à la carte_夏椿の花
祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者ひつすいの理(ことはり)をあらはす
平家物語は沙羅双樹の花ではじまります。夏椿という名のほうがおなじみの方も多いことでしょう。ただ、お釈迦様の亡くなられるときに生えていたという、「サラノキ」という植物とは今、私たちの言う沙羅双樹とは異なるといわれています。
葉の元からでている花柄の先に、初夏から本格的な夏にかけて、真ん丸の蕾をつける夏椿。蕾の表面が微かな光を発しているように見えるのは、花弁の外側にごく細く短い毛があるからです。小ぶりの花の五枚の花びらの縁にはわずかにぎざぎざが入り、この季節の花だけがもっているひやりとした触感を感じさせる上品な白です。
光沢のある椿の葉と見比べれば、夏椿の葉は緑色も優しげで、裏返せば葉脈もはっきりしています。葉は先に細い楕円形で、薄いせいか全体に軽やかな印象をあたえます。椿と夏椿はきものでいえば、袷と単衣の違いと言っていいでしょうか。
木の表皮がはがれ、その下から現われるすべすべとした美しい木肌は、庭木や床柱として使われる(ひめしゃら)を思いだします。(夏椿)(ひめしゃら)そして(ひこさんひめしゃら)は、つばき科のなかでも同じ「なつつばき属」に属します。
夏椿の花は一日花で、雄蕊の集合した中心部は茶色になっていき、花びらも生気を失い、やがて花ごと落ちていくのです。しおれて落ちているこの花の周りに漂うはかなさには胸がいたみます。
「浮世の果ては皆小町なり」(芭蕉)
これは凡兆の「さまざまに品かはりたる恋をして」に芭蕉がつけた句です。絶世の美女と言われた小野小町も末は無残にも老いてしまう。誰も例外でありません。夏椿もせめて私たちが気付かない間に、ひそかにたくさんの恋をしてほしいと願うのです。(光加)