↓
 

caffe kigosai

作成者アーカイブ: koka

投稿ナビゲーション

← 古い投稿
新しい投稿 →

今月の花(十二月)ブロッコリー

caffe kigosai 投稿日:2019年11月25日 作成者: koka2019年11月27日

芽花野菜、緑花野菜と呼ばれるブロッコリーが冬の季語とは意外でした。明治時代に日本に入ってきたのでそれ以前の俳句は当然ないでしょう。日本人が本格的にこの野菜を食べ始めたのはここ四十年くらいだといわれています。今は店頭では季節を問わず見かけますが、このアブラナ科でアブラナ属の野菜の旬は冬だそうで、これからだんだんに冬の句にも取り上げられていくことでしょう。

緑黄色野菜としては中心に白い花蕾があり、周りに葉があるカリフラワーもブロッコリーと同様にキャベツの変種です。ここ数年出回りはじめたカリフラワーに薄黄色のロマネスコがあります。大振りで切れ目のある葉が周りを取り巻き、中心は小さな渦巻がたくさん集まり盛り上がっています。全体が法螺貝のような先がとがった形が珍しく、どこか幾何学を思い起こさせるような配列が面白いのです。

地中海原産のブロッコリーは蕾だけでなく葉や茎、芽が出たばかりのブロッコリースプラウトも、ビタミンCをはじめ数々の栄養素に富んでいます。しかし、込み入っている頭の部分に入ったごみや小さな虫をとるのには 調理の前に工夫をして洗わなければならず少し手間が必要です。

ブロッコリーはそのままだと緑色が鮮やかではありませんが、茹でると翡翠のような美しい色になります。コロンとした形が面白く、いつかいけばなの作品に使ってみたいと思っていました。実際に展覧会で、着色した枝と共にブロッコリーを花材として使った時は三日間のデパートでの展覧会の期間中、毎朝ブロッコリーを自宅でゆでて会場にもちこみました。新しいものに取り換えたうえに花器の中に保冷剤を入れて空調や照明に対して鮮度を保つようにしました。

一方、畑ではずっとそのままにしておくと、元々は花の蕾なので小さな黄色がかった白い花が咲くことを都会暮らしの私は知りませんでした。花が咲いたところを想像すると、そんな状態を花材にしたらどうなるのだろうかと次の段階を考えてしまいます。

白いカリフラワーと比べると今では緑のブロッコリーのほうが人気で多く買われるのだそうですが、カリフラワーも白いものの他にやや小さい黄色のもの、さらに小ぶりのオレンジ色のものなども出まわるようになりました。

これからもブロッコリーと近縁の植物たちには意外な色や形が様々にでてきて、食卓の上で私たちの目を大いに楽しませてくれるに違いありません。(光加)

今月の花(十一月) 枯蓮

caffe kigosai 投稿日:2019年10月18日 作成者: koka2019年10月20日

夏、床から天井までガラス張りになった開放感あふれる区民センターの向こうには皇居の堀が見え、数えきれない蓮の葉が青々と揺れていました。隣が病院ということもあるからでしょうか、車いすを押してもらいながら白髪の婦人が堀の端の木製の遊歩道で、蓮の間から渡ってくる風に吹かれながら気持ちよさそうに緑色の蓮を見ていました。

晩秋、久しぶりに訪れたこの場所は枯蓮の堀と化していました。トロンとした水の中から立ち上がるもの、ハチスと呼ばれる葉柄の先の頭を水の中につけたもの、それさえもなくなりただ線となって残っているもの、茎の途中から折れて鋭い角度を保っているもの。遠くから見ると焼けた鉄の線のようになりながら、静寂の中、各々が個性的な線を作っている蓮の姿がそこにありました。このお堀はこんなに広かったとは!蓮の葉が密集していた時にはわかりませんでした。

どこか悲し気な枯蓮のこの光景は、やがて桜や菜の花、諸葛菜にとってかわられるまで雪をかぶったり、中には水に沈んで姿をまったく隠したりと静かな時がながれます。しかし蓮には長い地下茎があり、春にはまた水に浮く小さな葉をつけ、葉はだんだんと成長して葉柄も伸びやがて水から出はじめます。

蓮はその実から作る蓮餡や甘納豆のようなお菓子、レンコンの料理など応用範囲が広く、薄いピンクや白の花を観賞するのみにとどまりません。

私たち花をいけるものにとっても蓮は魅力的な花材です。葉と花は切り取るとそれ自身では水を吸わないので特別なポンプで注入します。最盛期の美しさはもちろんですが、葉に関しては枯れ始めて色の変わりかけた頃から、すっかり乾ききって茶色くなった葉に至るまで、ひとつひとつ違った形に惹かれます。枯れた蓮の実もその形をいかします。

