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朝日カルチャーセンター「カフェきごさい句会」(七月)

caffe kigosai 投稿日:2019年8月22日 作成者: mitsue2019年8月22日

新宿朝日カルチャーセンター「カフェきごさい句会」。七月の兼題はサイトより、季語「涼し」花「向日葵」浪速の味 江戸の味「泥鰌鍋」です。

【特選】
わが窓に代々かよふ守宮かな  勇美

夜々通うといえば普通だが、世代に渡って通うとは大げさでおかしい。

合歓の花隠岐一島をけぶらせて  隆子

様々な物語を秘めた隠岐の島に合歓の花がよりそう。

大氷河滴たる命アマゾンへ  和子

大氷河の一滴がやがてアマゾン川となる。滴りに焦点をあてて「大氷河滴たり滴たり命かな」など。

【入選】
向日葵の種の秩序に戸惑ひぬ  勇美

ぎっしりと詰まった種を前にした戸惑い。「向日葵の種の秩序を恐れけり」など。

一塊の孤独や月の山椒魚  隆子

この句のなかでは「月」がうるさいか。「一塊の孤独の眠る山椒魚」など。

遥かなる霧の裂け目に黒き富士  和子

黒々とした夏富士が姿を現す瞬間。原句は「霧満ちし空の裂け目に黒き富士」。

夕立の洗ひあげたる茄子をもぐ  隆子

みずみずしい茄子を過不足なく描いた。

灯を消して人も金魚も夢を見る  涼子

「人も金魚も」としたことが手柄。しみじみとした夏の一句。

故郷の友また一人芋の露  弘道

省略が効いた一句。「また」に万感の思い。原句は「故郷の友また一人芋の花」。

向日葵の迷路は遠き日へつづき  隆子

向日葵の迷路を効果的に詠んだ。はるかなる思い。

プロペラ機梅雨前線越えゆけり  勇美

空に線が引いてあるかのような愉快ではっとさせられる一句。「越えゆけり」がいい。

人の世にすこし離れて泥鰌鍋  光枝

今月の季語(9月) 虫

caffe kigosai 投稿日:2019年8月21日 作成者: masako2019年8月22日

季語の〈虫〉とは、秋に鳴くコオロギなどの虫の総称です。漢字で書くと、蟋蟀(こおろぎ)、鈴虫、鉦叩(かねたたき)、邯鄲(かんたん)、螽蟖(きりぎりす)、轡虫(くつわむし)などとなります。姿より鳴き声が主の季語ですが、聴き分けることができますか?

今月は秋の鳴く虫について見ていきましょう。

本題に入る前に余計なことを一言。

日常的には、昆虫やその周辺の生き物をひっくるめて「虫」と呼びますが、俳句の場合は、「虫」とあれば、読者は耳を傾けて聴く体勢に入ると心得ましょう。この夏、虫に刺されたと覚しき状況に「虫」と使った句に、どういうわけか一再ならず出会い、その都度傾けそうになった耳を慌ててふさぐ、ということがありました。読者をミスリードしないように詠むのはかえって難しいです。季語の〈虫〉=秋に鳴く虫、とインプットしておきましょう。

行水の捨て所なき虫の声   鬼貫

夏の終わりか秋の初めか、暮れ方には虫が鳴くようになったころの行水です。夏の間は、つかった水を庭の植栽に撒いていたのでしょう。虫に無慈悲な気がして、もう撒くに撒けないというのです。

其中に金鈴をふる虫一つ    高浜虚子

虫時雨をBGMにソロで声を響かせる虫が。金鐘児、月鈴子の異名をもつ鈴虫でしょうか。

鈴虫のいつか遠のく眠りかな   阿部みどり女

鈴虫とひとりの闇を頒ち合ふ   野見山ひふみ

夜半、鈴虫の鳴き揃った声が波のような抑揚をもって聞こえてくることがあります。耳を澄ましているうちにいつしか寝入り、気づくと朝だったというのは、いくつのころまでのことだったでしょうか。みどり女の眠りは健やかです。ひふみの闇は夫を送った闇かもしれません。

鳴く虫のたゞしく置ける間なりけり   久保田万太郎

暁は宵より淋し鉦叩          星野立子

まつくらな那須野ヶ原の鉦叩      黒田杏子

万太郎の虫はたぶん鉦叩でしょう。かそけき声にもかかわらず、特徴的で聴き分けやすいです。立子の句は外出先から自宅まで戻れずに、妹の家に泊まったときの早朝の感慨。〈鉦叩悲し淋しと今宵また〉とも詠んだ立子にとっては、淋しさを呼ぶ虫だったのかもしれません。杏子の句は父の通夜の庭で詠まれた句。鉦叩の声だけが耳に届いたとエッセイにあります。

