今月の季語(9月) 秋の野の花
暑さがおさまってくると人同様、草木も息を吹き返します。灼けていた野原に風が渡り、草々はさまざまに花をつけ始めます。秋の草花が咲き乱れた野を〈花野〉といいます。
大花野わが思ふ母若くして 小川濤美子
噴煙もしるべの一つ花野径 三村純也
花野に立つと〈秋の七草〉をはじめ、とりどりの〈秋草〉に出会えます。秋草を〈千草〉〈八千草〉と呼べばその種類の多さを思いますし、〈色草〉と呼べばその彩りが思われます。
端山越秋の七草思ひ出せず 飯島晴子
秋草を活けかへてまた秋草を 山口青邨
ひざまづく八千草に露あたらしく 坂本宮尾
淋しきがゆゑにまた色草といふ 富安風生
ちなみに〈秋の七草〉は萩、薄(芒・尾花)、葛、撫子、女郎花、藤袴、桔梗とされます。七、千、八千という秋草ですが、そのいくつかを漢字でみていきましょう。
〈狗尾草(えのころぐさ)〉
旧仮名表記は「ゑのころぐさ」。イネ科の一年草。花穂が文字通り犬の尾に似ています。〈猫じゃらし〉ともいいます。都会の道端にもよく生えていますから、誰もが見知っている草でしょう。花穂は緑色のほか、金色や紫色もあります。
猫じやらし持てばじやらさずにはをれず 西宮 舞
〈牛膝(いのこずち)〉
旧仮名表記は「ゐのこづち」。ヒユ科の多年草。花のあと結ぶ小さな実にとげがあって、動物の毛や人の衣服などについて広がります。生薬の牛膝(ごしつ)は牛膝の根を乾燥させたもの。
ゐのこづち故里に来てただ睡し 中村苑子
〈吾亦紅(われもこう)〉
旧仮名表記は「われもかう」。バラ科の多年草。細い茎の先端に焦げた紅色のような楕円形の花をつけます。かさかさとドライフラワーのような触感です。
吾も亦紅なりとひそやかに 高浜虚子
〈竜胆(りんどう)〉
旧仮名表記は「りんだう」。リンドウ科の多年草。切花としても好まれる花なので、知らない人はいないでしょうが、竜の胆という恐ろしげな漢名を持っています。生薬の竜胆(りゅうたん)は竜胆の根を干したもの。
竜胆を畳に人のごとく置く 長谷川かな女
〈烏頭(とりかぶと)〉
キンポウゲ科の多年草。猛毒があることは誰もが知っていますが、濃い青紫色の美しい花を見たことのある人は少ないかもしれません。烏頭の烏の文字は「烏帽子」の烏です。鳥兜とも書きます。
今生は病む生なりき烏頭 石田波郷
〈杜鵑草(ほととぎす)〉
ユリ科の多年草。小さな鐘の形をした花を咲かせます。花の内側には紅紫色の斑点があり、鳥のホトトギスの羽根の模様に似ています。俳句では鳥のホトトギスを〈杜鵑鳥〉、草花のほうを〈杜鵑草〉と、「鳥」「草」の文字を添えて表記することが多いです。読みはどちらも「ほととぎす」です。
しづかなる花の盛りを杜鵑草 髙田正子
漢字で表記されている俳句は結構多いです。少なくとも読めるようにしておくと都合がよいでしょう。(正子)