↓
 

caffe kigosai

投稿ナビゲーション

← 古い投稿
新しい投稿 →

朝日カルチャーセンター カフェきごさい句会(六月)

caffe kigosai 投稿日:2019年7月1日 作成者: mitsue2019年7月1日

新宿朝日カルチャーセンター「カフェきごさい句会」。今月の兼題はサイトより今月の季語「蛍」、花「梅花空木」、浪速の味・江戸の味「鱧の皮」です。

【特選】
田を植ゑし静けさ卯の花月夜かな  涼子

植田に囲まれて安らう里。原句は「田植終へ静もる卯の花月夜かな」。

蛍の恋に迷うて我が髪に  勇美

蛍に恋は聞き飽きた感があるが、「我が髪に」で実体となった。原句は「大蛍恋に迷うて我が髪に」。

祝祭のごとく蛍の一樹あり  隆子

蛍が群れ光る一本の木。生命の祝祭。

【入選】
自転車で青葉時雨を走りぬけ  守彦

若々しい勢いがあり、青葉時雨の「青」が生きる一句。原句は「自転車で青葉時雨を走り抜く」。

夕蛍いつかどこかで逢ひし人  勇美

ムードだけに終わりそうな内容だが、しっかり描いて一句となった。

鱧づくし真似てうれしき京言葉  涼子

鱧づくしとは豪勢な。弾む気持ちの一句。原句は「鱧づくし真似してみたき京言葉」。

海へむく向日葵をこそわが墓標  隆子

向日葵の姿、佇まいに寄せる思い。

ほうたるの沢に星降る夜となりぬ  涼子

蛍の光と星の光と。原句は「ほうたるの沢や星降る夜となり」。しっかり伝える形にしたい。

鯊の子のひらりきらりと水の底  守彦

夏の水を感じさせる過不足ない一句。

アンデスの山を彩り麦の秋  和子

雄大な景色の麦畑。豊かな一句。原句は「アンデスや山彩りし麦の秋」。

一仕事終へた手と足青田風  守彦

一日働いた手足を労るように吹く風。原句は「一仕事終へた手足に青田風」。

天神寄席大入満員鱧の皮  光枝

カフェきごさい ネット投句(六月)飛岡光枝選

caffe kigosai 投稿日:2019年6月27日 作成者: mitsue2019年6月27日

【特選】
天空へ白き絨毯ちんぐるま  和子

高原の風に吹かれ群れ咲く白い花。羽毛のようなその実も思われる。原句は「空までも白き絨毯ちんぐるま」。

捨てられぬ本に囲まれ梅雨に入る  弘道

堆き本を詠んだ句は多いが、この句は「梅雨に入る」の季語がいい。

ほうたるに闇の記憶の始まれり  勇美

光があればこそ闇が生きる。原句は「ほうたるに闇の記憶は始まれり」。

【入選】
磐座やひとつふたつと夕蛍  涼子

神がゆらりとお出ましになった風情。

大阪に戻る活気や鱧の皮  涼子

夏になりいよいよ盛んな大阪の心意気。

オラシオのこゑか卯月の波の音  隆子

初夏の白い波のかなたから聞こえる祈り。原句は「オラシオのこゑよ卯月の波の音」。

浅草や子供神輿の声はじけ  弘道

原句は「浅草に子供神輿の声はじけ」。原句ではただの報告に。

朝日カルチャーセンター カフェきごさい句会(五月)

caffe kigosai 投稿日:2019年6月27日 作成者: mitsue2019年6月27日

新宿朝日カルチャーセンター「カフェきごさい句会」。今月の兼題はサイトより、今月の季語「新茶」、花「牡丹」、浪速の味・江戸の味「くず餅」です。
【特選】
浜木綿のかをり遥かに紀伊水道  勇美