こほろぎのこの一徹の貌を見よ     山口青邨

蟋蟀が深き地中を覗き込む       山口誓子

蟋蟀はもっともポピュラーな虫かもしれません。青邨にとっても誓子にとっても、まるで友人のようです。声のみならず、風貌やしぐさに注目することになったのもその所以でしょう。

邯鄲の夢路追ひ来て鳴きつづく     水原秋櫻子

邯鄲の鳴き細りつつすきとほり     西村和子

邯鄲は、しーんと耳を澄まさないと紛れてしまう優しい美しい声。庭園などで「邯鄲を聴く会」が催されるほどです。

ゆきどまりまで来しわが世虫のこゑ   岸田稚魚

虫の夜の知音知音と鳴けるかな     行方克巳

虫の声に自らの感慨を載せて詠むこともできそうです。第二句は句集『知音』所収。作者は現在結社「知音」の代表(西村和子氏と二人代表制)です。

虫の夜の星空に浮く地球かな      大峯あきら

虫の音が層を成して重なる夜はこんな心持ちになることも。眠る前に外へ出て、虫時雨に身を置いてみるのも一興ではないでしょうか。(正子)

 

浪速の味 江戸の味(九月) 新蕎麦(江戸)

caffe kigosai 投稿日:2019年8月20日 作成者: mitsue2020年7月28日

上方落語の「時うどん」が江戸噺では「時そば」になったように、江戸の麺類の代表は蕎麦といえます。蕎麦の名所は全国各地にありますが、江戸は消費地として圧倒的な人口があったことと、味だけでなく蕎麦の手軽さが江戸庶民の好みに合ったため、一大蕎麦処となりました。

江戸(東京)の蕎麦の汁の多くは真っ黒です。濃い口の醤油を使うためでしょうが、もうひとつ理由が考えられます。濃い汁をちょっと浸けるのが粋な食べ方と言われます。そうすると早く食べられる、蕎麦は喉で食べるといわれるようにすすって呑み込めばますます早く食べられる。これが粋で鯔背で勇み肌の江戸っ子の性に合ったのではないでしょうか。

江戸時代初期までは、蕎麦は主に蕎麦掻として食べられていました。今のように麺状にした「そば切り」の普及が蕎麦人気に拍車をかけ、江戸初期にはうどん屋の方が多かった江戸は、後期には蕎麦屋の数がうどん屋を圧倒しました。

歴史ある蕎麦屋の系統として「藪」「更科」「砂場」が知られています。それぞれ麺にも汁にも特徴があり、往時を偲ばせる佇まいの店も多く、江戸の外食文化の楽しさを味わわせてくれます。また、若い店主の蕎麦屋のオープンもひきもきらず、令和の時代に入っても、相も変わらぬ江戸の人々の蕎麦好きを物語っています。

そんな蕎麦好きが心待ちにするのが新蕎麦です。蕎麦は年二回収穫できますが、夏に蒔き秋に収穫する秋蕎麦を新蕎麦と言います。初もの好きの江戸っ子に好まれた、まだ熟さない青みを帯びた蕎麦粉で打った走り蕎麦は、蕎麦の香りを存分に味わえます。

はるかなる草の香るや走り蕎麦  光枝

今月の花(九月) 葉鶏頭

caffe kigosai 投稿日:2019年8月20日 作成者: koka2019年8月21日

初夏から秋も深まる頃まで、久留米鶏頭、槍鶏頭、とさか鶏頭、ふさ鶏頭などを次々見かけると季節が移っていくのを感じます。

鶏頭という範疇に名前ははいっていますが、前述の鶏頭とは属が違うものがあります。たとえばヒユ属のアマランサスのひとつ、ひも鶏頭などは垂れ下がった茎にいくつもの細かな毛糸玉が付きます。その毛糸玉のようなものは薄緑や濃いピンクの花序なのですが、なんだか少し気持ち悪いわ、とおっしゃる方もままいらっしゃいます。

