今月の花(7月) きょうちくとう
家の塀の内側に取り付けられた郵便受けの横に、母は白い夾竹桃を植えていました。葉の幅が狭く、もともと花が桃色ということで、中国で「夾竹桃」と書かれたものが音読みされてこうなったといわれていますが、原産地はインドで日本には江戸時代に渡ってきました。
郵便受けから新聞や郵便物を取り出すとき、雨の日だと間に露を溜め込んだ、葉のたくさんついた枝がばさっと触れて衣服が濡れたり、暑くなると茎にあぶらむしのような小さな虫がたかっていたり、いやだなと思ったこともありました。
ところがある日学校から帰ってくると、2メートル以上もあった木が突然切られていてびっくりしました。郵便受けと窓の間に空間がぽっかりと空き、肩透かしをくったような気になりました。驚いて母に言うと、「毒があるっていうじゃない。いやだわ、そんな木」という答え。母自身が切ったことが判明しました。
夾竹桃は辞書によって葉や花に毒性があることが強調されています。その代り公害に強く都会の真ん中で高速道路や工場などの緑化に一役かいながら、暑い中で元気に花を咲かせています。のちにピンクや白だけでなく 園芸種には黄色や淡紅色や八重咲きのものなど様々なものがあることを知りました。白に近いピンクなど、やさしく上品な夾竹桃もたくさんあるこの花に毒があるということを、にわかには信じられませんでした。
ある夏にローマのフォロ ロマーノをおとずれた時、遺跡の中を歩きまわると、倒れた円柱の傍らに薄いサーモンピンクの夾竹桃があちこちにたっぷりと花をさかせ揺れていました。するとそこに一匹の猫がひょいと顔をだし、全身真っ黒なこの猫は悠然と数千年前の石の間を歩いていきました。黒猫と薄ピンクの夾竹桃、ローマ時代の塔頭。
その瞬間に我が家で切られた夾竹桃の後に残ったぽっかりとした空間が私の心の中で埋まったような気がしたのです。あの時住んでいた大森の家は何十年も前に引っ越し、代々の住人も変わり、建て直されて全く当時の面影はありません。
なぜかこのとき夾竹桃は数十年の時をへて、ふたたび私の好きな花のリストに付け加えられたのです。かわいい顔をして、毒があるといわれる夾竹桃の魔法にかかったのかもしれません。(光加)
夾竹桃ゆらしてゆくや白き傘 光加