紀伊水道の地名がよく効いている。「浜木綿のかをり遥かや紀伊水道」もある。

つくばひに日差し揺らめく葛桜  勇美

夏の日差しの描写とひんやりした葛桜の対比が鮮やか。

余花の雨これより北に人家なし  勇美

さいはての地の、遅い春が過ぎてもいまだ肌寒い雨。

万緑を飲み干さんとぞ新茶かな  涼子

体の中まで青々としてくる新茶。原句は「万緑を飲み干してゐる新茶かな」。
若楓清らかな刻過ぎゆけり  涼子

若楓がゆらめくように過ぎてゆく時間。

ぼうたんに傘さす僧やうるはしき  涼子

牡丹ならではの一句。原句は「ぼうたんに傘さす僧や見目麗し」。

冷酒やざくざくなれば自づから  隆子

ざくざくという音がいかにも涼し気で酒もすすむ。「鱧のざくざく」の詞書が必要。

【入選】
黒揚羽結界門の辺りより  勇美

よけいな言葉がないすっきりとした姿がいい。

届きけり走り茶もかの掛川の  隆子

掛川茶を寿ぎ、夏を寿ぐ。

芳しき生命いただく新茶かな  和子

新茶の清らかさを表現。

山の宿鮎三匹の至福あり  弘道

鮎三匹とは豪勢。

花板の花のやうなる湯引き鱧  隆子

「花のやうなる」がことばの上だけで、いまひとつ像が結ばない。

葛餅屋ここの亭主は話し好き  守彦

いかにも下町の店主の様子が楽しい。

役割を終へし背広を虫干しに  弘道

定年か、新しい背広に座を譲ったか。しみじみとした一句。

宅急便新茶の香る五月かな  守彦

毎年の待ち遠しい便り。原句は「宅急便新茶の香り五月かな」。

くず餅の角の涼しく皿の上  光枝

浪速の味 江戸の味(七月) 泥鰌鍋(江戸)

caffe kigosai 投稿日:2019年6月24日 作成者: mitsue2020年7月28日

掘が走る深川に生まれ川が流れる葛飾で育った私にとって、泥鰌は幼い頃から近しい魚でした。日常的に食べるほどではありませんでしたが、「うなぎ・どぜう・こい」という看板を出している卸屋さんが近所にあり、お酒好きの客がある日など母から「泥鰌買ってきて」と小銭を持たされ店に走りました。母は割いて柳川にしていました。

日本全国の低湿地でたやすく獲れた泥鰌は、各地で食用として重宝されていました。特に、水田や湿地が多かった東京の北東部ではよく食べられ、浅草などには現在も数軒の「泥鰌鍋」専門店があります。

薄い鉄の小鍋で供される「泥鰌鍋」には、泥鰌をそのまま使う「マル」と割いて頭と骨を抜いた「骨抜き」があります。割下で煮た泥鰌に刻みネギをたっぷりと乗せ、ネギがくたっとしてきたら山椒や七味をかけていただきます。「骨抜き」は食べやすく、いっぽう頭も骨もある「マル」は歯ごたえがあって泥鰌を食べたという実感がより味わえます。

鰻に比べずっと小さな泥鰌ですが「泥鰌一匹は鰻一匹」と言われたほど栄養価が高く、安価で精のつく泥鰌は東京に移り住んだ労働者が多い下町では、故郷の味と江戸の食文化が融合したご馳走として愛されたのでしょう。暑い夏を乗り切る知恵としての「泥鰌鍋」、三社祭が済んだ六月から八月には卵を抱いた泥鰌が出回り、より美味しくいただけます。

今宵また川越えて来て泥鰌鍋  光枝

今月の季語(7月) 涼し

caffe kigosai 投稿日:2019年6月23日 作成者: masako2019年6月24日

「今日は涼しいですね」という挨拶は、気温がそれほど高くなく、湿度も低めのときに交わす夏の挨拶でしょう。「涼しくなりましたね」は、快感を覚えるところまで気温が下がったという意味あいですから、現代ならば秋も随分進んでから「やっと」を付けて交わしそうな挨拶です。秋の季語である〈新涼〉はまさにこの感覚でしょう。

夏の季語としての〈涼し〉は、これらの挨拶と同様に心地良さを表していますが、気温や湿度という数字に左右されるものではありません。歳時記の解説にも「思いがけず覚えた涼しさ」とあり、その涼感が相対的なものであることを示しています。

このあたり目に見ゆるもの皆涼し   芭蕉

涼しさを絵にうつしけり嵯峨の竹   同

は、主として視覚的な涼しさを詠んでいると言えましょう。

涼しさや鐘をはなるるかねの声    蕪村

は、聴覚の涼しさでしょう。

大の字に寝て涼しさよ淋しさよ    一茶

は、触覚でしょう。ですが一茶は、窮屈な雑魚寝でないことが「淋しさ」を呼ぶと言っています。一茶は時代としては近世の人ですが、近代的と言われる所以はこういうところにもあるのかもしれません。