そんな方には花より美しい葉の目立つ葉鶏頭があります。葉鶏頭は緑からやがて赤、黄 濃い赤、ピンクなどの美しい色の組み合わせの葉が中心から出ていて、その色の混ざり具合、変化の妙に思わず見入ってしまいます。「花は?」とみると、葉の付け根にアマランサスのような小さな丸い花序が付いています。「鎌柄(かまつか)」という名もありますが 私は「雁来紅」という名前が好きです。

ある年の初秋、世界的な学者を集めた学会がある小さな街でおこなわれ、知人が責任者となりました。外国からの参加者にいけばなを見せたいので迎え花として大きな作品をといわれました。紹介してくれた地元の花屋さんと前もってやり取りがありましたが、、地元でそろわない花材もあり、また一人では手が回らないなと長いこと知っている沼津の花屋さんに相談をしました。すると社長は息子さんに「行ってあげたら!」と一言、当日二代目のKくんが駆けつけてくれることになったのです。

「秋らしい花がいいわ、まあ葉鶏頭なんていいけれど、もちはしないし、現地の道端に咲いていないかしらね」と私は冗談のつもりで言いました。当日の朝、K君は茶紙に巻かれたものを持って新幹線を乗り継いで到着。大きな包みは土をつけたままの、赤や様々な色の入った直径三十センチもありそうな葉鶏頭でした。

再婚したばかりの知人はもちろん、その美しい夫人もとても喜んでくださり何度もきれいね、とおっしゃってくださいました。あれから何年になるでしょうか。仲の良い二人でしたが、夫人の訃報を聞きました。

雁来紅。雁の来る頃に美しくなる葉鶏頭。風にあたると萎れやすく、切ってすぐに水の中で切り直し、酢や塩をすりこみます。華やかな葉はなかなかもたすのが大変ですが、それだからこそ秋が来るといけたくなるのです。しかしあの日以来、私の希望はまだかなえられてはいません。(光加)

カフェきごさいネット投句(七月)飛岡光枝選

caffe kigosai 投稿日:2019年7月25日 作成者: mitsue2019年7月25日

【特選】
丸泥鰌酔はせて熱き鍋の中  涼子

酒に泥鰌を入れるのは泥鰌鍋の調理法だが、酔わせるという表現でそれだけに止まらないおかしみと非情さが生まれた。原句は「泥鰌鍋どぜう酔わせて鍋へかな」。

向日葵の傾いてゐる学生寮  勇美

夏休みだろうか、人気の無い寮に向日葵だけが盛ん。「傾いてゐる」の存在感。

涼しさの橋こえてゆく君の家  隆子

「涼しさの橋」で、「君」の人柄にまで思いがゆく一句。「橋を渡つて」がより自然か。

【入選】
走りゆく子を追ひかけて茅の輪かな  弘道

大祓の作法など関係なく元気に茅の輪を潜り抜けていく子供。ちまちました思いが吹き飛ぶ子供の力。原句は「走りゆく子を追いかける茅の輪かな」。

水無月の一片ガラス皿にかな  弘道

原句は「水無月をガラスの皿に盛ろうかな」。よく詠まれる情景だけに、ことばの選び方に新しい発見が必要。

仏桑花強き陽射しを飲み尽くし  和子

「飲み尽くし」まで言うと、この花の風情からすると少々強すぎるが、新しい一面を見せてくれる句。原句は「仏桑花強き陽射しも飲み尽くし」。

雛罌粟や秩父の山に緋のヴェール  和子

雛罌粟の薄い花びらの感じが出た。原句は「雛罌粟や秩父山里緋のヴェール」。

【投句より】
「切札を秘する横顔晩夏光」
謎めいた(ほめことばではありません)上五中七に「晩夏光」を付けたのではますますわからない句になってしまいます。より具体的な季語で、上五中七を納得させるように。 

「麦わらで作りし籠に蛍の灯」
形はしっかりできていますが、蛍籠の説明になってしまいました。これを踏まえて、一歩先に踏み込んだ句を目指したい。

「スカイツリー降りなばこの世泥鰌鍋」
スカイツリーを下りて泥鰌鍋を食べただけにしては大げさになりすぎました。

「胡瓜の葉大きく浮かせ風涼し」
「大きく浮かせ」がわかりにくい。大きく浮かびあがったことを詠んでいるのだと思いますが、句の言葉運びからすると葉が大きいのかとも。曖昧さは句を弱くするのでご注意を。

