今月の季語〈3月〉三月
今年も立春から冷え込み、関東地方は四十五年ぶりの大雪に見舞われました。温暖化と寒冷化はセットだそうですが、大雪の記録が破られないことを願うばかりです。
そんな春とは名のみの〈二月〉は尽き、〈三月〉となりました。どんどん春らしい季語が使えるようになっていきます。
三月と聞くと私はこの句を真っ先に思います。
いきいきと三月生る雲の奥 飯田龍太
昭和二十八年三月の作品で、第一句集『百戸の谿』に収められています。この句については、作者自ら「人一倍寒がりの私は、三月ほど待ちどおしい季節はない」として、
「芹が青み、まだ芽ぶかぬながらもこころもち潤みを持った櫟の高枝で頬白が囀りはじめる三月の雲の白さは素晴らしい」
と書いています。
龍太は甲斐の人。二月の大雪では県がまるごと孤立する事態に陥った山梨県に、父蛇笏を継いで終生住んだ人です。昔は今以上に物流も通信も滞ったであろうことを思うと、三月の意味が深まる気がします。
虫の姿をよく見るようになるのも今からです。今年の〈啓蟄〉は三月六日。冬眠から覚めたばかりの、どこかぼうっとした蛇に出会うこともあります。
啓蟄の虻はや花粉まみれかな 星野立子
蛇穴を出て見れば周の天下なり 高浜虚子
耳裏に風こそばゆき地虫出づ 福永耕二
寒のさなかから楽しんで来た梅の季節はそろそろ終わり、辛夷が空にはためき、連翹、雪柳が地を彩ります。
天へゆく道あきらかに辛夷咲く 綾部仁喜
連翹や真間の里びと垣を結はず 水原秋桜子
たえず風やり過しをり雪柳 高木晴子
木々の芽は日に日に育ち、さまざまに萌え出るさまが花咲くように見えることもあります。
空かけて公暁が銀杏芽吹きたり 石塚友二
落葉松の芽吹きの道の地平まで 小川濤美子
これからのひと月で、身のまわりの彩りががらりと変わります。一気に駆け出す〈春〉の勢いに(花粉のせいでしょうか)気圧されそうにもなりますが、季語を追いかけながら、身も心も上手に乗せていきましょう。(髙田正子)
