今月の季語(5月) 夏の「初」物
身体から湯気が立ちそうな暖気と、片づけた冬物を再び出さざるを得ないほどの寒気が、入れ替わり立ち替わりした春でした。今年の立夏は五月六日。いよいよ夏の始まりです。
世間一般には梅雨明けが夏の始まりのように思われている節もありますが、盛夏のみが夏にあらず。若葉の緑が日に日に輝きを増し、空中の澱みがみるみる消えてゆく今の季節、すなわち〈初夏〉は、この待ちかねる心持ちといい、〈夏〉の「初物」と言ってもいいとすら私は思っています。
さて、初○○という季語は、何と言っても「新年」に圧倒的に多いのですが、そこは初物好きの日本人。四季おりおり、いろいろな初物があります。今月は夏の初物(必然的に季語でもあります)をチェックしてみましょう。
まずは〈初鰹/初松魚〉。青葉のころ獲れる、走りの鰹です。
目には青葉山郭公初鰹 山口素堂
脂ののりは戻り鰹のほうが断然上ですが、初物を口にする喜びは何ものにも代え難いと、今でも「江戸っ子」は目の色を変えて求めるのだそうです。
野菜にも旬があります。今では年中目にする〈茄子〉や〈瓜〉類は今からが旬です。そのさきがけの一顆を喜ぶ季語に、たとえば〈初茄子〉〈初瓜〉があります。
初真桑たてにや割らん輪に切らん 芭蕉
初なすび水の中より跳ね上がる 長谷川櫂
家庭菜園をしている方にはそろそろ収穫があるのではないでしょうか。店先にも露地物の茄子が並ぶようになってきました。
〈新茶〉のように新○○となることもあります。馬鈴薯、甘藷は秋の季語ですが、夏の穫れ始めのいもをそれぞれ〈新じやが〉〈新藷(いも)〉と言います。
新茶汲みたやすく母を喜ばす 殿村菟絲子
選り分けて新じやがの粒揃ひたる 広瀬直人
新藷の赤の火照つてをりにけり 後藤比奈夫
〈走り茶〉〈走り藷〉と走り○○いう言い方もします。梅雨入り前のぐずついた天気は〈走り梅雨〉です。梅雨は必ずしも待ち焦がれるものではないですが、基本的に「初」「新」「走り」には、待ち遠しく思っていたものとの出会いを喜ぶ気持ちがこめられています。
〈新緑〉〈新樹〉はむろん食べられる物ではありませんが、これもたしかに「新物」でしょう。この清々しさは今だけのものです。
白々と何の新樹か吹かれ立つ 高木晴子
摩天楼より新緑がパセリほど 鷹羽狩行
万緑の力強さ、旬の安定感も待ち遠しいですが、なりきってしまう前の今の「初」「新」「走り」を楽しみましょう。(正子)