「雪渓や花金色の裾模様」
雪渓と中七下五の関係性が不明。何が詠みたいかを明確にして、よりシンプルに詠みたい。

今月の花(八月) バナナ

caffe kigosai 投稿日:2019年7月24日 作成者: koka2019年7月25日

実芭蕉という美しい名前を持つバナナ。子供のころはおやつに1本、お弁当のデザートに1本と生で食べるものでした。大人になってからはタイのホテルのバナナのパウンドケーキのおいしさが忘れられません。

以前は日本で売られているバナナは台湾からが主流でしたが、今ではエクアドル、フィリピンなど各地から大きさも色も多様なものが店頭に並びます。

ナイフとフォークを使ったバナナの正式ないただき方というのがあるそうですが、ホテルの朝食の時、見回しても見たことがありません。今では簡単に食べられる庶民的な果物の代表となっています。

ある年、いけ花の生徒が夫君と転任しているパプアニューギニアにデモンストレーションで伺うことになりました。遠い日本から来るのであれば、ぜひ年に一度、マウントハーゲンという高地でのお祭りの時にというお勧めがあり、初めてかの地を踏みました。世界三大奇祭というそのお祭りは、何十もの部族がそれぞれ独特の衣装で、顔や体にペインティングをして踊るというものでした。

現地に着くと、まずバナナの林の中に案内されました。地面を掘った中には、何かにバナナの青い葉が何重にもかぶせてありました。これから豚を一頭蒸し焼きにしてお祭り料理を作るというのでした。土をかぶせる前に私たちに見せようと待っていてくれたのです。この時のバナナの緑の葉をみて、琉球芭蕉という糸芭蕉の葉を東京の展覧会でいけたことを思い出しました。

部族の祭りは私が今までに見たことのないエネルギーと色の反乱でした。私は圧倒されて高地から首都のポートモレズビーに帰り、いよいよデモンストレーションの準備に花屋さんへ向かいました。その帰り、道端でバナナの実が房で売られていました。同行していたインドネシア出身の生徒は、蒸したり、春巻きのような料理を作ると話していました。

私は、小ぶりの実を40~50個付けた青いバナナをデモンストレーションに使うことにしました。赤いヘリコニアといけると緑と赤の対比がきれいだろうなと想像したのでした。

ところが次の日、バナナはひとつ残らずきれいな黄色になっていました。この地の温度を考えないで準備室に置いたことを反省しました。本番では、この花材が舞台に登場すると「うわ」という反応と笑いが起きました。

そしてその後、バナナを使った作品は地元の新聞に載りました。見出しは「ⅠKEBANANAーーイケバナナ」、なるほど。(光加)

浪速の味 江戸の味(八月)水茄子(浪速) 

caffe kigosai 投稿日:2019年7月21日 作成者: youko2019年7月23日

暑い日が続くと食が進まないことがあります。そんな時、茄子の漬物で茶漬けを食べると食欲が出ます。漬物の中でも、茄子は茄子紺と言われる涼しい色と風味が魅力です。焼いても、蒸しても、揚げても茄子は美味しい。

茄子は、インド東部が原産といわれています。日本に伝わったのはかなり早く710年頃の長屋王家の木簡に「韓奈須比二斗」と、東大寺の『正倉院文書』(750年)に「茄子献上」と記されています。渡来人とともに大陸から伝わり、天皇等への献上のため栽培されたようです。

室町初期と推定される初歩教科書の『庭訓往来』の点心、菓子の項に「澤茄子」、室町南北朝時代の『異性庭訓往来』の菓子の項に「水茄子」と記され、古くから水茄子が栽培されていたことがわかります。果物の一種として生で食することができる品種ととらえられていたようです。

各地に名産の茄子があり、関西では京都の丸い賀茂茄子が有名です。浪速には電球形の水茄子があります。泉州(大阪南部の岸和田、貝塚、泉佐野、泉南市)の主に河川に近い肥沃な土壌で栽培されてきた水茄子は、その名前通り、水分たっぷりで柔らかな果肉はフルーツのような香りがします。「炎天下の農作業で喉が渇いた時に食べて渇きを癒した」と言われるほどです。一夜漬けにすると絶品です。

他の土地で同じ種子を使っても、栽培条件が変わると茄子の形質が変わってしまうことや果皮がとても薄く長距離輸送に耐えられないこともあり、地域独特の伝統野菜として受け継がれてきました。しかし、近年の品種改良や輸送手段の向上などで他地域へも流通するようになりました。

瑞々しい水茄子を食べて残暑を乗り切り、元気に秋を迎えましょう。

泉州の水のうまさや水茄子   洋子

 

