浪速の味 江戸の味(五月) 鯉の洗い【江戸】
初夏の風に吹かれる鯉幟は、いつ見ても心躍る情景です。急流を登る鯉の生命力にあやかり出世を祈念してあげる鯉幟。そんな見た目の良さだけでなく、鯉は食べても栄養満点な食材です。
昔は産後の女性が食すと乳の出がよくなると信じられ、眼病や胃腸病にもよく効く薬用魚として知られていました。鯉は鰻と並ぶ人気の食材で、川や堀の多い江戸では鯉釣りに挑む人も少なくなかったそうです。
江戸の下町本所には「本所七不思議」と呼ばれる話が残っています。そのひとつ「置行掘(おいてけぼり)」は、釣人が帰ろうとすると水の中から「置いてけ~」という声がして、逃げ帰るといっぱいだった魚籠が空になっているという怪談で、鯉釣りが題材になっているとのこと。
鯉の夏の料理といえば、なんといっても「洗い」。夏に演じられる落語「青菜」には鯉の洗いが登場します。仕事先のご隠居に鯉の洗いをご馳走になった植木屋が「口の中が涼しくなりやすね」と言うセリフが印象的で、一緒に勧められる冷えた柳蔭(みりんと焼酎のブレンド)と共になんとも涼し気です。
洗いは、新鮮な刺身を冷水につけて洗ったもの。脂肪や川魚特有の癖がとれあっさりした食感になります。氷水で引き締めた鯉の洗いが氷片に盛られた様子は、身の薄紅色と相まって清々しい一品です。
現在の東京では鯉を食べる機会は減りましたが、帝釈天で知られる柴又の傍を流れる江戸川や隅田川沿いには鯉を出す料理屋があります。そんなひとつ、隅田川の両国橋のたもとの川魚料理屋で鯉の洗いを頂きました。店を出たのは、そろそろ日も傾く頃。一合の冷酒に火照った頬を川風が撫でていきました。
川浪に日の落ちゆくや洗鯉 光枝