をみな等も涼しきときは遠を見る   中村草田男

この句の涼しさは、まずは身体で感じ取ったものでしょう。そして日頃は自分と異なる生物体だと思っている「をみな等」も、このときばかりは同じことをするではないか、という発見というか驚きというか、を言っているのではないでしょうか。草田男は「をみな等」が実はちょっと怖かったのではないでしょうか。

どの子にも涼しく風の吹く日かな   飯田龍太

子等へ等しく向けられる慈愛のまなざし、と読まれる句です。そうなのだと思います。が、母を亡くした直後(父=蛇笏は既に)の句と知ったときから、このとき龍太自身に風はどう吹いていたのだろうと思うようになりました。どこかさびしさ(それが涼しさなのかもしれません)を感じるのですが、皆さまはいかがですか?

言葉待ちつつ涼しさの中にゐる    廣瀬直人

直人は龍太の弟子です。「雲母」終刊ののち、後継誌として「白露」を創刊主宰しました。このとき師の傍らに侍っていたのでは、という想像も可能でしょう。この涼しさは、身体以上に心が喜ぶ涼しさでしょう。

五千冊売つて涼しき書斎かな     長谷川櫂

本を処分するのは理由に拘わらず心が痛みます。それでもスペースは有限ですから、苦渋の決断を強いられるのです。この涼しさは、選別という暑苦しい作業を経て得たすがすがしさでしょう。実際に風通しも良くなったに違いありませんが。

すずしさのいづこに坐りても一人   藺草慶子

この「一人」にはご自身が独身であるという意識が作用しているように思えます。身軽であるよろしさと、親を送ったのちには本当に一人になってしまうという心許なさと。一茶の涼しさと近いかもしれません。家族はいたらいたで暑いですが、いないと涼しくて……なのかもしれません。

風生と死の話して涼しさよ      高浜虚子

話している内にすーすーしてきたのでしょうか。達観したお二人とお見受けしますが。

なにしろ実体がありませんから、何にでも合わせられます季語です。それは危うさでもありますが、「身体」何割「心」何割と調合できる自在さが魅力的とも言えそうです。(正子)

 

今月の花(七月) ひまわり

caffe kigosai 投稿日:2019年6月18日 作成者: koka2019年6月18日

向日葵は金の油を身にあびてゆらりと高し日のちひささよ  前田夕暮

歌人の心の中で、すべてのひまわりの頂点に立つ象徴的なひまわり。花瓶にいれられ様々な表情を見せるゴッホのひまわり。映画「ひまわり」でソフィア ローレンの背後で同じ方向をむいて揺れていたたくさんのひまわり。

一番印象的なひまわりはと問われれば、それは詩人大岡信さんの金冠賞受賞の時にマケドニアの詩祭でいけたひまわりの花です。マケドニアはかのアレクサンダー大王を輩出した地域です。この国は1991年、時のユーゴスラビアから血を流さず独立したのですが、歴史をみれば国境も支配者も変わる不安定な国と言わざるを得ません。それが独立後まもない1996年、詩人に与えられる賞の授与式が大統領も出席し国をあげて華々しく行われることに驚きました。

私は旧知の大岡夫妻が到着する前、授賞式が行われるストル―ガの古い教会の中に花をいけることになっていました。町で1~2軒しかない花屋は品質管理は十分とはいえず、花の種類も限られていましたが前もって注文していた赤の小さなアンスリウムを10本手に入れました。次に森に連れて行ってもらい作品の骨格となる木や枝を切らせてもらったのですが、華やかな席での作品としてはそれだけでは色が足りません。

その時、委員会の一人が背の高い十八歳のお嬢さんを私の助手と紹介してくれました。オーストラリアに家族で数年住んだことがあるのだそうで、長い金髪にハート型の顔、物憂げな表情はどこかボッティチェリの春の女神に似ていると思いました。周りに英語の通じる人がいなかったので、私はほっとしました。鮮やかな色の花を集めたいと言うと、この季節はどこでも花は咲いているから歩いてみましょう、と。春の女神にいざなわれ歩き出すと、一軒の家の庭に私の背の高さのひまわりが何本もたくさんの花をつけてゆらりとゆれていたのです。直径15cmくらいの黄色いひまわりの花の下には太い茎から大小の蕾が出ていて、数えると蕾だけでも20輪はあったでしょうか。