ある夏のこと、お花屋さんに行ってみると、網に蓮の茎を通し葉の中心に小さく丸めた新聞紙をおいていました。こうしておくと葉がまるまっていき、形のいい枯れた葉の形ができるそうです。時には自然も人の手をかりて、恰好をつけることもあるのです。(光加)

今月の花(十月) 柘榴

caffe kigosai 投稿日:2019年9月22日 作成者: koka2019年9月23日

すこし皺のよった六枚の薄い花びらを持つ朱赤の柘榴の花を見かけたのは、夏の初めのことでした。五cmほどの小さな花は色の鮮やかさで遠くからでも目につきます。花弁のふちが白い花、一重の他に八重に咲く種類もあります。つやつやとしたやや長い楕円形の青い葉をつけています。

秋になると最後は葉が落ち柘榴は丸い実をむすびます。花が終わったあと萼は成長し、やがて実になって下がった先にそのままついている萼片が柘榴の実を他の実と見分ける特徴となります。

園芸種でない柘榴の枝の棘に注意しながら実を手に取ると、想像しているよりもはるかに重いのです。それは中に詰まった種の多さからくるもので、この種が熟するとやがてぱっと口を開けたように割れ、中から薄い膜に守られていた小さな赤い種がどっと顔を出します。その数は何個あるのでしょうか。

柘榴は安産の神、鬼子母神と密接な関係があります。その由来のひとつはぎっしり詰まった種。子孫繁栄の象徴と言われ、子供を抱いた鬼子母神像は片手に柘榴を持っています。

イタリアの教会の薬局で、当時日本にはなかった柘榴のシャンプーを買ったことがあります。柘榴とシャンプーの結びつきに興味をもち質問すると柘榴の実は古くから世界各地で薬として用いられ、女性の健康に役立つポリフェノールが多いからという答えが返ってきました。赤い種の周りの液体はグレナデンシロップを作り食用にもなるので、髪にもよさそうな気がして買うことにしました。爽やかでどこか甘い香りのシャンプーでした。

毎年の秋の花展では枝や花々がそれぞれの形や色を競っていけられます。ある年のこと、水をたっぷり張った大きなガラスの水盤に、葉を一枚だけつけた枝に口をカッとあけた人の拳ほどの柘榴の実を二個配したシンプルな作品が目を引きました。それは当時九十歳を迎えた先輩の作品でたいへんな生命力を感じました。今、105歳、年末のお正月のお花の稽古は今も責任をもって指導なさるそうです。あの柘榴の実の表情はいけた人のエネルギーにも重なるのでしょうか。

元気をくれる植物はたくさんありますが あやかりたいと思って見直した植物のひとつ、それが柘榴です。(光加)

今月の花(九月) 葉鶏頭

caffe kigosai 投稿日:2019年8月20日 作成者: koka2019年8月21日

初夏から秋も深まる頃まで、久留米鶏頭、槍鶏頭、とさか鶏頭、ふさ鶏頭などを次々見かけると季節が移っていくのを感じます。

鶏頭という範疇に名前ははいっていますが、前述の鶏頭とは属が違うものがあります。たとえばヒユ属のアマランサスのひとつ、ひも鶏頭などは垂れ下がった茎にいくつもの細かな毛糸玉が付きます。その毛糸玉のようなものは薄緑や濃いピンクの花序なのですが、なんだか少し気持ち悪いわ、とおっしゃる方もままいらっしゃいます。

そんな方には花より美しい葉の目立つ葉鶏頭があります。葉鶏頭は緑からやがて赤、黄 濃い赤、ピンクなどの美しい色の組み合わせの葉が中心から出ていて、その色の混ざり具合、変化の妙に思わず見入ってしまいます。「花は?」とみると、葉の付け根にアマランサスのような小さな丸い花序が付いています。「鎌柄(かまつか)」という名もありますが 私は「雁来紅」という名前が好きです。

ある年の初秋、世界的な学者を集めた学会がある小さな街でおこなわれ、知人が責任者となりました。外国からの参加者にいけばなを見せたいので迎え花として大きな作品をといわれました。紹介してくれた地元の花屋さんと前もってやり取りがありましたが、、地元でそろわない花材もあり、また一人では手が回らないなと長いこと知っている沼津の花屋さんに相談をしました。すると社長は息子さんに「行ってあげたら!」と一言、当日二代目のKくんが駆けつけてくれることになったのです。

