今月の季語(2月) 春の風
二〇一五年の〈立春〉は二月四日。いよいよ暦の上では春の到来です。寒い、冷たいと言いながらも、身ほとりの匂いがどことなく変わってきたようにも感じます。春は嗅覚から始まるのかもしれません。
春の匂いを運んでくるのは〈春風〉〈春の風〉です。三春通して使える季語ですが、春来たる変化を詠めるのは今だけです。触覚のみならず、五感すべてで味わってみましょう。
〈春風〉は「はるかぜ」または「しゅんぷう」と読みますが、どちらで読むかは、作者が自ら指定していない限り、読者に任されます。「しゅんぷう」はぴーぷー吹いている気がする、など感じ方はいろいろあるでしょう。訓読みと音読みを使い分けるときの感覚を駆使して読みましょう。
春風や人形焼のへんな顔 大木あまり
この句には「はるかぜ」が合うように思いますがどうでしょう。
春風や闘志いだきて丘に立つ 高浜虚子
こちらは「しゅんぷう」がふさわしそうです。
春は東風、夏は南風、秋は西風、冬は北風というように、吹いてくる方角でその季節らしさを表すことがあります。もともとは陰陽五行説によるそうですが、現代人の感覚でもわかります。
夕東風や海の船ゐる隅田川 水原秋桜子
単独で〈東風〉、時刻を表す語をつけて〈朝東風〉〈夕東風〉、程度を加えて〈強東風〉などと使います。
もちろん春だからといって東からばかり吹くわけではありません。たとえば〈春北風〉。春の北風です。「はるきた」「はるならい」と読みます。
さざ波はかへらざる波春ならひ 八田木枯
また、これが吹くとニュースにもなりますが、〈春一番〉は強い南寄りの風です。数年前、春先に強い風が吹いたにもかかわらず、春一番の観測無しとされた年がありました。発生したのが立春から春分の間ではなかったからのようです。春一番は必ずしも毎年吹くとは限らないと、そのとき初めて知りました。
春一番灯台守を眠らせず 吉年虹二
強い風を表す〈春疾風(はるはやて)〉という季語もあります。これは一番でなくても使えます。
春疾風吹つ飛んで来る一老女 山田みづえ
春の風と一口に言っても、冷たいものから暖かいものまで、また強いものから穏やかなものまで、種々様々です。風の名前で違いを表すこともあれば、どんな風か詠み方で読者に想像させることもある、というわけです。
身辺が春めいてくると、心が弾みます。いよいよ〈風光る〉季節の到来です。(正子)