a la carte_板屋楓(かえで科)
文字通り板張りの屋根のような、そんな葉の重なりが特徴の板屋楓。作品としていけようとすれば、都会住まいの私は、花屋に注文しないと入手できません。花屋からはほとんどの場合、切られた枝ではなく、木の根を布で巻いて養生されて持ってこられます。
そこから直接枝を切って作品に使うのですが、私はできることなら全部切らず、最低でも幹と主な一本は残しておきたいと思います。切ったあとで根ごと土に戻し、やがて枝が大きくなり、また使えるようになればと願います。枝を切ってからいけるまでの時間を、なるべく短くしないとしおれてしまうのが楓やもみじです。
ある詩人のお宅でテレビの取材があり「何か花をいけておいてくださらない?放送は5月にはいってからだけど」といわれ、数十年お世話になっている先生と奥様のところに道具一式をもってかけつけました。「絶対、板屋楓だけはいけたいのでお願いね」と、使用する花材のリストを花店に送り念をおしました。そして撮影当日、私の背より少し低い葉つきのいい板屋楓が根つきで届けられ、私はその家にあった備前の大きめな壷にこの楓をたっぷりといけました。
詩人の穏やかな表情の背後に映る新緑は、我ながらいい選択だったとモニター画面をチェックしながら思ったものです。その後、板屋楓がどうなったか忘れていたところ、詩人の自宅の裏山に植えてもらったらしいと聞きました。
次の年の秋のこと「光加さんの板屋楓、紅葉が見頃よ」と夫人からお電話をいただきました。よかった、板屋楓は詩人の家に心地よく根付き、秋にも葉の色彩の美しさで存在をしっかり主張していたようでした。
私たちはひとからげに板屋楓と呼びますが、実際は葉団扇楓、板屋名月、大板屋名月、といった楓のことをいうのだそうです。植物学的な板屋楓はまた違うものをさすとか。
切るとしおれやすいので、切ったらすぐに枝の元の皮の部分をはさみでむき取り、さらにわりをいれると茎が水に当たる面積が多くなります。刺激を与えて水上がりを促進させるため、ウイスキーやブランデーなど度数の高いアルコールにちょっとの間つけます。
カッと手を開いたような、そして鮮やかなみどりの葉は、初夏を迎える頃、私たちをいっそう爽快な気分にさせます。種はプロペラのような形をしていて二枚の羽をもち、実際に風などによって遠くに飛ばされ、やがて落ちたところで発芽するのだそうです。(光加)