今月の季語〈二月〉 雛(2)
雛祭は五節句(人日/七種、上巳、端午、七夕、重陽)の一つである上巳に、主に女の子の健やかな成長を願って行われる催しです。本来は旧暦の三月三日ですが、新暦で行うことのほうが断然多い昨今です。正月の松がとれると、百貨店等の雛人形売場は熱気を帯び始めます。祖父母世代がはりきりすぎると、
初雛の大き過ぎるを贈りけり 草間時彦
という次第となりますから要注意です。
テーマに〈雛〉を取りあげるのは二回目です。前回は〈雛〉の俯瞰を試みましたが、今回は恣意的主観的に季語が熟してゆく例を辿ってみましょう。昨年刊行した『黒田杏子の俳句』では一年を月ごとに追った第Ⅰ章の「三月」の項にまとめています。
雛祭は一年に一度巡ってきますが、ゆえに毎年詠み続けるのが難しくもなります。世につれデザインの変遷はあってもおおむねは昔のままに、また顔ぶれの入れ替わりはあっても近い関係で祝いますから、「去年も詠んだ句」になりかねないのです。
『黒田杏子の俳句』で句の分類のために設定した項目は「雛店」「寂庵」「母」でした。「雛店」とは東京・浅草橋に本店を置く吉德です。昭和六十(1985)年から「吉德ひな祭俳句賞」を開催しています。今年で三十九回。黒田杏子が一人で選者を務め、選者吟として3×39句を献じてきました。「寂庵」は先ごろ亡くなった瀬戸内寂聴師が嵯峨野に開いた庵。奇しくも同じ年の十一月から寂聴命名の「あんず句会」が本堂で始まり、全国各地から人が集まりました(2013年閉会)。
こうした巡りあわせは普通は無いでしょう。ですがさながら「行」を修めるがごとくに、選句と作句の両輪を弛まず回し続けることも常人にはしかねることです。
吉德ひな祭俳句賞選者吟に沿って何句か読んでみましょう。
第一回 雛かざるひとりひとりの影を曳き
第二回 寂庵に雛の間あり泊りけり
第四回 月山の雪舞ひきたり雛の膳
第六回 雛かざるいつかふたりとなりてゐし
第九回 なにもかもむかしのままに雛の夜
第十回 吹き晴れし富士の高さに雛飾る
第十一回 ととのへてありし一間の雛づくし
第十二回 雛の句えらみ了へたる余寒かな
第十六回 立雛やまとの月ののぼりきし
第十七回 母の一生(ひとよ)ひひなの一生かなしまず
第十八回 裏千家ローマ道場雛葛籠
第二十一回 雛の間に母のごとくに手を合はす
第二十三回 曾祖母の雛祖母の雛みどりごと(句集には「みどりごに」の形で掲載)
第二十四回 句座果てて月の嵯峨野の雛祭
第二十六回 父も母も大往生の雛の家(同「ちちははの大往生の雛の家」)
第二十九回 雛の句を選みて二十九年目
第三十回 雛店の三百年の十二代
第三十一回 ワシントンより届きたる雛の句
第三十二回 桃の日の母に供ふるかすていら
第三十六回 雛の間に座してしばらく兄と父
第三十七回 東京三月炎ゆる人炎ゆる雛
血縁を確かな軸としながら出会いを詠い、詠うことによって出会いを新たな血脈とする。季語と「一生」もまた両輪のように回り続けて豊かになってゆくものなのでしょう。(正子)