今月の季語(八月)花火

caffe kigosai 投稿日:2019年7月20日 作成者: masako2019年7月23日

現代の歳時記では〈花火〉は夏の季語となっていることのほうが多いですが、近世以来の倣いで今もなお秋に分類している歳時記もあります。例えば隅田川の花火大会は七月の終わりですが、手花火も含めて〈八月〉(=秋)のイメージが強い行事であることを思うと、納得できない感覚ではありません。〈花火〉は夏とも秋とも言い難い、ゆきあいの季節の季語と言えるかもしれません。

〈花火〉は生活の季語です。揚花火、手花火等、種類にはこだわらず、生活の主体である人の行動や心理に焦点を合わせて見ていきましょう。

暗く暑く大群衆と花火待つ     西東三鬼

歳時記の例句によくあがっています。花火を「待つ」句です。

宿の子を借りて花火を見にゆくも  田中裕明

ひとりで行くのも、と思案していたら「宿の子」と目が合ったのかもしれません。「行くか?」「うん!」 「子」の嬉しさは、作者の心の弾みでもあるでしょう。

花火の夜兄へもすこし粧へり    正木ゆう子

「兄」は最も近い年上の異性です。肉親ですから日頃は素顔で接しているわけですが「花火の夜」だから、という特別感。妹の粧いに、兄もどきっとしたかもしれません。

そしていよいよ花火が揚がり始めると、

ひゆるひゆると花火の玉の昇りゆく 長谷川櫂

ずんずんと土にひびきて大花火   岸本尚毅

前の句は聴覚と視覚の句。後の句は触覚も加わっています。

その次のすこし淋しき花火かな   山田弘子

大輪の花火の中の遠花火      野澤節子

花火より観客の昂揚感が勝ると「淋し」ということにもなるでしょう。後の句は、花火と遠花火が重なり、「あ、あちらでも」と遠いほうに視線が吸い寄せられた瞬間です。

山国の天へ供華なす大花火     鍵和田秞子

死にし人別れし人や遠花火     鈴木真砂女

手向くるに似たりひとりの手花火は 馬場移公子

三句のベースには人恋しさがあります。魂鎮めの句でもありましょう。

大花火悪相もわが顔のうち     石 寒太

花火みる男の帯に手をかけて    吉田汀史

花火に照らし出されているであろう「わが顔」を「悪相」と言い放っています。花火を見ることが、翻って「わが顔」を見る行為となるとは驚きです。花火に見られている、とも言えそうです。後の句は、男が自分の帯に自分の手をかけながら(よくあるポーズですね)とも読み得ますが、女(に違いありません)が傍らの男の帯に、と読むべきでしょう、おそらく。

花火への期待感は待つ間に最高潮に達し、いよいよ揚がり始めると存外たやすく満たされるものなのかもしれません。すると想念が、人魂のように縦横に走り始めます。どんな思いをどのように巡らせるのか、花火の句の真骨頂はおそらくそのあたりにあるのでしょう。

その花火もやがて収束のときを迎えます。

帰らんとすれば花火の又上り    西村和子

花火果て闇の豪奢や人の上     高橋睦郞

そして、くり返し余韻にひたるのです。

ねむりても旅の花火の胸にひらく  大野林火

昭和二十二年、林火四十三歳の作。もう焼夷弾におののくことなく、安心して眠ることができるようになった日々の句です。

私たちの多くは花火に対しては観客でしかないので、見る側からの作品が圧倒的に多いですが、花火を作る側に注目した作例もあります。

花火師にまだももいろの信濃川   黒田杏子

またの世は旅の花火師命懸     佐藤鬼房

前の句は前掲の長谷川、岸本両氏と同じ旅で作られています。新潟の花火だったそうです。後の句は、次に生まれて来るときには、という句でしょう。大きな花火大会から町内会の納涼祭まで、また夏のみならず、冬の花火も、と数え上げていったら、「旅の花火師」の「命」はなかなかに値が張りそうです。(正子)

 

