今月の季語(9月) 秋の海
海無し県に生まれ育った私にとって、子ども時代の海は、海水浴に旅行の支度をして行く場所でした。同じくらいの年回りの子が海沿いの家から水着のまま飛び出してくるのを見かけては、羨ましく思ってもいました。その後も海よりは山、というより丘陵と縁が深く、多摩丘陵の一角に住みついて四半世紀になろうとしています。
そういう私ですが、昨年突如として海にご縁ができました。八月の終わりに松山へ赴いたあと、高松へ移動し、フェリーで男木島、小豆島、直島を回りました。ちょうど瀬戸内国際芸術祭の開催期間中で、野原にダイダラボッチ(のような巨大な作品)が脚を投げ出していたりして、日常とはまるで違う空間を味わうことになりました。新型コロナ禍から解放され切っていないころでしたので、人混みとは無縁の、のびのびした旅にもなりました。
《 瀬戸内の旅2022 》 髙田正子
高松へ
おつとめを果して秋の旅半ば
夕凪やいそひよどりの来る時刻
風音の中に波音星月夜
男木島
人形に雲見せてゐる花野かな
小豆島
昼顔や棚田に余る水の音
野にあればおのづと月を待つこころ
月白や潮干の径を鳥居まで
直島
ひらひらと沖を抜け行く白雨かな
睡蓮の花の切先閉ぢあへず
夏と秋が行きあう頃合でしたので、季語も行ったり来たりするにまかせました。瀬戸内に詳しい知人とふたりきりで回りましたので、安心してリフレッシュできた反面、作句のほうはほったらかしになりました。これらの句は、帰りの新幹線の車中で、もう忘れたなあとぼやきながらまとめたもの。やはり現地で句会をしたいものだと、今年は身近な方々に声をかけてみたところ、小さな句会ができる人数となりました。
秋の航一大紺円盤の中 中村草田男
「秋の海」という季語が使われているわけではありませんが、まずこの句を思います。今年は台風がのろのろと通り過ぎたあとでもあり、被害がなかったのならよいけれど、と気になります。
一つ島沖に浮かべて秋の潮 能村登四郎
大海原に乗り出すわけではありませんから、こちらの景が近いかもしれません。港を出てしばらく航くと、さっきまでいた陸地が島に見えてくることがあります。昨年は、航路の角度が変わるたびに島と見紛う山がありました。屋島です。調べてみると、江戸時代までは確かに島だったとか。那須与一が急に身近に感じられてきました。
秋の浪見て来し下駄を脱ぎちらし 安住 敦
今年は島に泊まります。豊島に新しくオープンした施設があり、運よくお借りすることができました。相部屋になる都合もあって、男性は高松泊まりに。女子会のような雰囲気で、下駄を脱ぎちらしてみるのも良さそうです。
波音が月光の音一人旅 坪内稔典
一人で出て瀬戸内で仲間と合流します。さて今年はどんな海の旅になるでしょうか。またいずれご報告できれば幸いです。(正子)