「秋らしい花がいいわ、まあ葉鶏頭なんていいけれど、もちはしないし、現地の道端に咲いていないかしらね」と私は冗談のつもりで言いました。当日の朝、K君は茶紙に巻かれたものを持って新幹線を乗り継いで到着。大きな包みは土をつけたままの、赤や様々な色の入った直径三十センチもありそうな葉鶏頭でした。

再婚したばかりの知人はもちろん、その美しい夫人もとても喜んでくださり何度もきれいね、とおっしゃってくださいました。あれから何年になるでしょうか。仲の良い二人でしたが、夫人の訃報を聞きました。

雁来紅。雁の来る頃に美しくなる葉鶏頭。風にあたると萎れやすく、切ってすぐに水の中で切り直し、酢や塩をすりこみます。華やかな葉はなかなかもたすのが大変ですが、それだからこそ秋が来るといけたくなるのです。しかしあの日以来、私の希望はまだかなえられてはいません。(光加)

今月の花(八月) バナナ

caffe kigosai 投稿日:2019年7月24日 作成者: koka2019年7月25日

実芭蕉という美しい名前を持つバナナ。子供のころはおやつに1本、お弁当のデザートに1本と生で食べるものでした。大人になってからはタイのホテルのバナナのパウンドケーキのおいしさが忘れられません。

以前は日本で売られているバナナは台湾からが主流でしたが、今ではエクアドル、フィリピンなど各地から大きさも色も多様なものが店頭に並びます。

ナイフとフォークを使ったバナナの正式ないただき方というのがあるそうですが、ホテルの朝食の時、見回しても見たことがありません。今では簡単に食べられる庶民的な果物の代表となっています。

ある年、いけ花の生徒が夫君と転任しているパプアニューギニアにデモンストレーションで伺うことになりました。遠い日本から来るのであれば、ぜひ年に一度、マウントハーゲンという高地でのお祭りの時にというお勧めがあり、初めてかの地を踏みました。世界三大奇祭というそのお祭りは、何十もの部族がそれぞれ独特の衣装で、顔や体にペインティングをして踊るというものでした。

現地に着くと、まずバナナの林の中に案内されました。地面を掘った中には、何かにバナナの青い葉が何重にもかぶせてありました。これから豚を一頭蒸し焼きにしてお祭り料理を作るというのでした。土をかぶせる前に私たちに見せようと待っていてくれたのです。この時のバナナの緑の葉をみて、琉球芭蕉という糸芭蕉の葉を東京の展覧会でいけたことを思い出しました。

部族の祭りは私が今までに見たことのないエネルギーと色の反乱でした。私は圧倒されて高地から首都のポートモレズビーに帰り、いよいよデモンストレーションの準備に花屋さんへ向かいました。その帰り、道端でバナナの実が房で売られていました。同行していたインドネシア出身の生徒は、蒸したり、春巻きのような料理を作ると話していました。

私は、小ぶりの実を40~50個付けた青いバナナをデモンストレーションに使うことにしました。赤いヘリコニアといけると緑と赤の対比がきれいだろうなと想像したのでした。

ところが次の日、バナナはひとつ残らずきれいな黄色になっていました。この地の温度を考えないで準備室に置いたことを反省しました。本番では、この花材が舞台に登場すると「うわ」という反応と笑いが起きました。

そしてその後、バナナを使った作品は地元の新聞に載りました。見出しは「ⅠKEBANANAーーイケバナナ」、なるほど。(光加)

今月の花(七月) ひまわり

caffe kigosai 投稿日:2019年6月18日 作成者: koka2019年6月18日

向日葵は金の油を身にあびてゆらりと高し日のちひささよ  前田夕暮

歌人の心の中で、すべてのひまわりの頂点に立つ象徴的なひまわり。花瓶にいれられ様々な表情を見せるゴッホのひまわり。映画「ひまわり」でソフィア ローレンの背後で同じ方向をむいて揺れていたたくさんのひまわり。

一番印象的なひまわりはと問われれば、それは詩人大岡信さんの金冠賞受賞の時にマケドニアの詩祭でいけたひまわりの花です。マケドニアはかのアレクサンダー大王を輩出した地域です。この国は1991年、時のユーゴスラビアから血を流さず独立したのですが、歴史をみれば国境も支配者も変わる不安定な国と言わざるを得ません。それが独立後まもない1996年、詩人に与えられる賞の授与式が大統領も出席し国をあげて華々しく行われることに驚きました。

