春の風は光ると初めて耳にしたのはいつのことだったでしょうか。
風光りつゝ漣を作りつゝ 高木晴子
風光りすなはちもののみな光る 鷹羽狩行
野山で遊んだ体験から、私がまっさきに肯うことができたのはこうした自然の光でした。雪解けの水も芽吹きも、どれもちらちら光って、外遊びの子どもの心を高揚させてくれました。
風光る白一丈の岩田帯 福田甲子雄
産むために帰るふるさと風光る 鶴岡加苗
大人の心も、例えば命の誕生を待って輝きます。昨今は温暖化の影響でおかしなことになっていますが、それでも春の匂いを嗅ぎ当てると嬉しくなります。春の風は期待感を運ぶのかもしれません。
春風や闘志いだきて丘に立つ 高浜虚子
古稀といふ春風にをる齢かな 富安風生
虚子の春風はシュンプウ、風生はハルカゼと読めばよいでしょうか。同じ春の風でも読みによって印象が変わります。
兄妹にはるかぜ海を見にゆかむ 山田みづえ
春風に此処はいやだとおもって居る 池田澄子
みづえは読みを指定しています。澄子の春風はどうでしょう。風圧が「いや」ならシュンプウ、生ぬるさが「いや」ならばハルカゼでしょうか。あなたはどちらで読みますか?
泣いてゆく向うに母や春の風 中村汀女
ストローの向き変はりたる春の風 高柳克弘
「の」が挟まれば確実に優しい風になるようでもあります。
風吹くや耳現はるゝうなゐ髪 杉田久女
をさなごに生ふる翼や桜東風 仙田洋子
春になると、気圧の配置により日本列島は太平洋からの風を受けます。五行の考え方に則っても「春」の方角は「東」。〈東風(こち)〉は春を象徴する風といえるでしょう。
貝寄風や若く死にたる弟に 榎本好宏
涅槃西風濁りて浪も黄なりけり 石塚友二
芋銭河童に踵のありて彼岸西風 神蔵 器
〈貝寄風(かひよせ)〉〈涅槃西風(ねはんにし)〉〈彼岸西風(ひがんにし)〉は西から吹く風です。貝寄風は聖霊会(聖徳太子の命日、旧暦2月22日)に捧げる貝殻を吹き寄せる風の意。好宏は弟を思うよすがにしています。涅槃西風は涅槃(旧暦2月15日)のころ、彼岸西風はお彼岸のころの西風です。
八荒の雲とも見えて比良の方 能村登四郎
春一番灯台守を眠らせず 吉年虹二
春疾風すつぽん石となりにけり 水原秋櫻子
太陽にしろがねの環春北風 森 澄雄
〈比良八荒〉〈春一番〉〈春疾風(はるはやて)〉〈春北風(はるきた)(はるならひ)〉は強い風です。
風の名前はバラエティーに富んでいます。時期、方角、強さ、それに伴うイメージの違いを意識しながら、詠み分けてみませんか。
(正子)