知っている家ではないけれどと言いながら彼女は簡単な木の柵を入っていきました。出てきた家主はすんなりと切らせてくれてひまわりが数本手に入りました。いかにも手入れをされていないまま澄みきった空気の中でのびのび育ったひまわり。その太い茎は薄緑、葉は柔らかな光を受け、次々と開きそうな蕾をもった花たちはゴッホの描いたひまわりの逞しさに重なるものがありました。大地から生えている新鮮なひまわりたちはそれぞれ個性と生命力にあふれ、教会の作品の中にいけると薄暗い空間が赤のアンスリウムを伴って光が灯されたようでした。

今年になりマケドニアは国名が北マケドニアになりました。ひまわりは、その地にしっかりと根をおろした人たちに脈々と流れている知恵と、決して失わない個を表しているように見えました。金冠賞は1966年以来続いており、今年もルーマニアの詩人の受賞が決定したそうです。

私の心の中の[ひまわり]は以後このマケドニアのひまわりとなりました。(光加)

カフェきごさいネット投句(五月)飛岡光枝選

caffe kigosai 投稿日:2019年5月23日 作成者: mitsue2019年5月23日

【特選】
茄子の花平安の色さながらに  弘道

菖蒲や杜若ではあたりまえだが、茄子の花がいい。原句は「平安の色甦りたり茄子の花」。

夕風に終のひとひら白牡丹  勇美

夕闇に浮かぶ白いはなびら。

牡丹にしみいる月の光かな  隆子

月の光が牡丹になったよう。

【入選】
若葉萌ゆ命の歌の響きたる  和子
新緑を泳ぎて辿る山路かな  和子

二句とも内容はいいのだが、動詞、言葉数が多い。内容に会ったすっきりとした形を心がけたい。

ぼうたんや皇后様の微笑みは 涼子 

「は」ではただの単純なたとえ。「ぼうたんや皇后様の微笑みも」。

ユーカリの朝のシャンプー夏来る  勇美

ユーカリの香りに夏を感じた。

もてなしは玻璃の器に水饅頭  勇美

涼しさが夏のもてなし。

天目といふにあらねど新茶かな  隆子

普通の茶碗での新茶が一番かもしれない。

粽解き山ある故郷の声聞かむ  弘道

内容を少し欲張りすぎた。すっきりと、すっきりと。「粽解きわが故郷の声聞かむ」。

朝日カルチャーセンター「カフェきごさい句会」四月

caffe kigosai 投稿日:2019年5月23日 作成者: mitsue2019年5月23日

新宿朝日カルチャーセンターの「カフェきごさい句会」。今月の兼題はサイトより、今月の季語「牡丹」花「しだれ柳」浪速の味・江戸の味「桜餅」です。そして、吟行の句より。

【特選】
ぐい呑みに上野の山の花吹雪  守彦

花見酒を豪快にあおる、とたんに名残を惜しむように花が吹雪いた。「上野の山」は花の名所として名高いだけに、使い方によってはただの観光俳句になりがちだが、この句の上野の山の花はいきいきとそこにある。