私は旧知の大岡夫妻が到着する前、授賞式が行われるストル―ガの古い教会の中に花をいけることになっていました。町で1~2軒しかない花屋は品質管理は十分とはいえず、花の種類も限られていましたが前もって注文していた赤の小さなアンスリウムを10本手に入れました。次に森に連れて行ってもらい作品の骨格となる木や枝を切らせてもらったのですが、華やかな席での作品としてはそれだけでは色が足りません。

その時、委員会の一人が背の高い十八歳のお嬢さんを私の助手と紹介してくれました。オーストラリアに家族で数年住んだことがあるのだそうで、長い金髪にハート型の顔、物憂げな表情はどこかボッティチェリの春の女神に似ていると思いました。周りに英語の通じる人がいなかったので、私はほっとしました。鮮やかな色の花を集めたいと言うと、この季節はどこでも花は咲いているから歩いてみましょう、と。春の女神にいざなわれ歩き出すと、一軒の家の庭に私の背の高さのひまわりが何本もたくさんの花をつけてゆらりとゆれていたのです。直径15cmくらいの黄色いひまわりの花の下には太い茎から大小の蕾が出ていて、数えると蕾だけでも20輪はあったでしょうか。

知っている家ではないけれどと言いながら彼女は簡単な木の柵を入っていきました。出てきた家主はすんなりと切らせてくれてひまわりが数本手に入りました。いかにも手入れをされていないまま澄みきった空気の中でのびのび育ったひまわり。その太い茎は薄緑、葉は柔らかな光を受け、次々と開きそうな蕾をもった花たちはゴッホの描いたひまわりの逞しさに重なるものがありました。大地から生えている新鮮なひまわりたちはそれぞれ個性と生命力にあふれ、教会の作品の中にいけると薄暗い空間が赤のアンスリウムを伴って光が灯されたようでした。

今年になりマケドニアは国名が北マケドニアになりました。ひまわりは、その地にしっかりと根をおろした人たちに脈々と流れている知恵と、決して失わない個を表しているように見えました。金冠賞は1966年以来続いており、今年もルーマニアの詩人の受賞が決定したそうです。

私の心の中の[ひまわり]は以後このマケドニアのひまわりとなりました。(光加)

今月の花(六月)梅花空木

caffe kigosai 投稿日:2019年5月20日 作成者: koka2019年5月20日

時々入るカフェのカウンターに,その日は小さな白い花を数輪つけた四十センチほどの一本の枝が迎えてくれました。透明なガラス花器に何気なくいれられた枝についた花は四枚の白い花びらの中央に黄色い雄蕊があり、青々とした卵型の葉がたくさんついていました。

私の教室では五月の連休あけ、やや遅めの花菖蒲をいける稽古で梅花空木も併せていけました。梅の花に似ているのでこの名となり薩摩空木、五月梅ともよばれます。緩い放物線を描く梅花空木の枝を加えると、花菖蒲のすっくと立った葉の凛とした美しさに優しさと柔らかさが加わるようでした。季節が急にうつろっていくこの時期、雪のように白い花をつけた梅花空木と花菖蒲を一緒にいけるのもなかなか良いものと思いました。

黒光りしているカウンターごしにコーヒー皿を拭いているマスターに「これは何の花ですか?」と聞いてみました。「梅花空木だそうです。お客さんが軽井沢から持ってきてくれて」。連休を軽井沢ですごした常連さんが、花をとおして爽やかな空気までお土産に運んできたのだと想像しました。

質問をしたもう一つの理由は前日に稽古でいけた花と比べ、カウンターの花はやや小さかったからです。私たちが前日いけた花はそれより大きい北アメリカ原産の西洋梅花空木だったかもしれません。花屋さんで扱うのはこの種類が多いのです。

これに対し軽井沢から大事に持ってこられたのは山の中で二センチくらいの花が開く日本原産の梅花空木だったのでしょう。

梅花空木には八重咲きもあり、私のお気に入りは白い花びらの底が薄紅色の日の丸梅花空木です。

また梅花空木と似たような花を見かけたらそれは、ばら科の利休梅かもしれません。中国原産で、こちらもいけばなに使われますが明治に入ってきたものです。千利休との関係はわかっていません。枝わかれをよくして高さも三メートル以上になり、花びらは五枚で花に柄があります。梅花空木の花の咲き方に比べると花どうし密に咲いています。

