à la carte_ミルト(フトモモ科)

ミルト、別名マートルに出会ったのは去年10月のローマでした。
ローマで行われた一連の行事の花材集めに最大の協力をしてくださった、イタリア人の庭師Iさん。彼は、参加者各自が花をいける研究会を私がホテルで開いているとき、この植物を持って郊外の会場に突然現れたのです。
「日本にはないかもしれません。よかったら研究会に使ってください。」
紙にくるまれていた植物は、数種類のものが少しずつ。中でも緑の葉がつややかで、黒い実をつけているものが珍しく思えました。「ミルトは地中海、主にサルデーニャ島などに多く生えていて、黒い実は砂糖を入れてリキュールにするのです。食後酒にね。」彼はそう教えてくれました。そして、「今日は休みで、家族とも約束があるので。よいご旅行を!またどこかで!」と、私が充分にお礼を言う間も与えず、バイクに乗って去っていきました。
たわわに実っている黒い実の植物の正体をもっと知りたくて、帰国してから調べて見ると、ミルトにあたる日本名は(銀香梅)または(銀梅花)というではありませんか。
(銀香梅)ならごくまれにですが、いけばなの花材にも使います。葉の形は先が少しとがった細い楕円形。しかし実がなった状態は日本で見たことはありません。辞典にのっているミルトの花の写真は、花びらが純白で白い雄しべがぐっと長く突き出した小さく愛らしい花。(祝いの木)ともよばれ、結婚式に飾られるというのもわかります。生命力が強く、葉は香草として使われるとか。
文豪ゲーテがブレンナー峠をこえてイタリアに入ったのは1786年の事。イタリアの明るい光に魅せられシチリア島まで来ています。後に彼は(ヴィルヘルム マイスター 修行時代)のなかでミニヨンの歌としてイタリアへの思いを表し、その中にミルトの名もでてきます。
君知るや南の国
レモンの木は花咲き くらき林の中に
こがね色したる柑子は 枝もたわわに実り
青き晴れたる空より しづやかに風吹き
ミルテの木はしずかに ラウレルの木は高く(森 鴎外訳,以後省略)
ミルト(ミルテ)は地中海沿岸原産。土も空気も水も光も日本と違えば、イタリアのミルトはmyrto。日本で育つ銀香梅とまったく同じとは考えられません。いつもの作業衣でなくびしっとジャケットできめたIさんの持ってきた、しかもゲーテの心を捕らえたイタリアのミルト。植物はその土地の性質と切り離しては育ちません。いつの日か南イタリアの風に吹かれながら、花咲くレモンの木に囲まれてミルト酒を、といきたいものです。(光加)