黒髪に鳥の降らせし花の屑  勇美

「鳥の降らせし」がいい。現実はただ風に舞い落ちた花びらかもしれないが。

まくなぎを花の図鑑ではらひけり  勇美

過不足のないことばの使い方で、すっきりとした姿のよい一句となった。

【入選】
木洩日に楓の花の華やぎて  和子

木洩れ日にちらちら動く赤い花が目に浮かぶ。

はつらつと下校の子らよ松の芯  隆子

取り合わせの一句。「松の芯」の付けが上々。

楓の実プロペラのごと遊びしこと  弘道

楓の実には郷愁を誘う雰囲気がある。

友とゐてわけてもあをし春の苑  隆子

心持のいい友、そして春の苑。

松の花新しき御世待ちかねつ  和子

ただの松では御世と付きすぎるが、「松の花」が句の内容とたいへん合っている。

関山の樹下一面の桜いろ  涼子

豪勢な八重の関山桜のようす。

初めての吟行に春惜しみけり  涼子

初々しい心持ちがよく出ている。

なみなみと一村映す代田かな  勇美

水をなみなみとたたえた代田の様子はわかるが、「なみなみと映す」という表現には少々無理がある。

鶯の初音競ひし山路行く  和子

そこここで鶯の声のする山行。

若き木に若き勢ひ松の芯  涼子

心持はわかるが、「若き木」では「松の芯」の説明になってしまう。「若き日に若き勢ひ松の芯」など。

黒雲のまたやつて来る松の芯  光枝

浪速の味 江戸の味(六月) 鱧の皮(浪速)

caffe kigosai 投稿日:2019年5月22日 作成者: youko2019年5月24日

あとひと月で七月である。七月の京阪は、祭に始まり祭に終わる。中でも京都の祇園祭、大阪の天神祭は熱気で暑さも最高潮になる。そんな祭にかかせないのが「鱧」である。海産で、鰻に似た全長一メートルの円筒状の硬骨魚である。鋭い歯を持ち、噛みつく習性を持っている。「食む(はむ)」がなまってはもになったとも言われている。

小骨が多く、骨抜きではとれないので骨切りをする。腹開きした身を皮を下にして、身と骨だけ二~三ミリ間隔で切ってゆく。熟練を要する技である。淡泊なうま味を生かし、白い花のような湯引き鱧、照り焼き、天ぷら、鱧鮓、鱧のおつゆなどのごちそうになる。練り製品の原料にもなる。大阪では、残った皮をつけ焼きにして「鱧の皮」として蒲鉾屋で売っている。

大正三年に発表された上司小劍作の小説『鱧の皮』は、当時の大阪商人の暮らしぶりをいきいきと描いている。小説の中に「鱧の皮、細う切って、二杯酢にして一晩ぐらゐ漬けとくと、温飯に載せて一寸いけるさかいな。」という会話が出てくる。捨てるような部分も生かすのが大阪商人の知恵である。鱧の皮を胡瓜揉みと和えた酢の物は「胡瓜のざくざく」という酒の肴にもよろしい一品となる。

まかなひに安うてうまし鱧の皮    洋子

今月の季語(6月) 蛍

caffe kigosai 投稿日:2019年5月20日 作成者: masako2019年5月21日

桜と同じように、蛍にも蛍前線があります。例えば私は、岐阜の美濃地方に生まれ、東京、大阪、神奈川と移り住みましたが、そのあたりの人にとっては蛍は六月のものかと思います。今年は四月に、沖縄で蛍が飛び始めたというニュースを耳にしました。暖冬の影響で全国的に早まっているそうですが、さて今年の蛍前線が身辺に到達するのは、いつになるでしょうか。

草の葉を落つるより飛ぶ蛍かな    芭蕉

葉先より指に梳きとる蛍かな     長谷川 櫂

前句は、雫のように草の葉を伝い、こぼれるかと見えてすうーっと上昇する光を描いています。後句は、髪をくしけずるときに使う動詞「梳く」の効果で、葉の形状や、手指の動きが見えてきます。草の葉と蛍を前の句は視覚で、後の句は触覚でとらえているとも言えそうです。芭蕉に関する著作の多い長谷川氏ですから、芭蕉への挨拶の句であるかもしれません。

追はれては月にかくるるほたるかな  蓼太

ほうたるの月に触れしは落ちにけり  岸田稚魚

雨蛍消えしところにぽとともる    野澤節子

蛍が光るのは雌へのアピールのためですから、光が相殺される月明の夜はあまり飛ばないと言われます。私の経験によりますと、明滅しながら月を横切る蛍は、「翅のある虫」のシルエットを呈しますが、光るお尻は目立ちませんでした。また大雨の日も飛びません。第三句はごく小雨、もしくは小止みになったときを思えばよさそうです。

蛍得て少年の指みどりなり      山口誓子

ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜   桂 信子

人殺す我かも知らず飛ぶ蛍      前田普羅

自然の景物との取り合わせはもとより、「人」との取り合わせ、というより人を描くために詠まれることも多いです。第一句は少年を、第二、三句は作者自身を描いています。第一句は淡淡としているようでいて、少年のものだからこそ指が「みどり」なのだとも読み取れそうです。間接的に、すでに少年ではない作者自身が見えてくる気がしますがどうでしょうか。

