果物や野菜を売る屋台に交じり、オレンジ色の大小のカボチャを売るスタンドがありました。購入した人たちはおばけの顔や動物や魔女などを彫り、灯りが入れられて十月末のハロウイーンの夜を飾るのでしょう。
床の間にいけられたななかまど。紅葉は黄色がかった薄い緑からオレンジ、そして、赤へと移っていき、直径五、六ミリの艶やかな実の房が葉の間からたわわに下がっていました。東京ではななかまどの紅葉を十月末の展覧会でいけることはありますが、それは初秋の、まだ夏を引きずっている九月のごくはじめのことだったので、驚いてそばに寄ってみました。