梅花空木も利休梅も枝の元を水の中で切り、切り口をたたいて割れば水の上りもよくなりより長く楽しめるようになるはずです。(光加)

今月の花(五月)牡丹

caffe kigosai 投稿日:2019年4月24日 作成者: koka2019年4月25日

四月末の中国の洛陽から帰ってきたいけばなの生徒が、様々な牡丹が咲き乱れる大きな公園に行った話をしてくれました。世界中から集められた様々な色と形の牡丹が咲き誇り、夜、ホテルの窓を開けると何ともいい香りで朝起きてみるとそれは並木道のように道の両側に植えられた数えきれないほどの白い牡丹からだったそうです。牡丹で有名な奈良県の長谷寺や当麻寺とはまた違ったものだったのでしょう。花王と呼ばれる牡丹の原産地は中国といわれていますが、日本でも平安時代には栽培されていたという記述も枕草紙などにみられます。

おなじボタン科ですが牡丹と芍薬の違いの一つは葉にあります。葉には三つの切れ込みがあり、薄いのが牡丹、艶があり牡丹に比べて濃い緑の葉は芍薬です。いよいよ蕾が開くときのわずかにツンとした蕾の先の表情も愛らしいものです。

立てば芍薬、座れば牡丹、と美しい人を形容するのに使いますが、芍薬はすらりと伸び、牡丹は脇枝が横に出ます。スレンダーな美女と豊満な美女、なのでしょうか。英語では両方とも peony という言葉を使いますが牡丹はtree peony 、一方芍薬はChinese peony と呼びます。牡丹はこのようにツリーと名がつくように2メートルほどの落葉低木です。品種改良には芍薬に牡丹を接ぎ木して、美しい花を咲かせるということも行われます。

牡丹の花の華やかさは世界中で好まれ、日本でも実際に庭に植えられるのみならず屏風やふすま絵などをはじめとする図柄などにも用いられます「石橋」から題材を求めた「連獅子」などの舞台の上には華やかに作られた牡丹が登場します。

黄色や濃い紫など花弁の色は様々で、その散り方にも特徴があります。

牡丹散りてうち重なりぬ二三片  蕪村

以前、俳句のテレビ番組のゲストに呼んでいただいたことがあります。収録の時、普通の花屋さんでは入手できないので、いい機会とばかり取り寄せてもらい一輪の薄紅の牡丹をいけておきました。終わると「はい、OKです!お疲れ様でした」の声がかかり、緊張が一気にとけました。

スタジオの照明でみるみるうちに満開になっていた牡丹を、待機していた花屋さんが片付けようと手に取ったその時、はらはらと花弁が散っていくのです。「あ、よかった。終わるまでもって!」と彼は言ったのですが、カメラが回っているうちに散っていく想定外の展開も俳句の番組らしくてよかったかな、とふと思いました。

昔から今に至るまで、牡丹は多様な歴史につぎつぎとエピソードを付け加えていきます。(光加)

カフェきごさい ネット投句(三月)

caffe kigosai 投稿日:2019年3月28日 作成者: koka2019年4月10日

【入選】
花未だ言問団子家づとに  涼子

花を探りに墨堤へ。「花未だ」の入り方がいい。

春暁や遠き汽笛は夢の中  弘道

「遠き汽笛は夢の中」のリズムがまさに夢のよう。

闘病の終わりの知らせ花ミモザ  弘道

ミモザの黄金色が胸に沁みる。原句は「闘病の終わりの知らせミモザ咲く」。

観覧車五色溶けゆく朧かな  勇美

観覧車も人も大都会が朧の夜に溶けていく。原句は「朧夜に五色溶けゆく観覧車」。

深吉野のおぼろとなりて庵一つ  隆子

吉野は奥千本の西行庵。

かたくりは陽だまりに群れ花ゆらす  和子

春の妖精のように。原句は「かたくりや陽だまりに群れ初々し」。

今月の花(四月) しだれ柳

caffe kigosai 投稿日:2019年3月28日 作成者: koka2019年3月28日

一週間の海外でのいけばなの仕事の直後に東京でデモンストレーションを依頼されており、その当日に使う花をあらかじめ決めておくべく花屋さんに相談に行きました。

「2月後半はちょうどいい頃ですよ、連翹、木蓮、万作、山茱萸、梅 桃、桜、いろいろ揃えられます」流派の初代の時代から本部に花をいれている花店の社長は胸を張って言いました。作業場には2メートルほどもある早春の様々な枝ものがバケツにつけられて並ぶ中、先をくるりと巻いてしばってある、てっぺんから足元までが2.5メートルくらいのしだれ柳が私の目に留まりました。

