浪速の味 江戸の味(六月) 鱚【江戸】
五月中旬、浅草の三社祭が終わると東京は本格的な夏に突入します。この頃旬を迎える魚が鱚です。
鱚は細長い円筒の魚体で、口は砂底の獲物を探るため尖っており、しゅっとした上品な姿をしています。脂が少なく味が淡泊で、特に白鱚は味がよいとされ様々な料理に使われます。特に江戸前の天ぷらには欠かせません。
江戸時代、将軍は毎月1日、15日、28日以外の食事は必ず鱚の塩焼きと漬け焼き二種類(鱚両様と呼ばれました)を食べたそうです。魚偏に喜ぶと書く「鱚」の字が目出度いからと言われていますが、脂が強くない鱚は毎日食べても身体にさわらないことも理由の一つではないかと思います。因みに1日、15日、28日には鯛や平目などが膳に上ったとのこと。
写真は浅草雷門隣に天保八年(1837年)より店を構える日本最古の天ぷら屋の、鱚の天ぷらです。初代は三河(愛知県)から江戸に移り、天ぷら屋台から始めたとのこと。江戸(東京湾)近海で獲れた魚を胡麻油で揚げるのが江戸前天ぷらの特徴です。胡麻油の香りをほのかに纏った上品な鱚の天ぷらは、今も昔も江戸の夏のスタートに相応しい味です。
味の白鱚に対して、釣って面白いと言われていたのは青鱚です。音に敏感な青鱚を釣るため、河口の浅瀬に脚立を立てて釣る「脚立釣り」が盛んに行われていました。しかし、東京湾の干潟が埋め立てられていくにしたがい青鱚も少なくなり、昭和五十年代には東京湾の青鱚は姿を消してしまいました。
近年は来日外国人で大賑わいの浅草ですが、中心を少し離れると静かな路地に水を打つ人の姿も見られます。朝顔市、鬼灯市と江戸の夏の行事が続きます。
鱚天や路地に水打つ静寂あり 光枝