今月の季語(3月) 春の海
春は一年のうちで最も潮の干満の差が大きいそうです。そのため〈潮干狩〉〈磯遊〉は春の風物詩となりました。
まんまるくお尻濡らせり汐干狩 星野恒彦
酌む手元風に狂ひて磯祭 斎藤梅子
潮(汐)干狩は遠浅の砂浜で行う行楽、磯遊は海の岩場で行う採集とか海辺の祝祭などといったニュアンスがありますが、同義に使われることもまた多いようです。駘蕩たる春風が、潮干の浜を吹き渡るような季語です。
ちなみに「潮」は朝しお、「汐」は夕しおを指します。文字通りの意味です。
潮の好きな鯊汐の好きな鯊 大石悦子〈秋〉
ときを同じくして、貝類が旬を迎えます。日常的にはカタカナで表記されることの多い貝の名前ですが、季語としては漢字表記を用います。栄螺、蛤、浅蜊、月日貝、赤貝、常節、馬刀貝、馬鹿貝、北寄貝……などなど。全部読めますか?
九十九里栄螺ぎらぎらしておりぬ 金子兜太(さざえ)
舌焼いて焼蛤と申すべき 高浜虚子(はまぐり)
浅蜊の舌別の浅蜊の舌にさはり 小澤 實(あさり)
面白や馬刀の居る穴居らぬ穴 正岡子規(まて)
馬鹿貝の逃げも得せずに掘られけり 村上鬼城(ばかがい)
食用ではありませんが、桜貝はその桜色を愛でられて、春の季語となりました。また寄居虫、磯巾着など、潮干狩のときによく見かける生きものも春の季語です。
片手から両手にもらひ桜貝 中西夕紀
やどかりの裸しみじみ粗末なり 奥坂まや
揺れかはしいそぎんちやくは待つばかり 本井 英
魚にも春の季語がたくさんあります。文字通り春の魚と書く「鰆」、銀色の細長い体が特徴的な「鱵・針魚(さより)」、釘煮がおいしい「鮊子(いかなご)」など。朝の連続テレビ小説で有名(?)になった北海道西海岸の「鰊群来(にしんくき)」は春の風物詩でしたが、今では日本近海ではほとんど獲れなくなりました。
瀬戸内の空青ければ鰆打つ 磯貝碧蹄館
青空の映れる水に針魚みゆ 長谷川櫂
いかなごにまづ箸おろし母恋し 高浜虚子
唐太の天ぞ垂れたり鰊群来 山口誓子
春の鯛を「桜鯛」と呼ぶのは、腹部が婚姻色と呼ばれる赤味を帯びた色になるからです。桜の縁で「花見鯛」とも呼びます。同様に桜のころに獲れる烏賊を「花烏賊」「桜烏賊」と呼びます。
桜鯛螺鈿の鱗こぼしけり 川崎展宏
花烏賊の腸抜く指のうごき透く 中村和弘
店先には季節を問わず冷凍の鮭や秋刀魚が切り身になって並んでいます。少々値ははりますが、春の海から揚がり立ての魚や貝を見て味わって楽しんでみようではありませんか。(髙田正子)