朝日カルチャーセンター カフェきごさい句会(六月)

caffe kigosai 投稿日:2019年7月1日 作成者: mitsue2019年7月1日

新宿朝日カルチャーセンター「カフェきごさい句会」。今月の兼題はサイトより今月の季語「蛍」、花「梅花空木」、浪速の味・江戸の味「鱧の皮」です。

【特選】
田を植ゑし静けさ卯の花月夜かな  涼子

植田に囲まれて安らう里。原句は「田植終へ静もる卯の花月夜かな」。

蛍の恋に迷うて我が髪に  勇美

蛍に恋は聞き飽きた感があるが、「我が髪に」で実体となった。原句は「大蛍恋に迷うて我が髪に」。

祝祭のごとく蛍の一樹あり  隆子

蛍が群れ光る一本の木。生命の祝祭。

【入選】
自転車で青葉時雨を走りぬけ  守彦

若々しい勢いがあり、青葉時雨の「青」が生きる一句。原句は「自転車で青葉時雨を走り抜く」。

夕蛍いつかどこかで逢ひし人  勇美

ムードだけに終わりそうな内容だが、しっかり描いて一句となった。

鱧づくし真似てうれしき京言葉  涼子

鱧づくしとは豪勢な。弾む気持ちの一句。原句は「鱧づくし真似してみたき京言葉」。

海へむく向日葵をこそわが墓標  隆子

向日葵の姿、佇まいに寄せる思い。

ほうたるの沢に星降る夜となりぬ  涼子

蛍の光と星の光と。原句は「ほうたるの沢や星降る夜となり」。しっかり伝える形にしたい。

鯊の子のひらりきらりと水の底  守彦

夏の水を感じさせる過不足ない一句。

アンデスの山を彩り麦の秋  和子

雄大な景色の麦畑。豊かな一句。原句は「アンデスや山彩りし麦の秋」。

一仕事終へた手と足青田風  守彦

一日働いた手足を労るように吹く風。原句は「一仕事終へた手足に青田風」。

天神寄席大入満員鱧の皮  光枝

カフェきごさい ネット投句(六月)飛岡光枝選

caffe kigosai 投稿日:2019年6月27日 作成者: mitsue2019年6月27日

【特選】
天空へ白き絨毯ちんぐるま  和子

高原の風に吹かれ群れ咲く白い花。羽毛のようなその実も思われる。原句は「空までも白き絨毯ちんぐるま」。

捨てられぬ本に囲まれ梅雨に入る  弘道

堆き本を詠んだ句は多いが、この句は「梅雨に入る」の季語がいい。

ほうたるに闇の記憶の始まれり  勇美

光があればこそ闇が生きる。原句は「ほうたるに闇の記憶は始まれり」。

【入選】
磐座やひとつふたつと夕蛍  涼子

神がゆらりとお出ましになった風情。

大阪に戻る活気や鱧の皮  涼子

夏になりいよいよ盛んな大阪の心意気。

オラシオのこゑか卯月の波の音  隆子

初夏の白い波のかなたから聞こえる祈り。原句は「オラシオのこゑよ卯月の波の音」。

浅草や子供神輿の声はじけ  弘道

原句は「浅草に子供神輿の声はじけ」。原句ではただの報告に。

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「カフェきごさいズーム句会」のご案内

「カフェきごさいズーム句会」(飛岡光枝選)はズームでの句会で、全国、海外どこからでも参加できます。

  • 第三十七回 2026年4月11日(土)13時30分
      (原則第二土曜日です)
  • 前日投句5句、当日席題3句の2座(当日欠席の場合は1座目の欠席投句が可能です)
  • 年会費 6,000円
  • 見学(1回・無料)も可能です。メニューの「お問い合せ」欄からお申込みください。
  • 申し込みは こちら からどうぞ

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スタッフのプロフィール

飛岡光枝(とびおかみつえ)
 
5月生まれのふたご座。句集に『白玉』。サイト「カフェきごさい」店長。俳句結社「古志」題詠欄選者。好きなお茶は「ジンジャーティ」
高田正子(たかだまさこ)
 
7月生まれのしし座。俳句結社「青麗」主宰。句集に『玩具』『花実』『青麗』。著書に『子どもの一句』『日々季語日和』『黒田杏子の俳句 櫻・螢・巡禮』。和光大・成蹊大講師。
福島光加(ふくしまこうか)
4月生まれのおひつじ座。草月流本部講師。ワークショップなどで50カ国近くを訪問。作る俳句は、植物の句と食物の句が多い。
木下洋子(きのしたようこ)
12月生まれのいて座。句集に『初戎』。好きなものは狂言と落語。
趙栄順(ちょよんすん)
同人誌『鳳仙花』編集長、6月生まれのふたご座好きなことは料理、孫と遊ぶこと。
花井淳(はない じゅん)
5月生まれの牡牛座、本業はエンジニア、これまで仕事で方々へ。一番の趣味は内外のお酒。金沢在住。
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