「これ、使いたいのだけれど!」というと、社長は「いいですよ」というやいなや「おーい!これ冷蔵庫にいれとけ!」とスタッフを呼びました。2週間後のデモンストレーションの当日、この枝に新芽が吹いてほしいという注文には、直前に保管してある冷蔵室からだして陽に当て、いい具合になる様に調節するということでした。

やなぎは大きく分けて2種類あり、枝先が上に向くやなぎが楊という字を当て、枝先が下にむくものは柳の字を使います。しだれ柳 猫柳、その突然変異の黒柳、行李をつくる行李柳、雲竜柳、小豆柳、園芸品種で枝先が平たくなったような石化柳などをいけばなでは多く使います。

やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに  石川啄木

芽吹きの柳を故郷をはなれた啄木が歌っているのはしだれ柳でしょうか。やがて柳絮が飛ぶ季節に移っていきます。

「Willow Weep for Me」というジャズの歌詞は「柳よ私のために泣いて」とでも訳すのでしょうか。weepは枝垂れるという意味の他、忍び泣くという意味もあります。去って行った恋人に思いを重ねた歌詞で、この柳は裏が白い葉をつけて枝垂れるしだれ柳(weeping willow)です。

デモンストレーションの当日、紅白の桃の花、河津桜、そして、大きな鉄の花器の口元を占める緑の葉がつややかな真赤な椿をいれ、最後に背景の黒い幕の前にアトリエスタッフたちによってしだれ柳が何本もゆらゆらと登場すると二百数十名の客席からうわーという声が聞こえました。瑞々しい若緑の芽が出たしだれ柳は物悲しい柳ではなく、これから向かっていく輝かしい季節に爽やかでたくましい息吹が感じられる柳でした。

見渡せば柳桜をこき交ぜて都ぞ春の錦なりける 素性法師

いよいよ春が本格的に動き始めました。(光加)

投稿ナビゲーション

← 古い投稿
新しい投稿 →

「カフェきごさいズーム句会」のご案内

「カフェきごさいズーム句会」(飛岡光枝選)はズームでの句会で、全国、海外どこからでも参加できます。

  • 第三十五回 2026年2月14日(土)13時30分
    (3月は第一土曜日・7日です)
  • 前日投句5句、当日席題3句の2座(当日欠席の場合は1座目の欠席投句が可能です)
  • 年会費 6,000円
  • 見学(1回・無料)も可能です。メニューの「お問い合せ」欄からお申込みください。
  • 申し込みは こちら からどうぞ

Catégorie

  • à la carte (アラカルト)
  • 今月の季語
  • 今月の料理
  • 今月の花
  • 加賀の一盞
  • 和菓子
  • 店長より
  • 浪速の味 江戸の味
  • 花

menu

  • top
  • きごさいBASE
  • 長谷川櫂の俳句的生活
  • お問い合せ
  • 管理

スタッフのプロフィール

飛岡光枝(とびおかみつえ)
 
5月生まれのふたご座。句集に『白玉』。サイト「カフェきごさい」店長。俳句結社「古志」題詠欄選者。好きなお茶は「ジンジャーティ」
岩井善子(いわいよしこ)

5月生まれのふたご座。華道池坊教授。句集に『春炉』
高田正子(たかだまさこ)
 
7月生まれのしし座。俳句結社「青麗」主宰。句集に『玩具』『花実』『青麗』。著書に『子どもの一句』『日々季語日和』『黒田杏子の俳句 櫻・螢・巡禮』。和光大・成蹊大講師。
福島光加(ふくしまこうか)
4月生まれのおひつじ座。草月流本部講師。ワークショップなどで50カ国近くを訪問。作る俳句は、植物の句と食物の句が多い。
木下洋子(きのしたようこ)
12月生まれのいて座。句集に『初戎』。好きなものは狂言と落語。
趙栄順(ちょよんすん)
同人誌『鳳仙花』編集長、6月生まれのふたご座好きなことは料理、孫と遊ぶこと。
花井淳(はない じゅん)
5月生まれの牡牛座、本業はエンジニア、これまで仕事で方々へ。一番の趣味は内外のお酒。金沢在住。
©2026 - caffe kigosai
↑