今月の季語(4月) 花
桜は冬にぐっと冷やされると開花が早くなるのだとか。春の気をいちはやくキャッチするようになるのかもしれません。今年は東京の開花宣言が平年より九日早かったそうですが、彼岸の中日に雪にみまわれ、冷蔵庫に戻された心持ちであったことでしょう。
というように、例年気の揉める桜の動向です。花といえば桜をさすほど、いにしえより桜は日本人の暮らしに添ってきました。和歌の伝統も長く深く、俳句においても〈桜/花〉は大きな季題です。今月は歳時記を一巡して「花一切」をみていきましょう。
まず時候の章には〈花冷(はなびえ)〉があります。桜の咲くころに冷え込むことです。
花冷や吾に象牙の聴診器 水原春郎
天文の章には〈花曇(はなぐもり)〉。花曇の日の空は花と同じ色をしています。
ゆで玉子むけばかがやく花曇 中村汀女
生活の章にはお花見関連の季語が揃っています。〈花見〉を〈桜狩(さくらがり)〉、〈花見人/客〉を〈花人(はなびと)〉と呼ぶと、なにか雅に聞こえます。
観桜の蛤御門開けてあり 後藤比奈夫
花衣ぬぐや纏る紐いろいろ 杉田久女
亀の池花見団子の串沈む 辻田克巳
花筵端の暗さを重ねあふ 野村研三
石垣を突いて廻しぬ花見船 綾部仁喜
〈夜桜〉は夜の花見を指すときは生活、夜の桜そのものを言うときは植物の季語です。夜桜を美しく見せるための篝火を〈花篝〉と呼びます。
くべ足して暗みたりけり花篝 西村和子
夜桜に寄せオートバイまだ熱し 奥坂まや
そういう一日が終わるとすっかり疲れてしまいます。〈花疲れ〉とは肉体の疲労のみならず、花に魅入られた心のありようでしょうか。
光にも揉まれしごとし花疲れ 香西照雄
動物の章には無いだろうと思いきや、〈桜鯛〉〈桜鯎(さくらうぐい)〉〈桜烏賊〉〈桜貝〉……とゆかりの動物がうようよいます。
包丁を取りて打撫で桜鯛 松本たかし
花烏賊の腸抜く指のうごき透く 中村和弘
引く波の引くたび残し桜貝 鷹羽狩行
桜は植物ですが、植物以外の章にさまざまな形で入り込んでいます。幅広く詠んでみましょう。
そして植物の章には〈桜の芽〉に始まり〈初花〉から〈花万朶〉、散り始めて〈花吹雪〉〈桜蘂降る〉と蘂までが季語となり、そののち夏になって〈葉桜〉を仰ぎ、たまさか出会う〈余花〉を喜び、秋には〈桜紅葉〉、冬には〈冬木(枯木)の桜〉を愛でる、と四季を通して季語があります。
〈朝桜〉〈夕桜〉〈夜桜〉と一日中季語がありますし、〈楊貴妃桜〉〈薄墨桜〉と名前でも季語になります。
けれども何よりも印象が強いのは、
さまざまの事思ひ出す桜かな 芭蕉
と人の心に咲きつぐ桜でしょう。さて今年の桜は、私たちの心にどんな花をもたらしてくれるでしょうか。(正子)