蛍火の明滅滅の深かりき       細見綾子

ほたる火の冷たさをこそ火と言はめ  能村登四郎

明滅の滅のほうに心惹かれる綾子、冷たさに激しさを感じている登四郎。蛍火を詠みつつ、自身の心情を訴えてきませんか。

寝るまへの蛍に水をあたへけり    安住 敦

蛍籠昏ければ揺り炎えたたす     橋本多佳子

どちらも捕えられた蛍ですが、敦の蛍は家族の一員のよう。その日妻子と螢狩に出かけたのではないでしょうか。多佳子の蛍はどやされています。「もっと恋せよ」と言われているのでしょうか。ちなみに〈蛍〉は歳時記の「動物」の章にある季語ですが〈蛍狩〉や〈蛍籠〉は、人による営みですから生活の季語となります。

生霊か蛍か闇を飛び交ふは      中村苑子

病み抜いて母は蛍となりにけり    井上弘美

蛍の夜老い放題に老いんとす     飯島晴子

おおかみに蛍が一つ付いていた    金子兜太

日本の詩歌には〈もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る 和泉式部〉のように、蛍を魂とみる伝統があります。苑子の句は王朝の香りもしますし、まっすぐにそれを踏まえたものと言えましょう。弘美は、寝たきりになってしまった「母」を詠んでいます。たくさんの管や計器につながれながら命を維持している母でしょうか。この二句の蛍=命は凄絶ながらこの世のものです。晴子は蛍火の明滅の中で「老いん」と言っています。後に自死する人であることを私たちは知ってしまっていますが、それを思うと何か能の世界のようにも感じられてきます。兜太の蛍もやはり命でありましょう。おおかみは日本では絶滅してしまった獣としての狼であるとともに、兜太のうぶすな秩父の守り神=大神です。そこに明滅するのは戦場で散った命であり、両親をはじめ自分の命につながる多くの命、まさにうぶすなそのものであるかもしれません。(正子)

投稿ナビゲーション

← 古い投稿
新しい投稿 →

「カフェきごさいズーム句会」のご案内

「カフェきごさいズーム句会」(飛岡光枝選)はズームでの句会で、全国、海外どこからでも参加できます。

  • 第三十七回 2026年4月11日(土)13時30分
      (原則第二土曜日です)
  • 前日投句5句、当日席題3句の2座(当日欠席の場合は1座目の欠席投句が可能です)
  • 年会費 6,000円
  • 見学(1回・無料)も可能です。メニューの「お問い合せ」欄からお申込みください。
  • 申し込みは こちら からどうぞ

Catégorie

  • à la carte (アラカルト)
  • 今月の季語
  • 今月の料理
  • 今月の花
  • 加賀の一盞
  • 和菓子
  • 店長より
  • 浪速の味 江戸の味
  • 花

menu

  • top
  • きごさいBASE
  • 長谷川櫂の俳句的生活
  • お問い合せ
  • 管理

スタッフのプロフィール

飛岡光枝(とびおかみつえ)
 
5月生まれのふたご座。句集に『白玉』。サイト「カフェきごさい」店長。俳句結社「古志」題詠欄選者。好きなお茶は「ジンジャーティ」
高田正子(たかだまさこ)
 
7月生まれのしし座。俳句結社「青麗」主宰。句集に『玩具』『花実』『青麗』。著書に『子どもの一句』『日々季語日和』『黒田杏子の俳句 櫻・螢・巡禮』。和光大・成蹊大講師。
福島光加(ふくしまこうか)
4月生まれのおひつじ座。草月流本部講師。ワークショップなどで50カ国近くを訪問。作る俳句は、植物の句と食物の句が多い。
木下洋子(きのしたようこ)
12月生まれのいて座。句集に『初戎』。好きなものは狂言と落語。
趙栄順(ちょよんすん)
同人誌『鳳仙花』編集長、6月生まれのふたご座好きなことは料理、孫と遊ぶこと。
花井淳(はない じゅん)
5月生まれの牡牛座、本業はエンジニア、これまで仕事で方々へ。一番の趣味は内外のお酒。金沢在住。
©2026 - caffe kigosai
↑