今月の季語(7月) 夏の野の花
植物図鑑や種袋にはカタカナで記されている花の名も、歳時記には漢字で収められていることがあります。漢字で作句すると決まっているわけではありませんから、自分で詠むときは表記を選べばよいのですが、漢字で書かれたものを読む必要が生じることはあります。
ともあれ季語を漢字で書けて読めるのは楽しいこと。今ごろの野にちょうど咲いている花の名前をいくつか漢字でみていきましょう。
〈紫陽花(あじさい)〉〈百日紅(さるすべり)〉〈夾竹桃(きょうちくとう)〉あたりは入門編。野の花とは言えませんが、押さえておきましょう。では次の花はどうでしょう。
〈酢漿草(かたばみ)〉
葉はクローバーを小さくしたような形で、小さな黄の五弁花を咲かせます。花の後、さやができ、熟すと弾けて種が飛びます。触れて弾けさせて楽しんだ経験はありませんか? 花期は長く、春の終わりから肌寒くなるころまで咲いています。オキザリスは園芸種のかたばみです。葉や茎に酸味のあることが、漢字の名のいわれのようです。
かたばみや何処にでも咲きすぐ似合ひ 星野立子
〈虎杖(いたどり)〉
野山と呼ばれるところには大概生えていますが、街中の道端で見ることもあります。春先に伸びる若い茎は食べられます。茎の中は中空。夏には五〇㌢ほどに育ち、白い花が穂をなして咲きます。若芽にある虎の斑のような模様が漢名のいわれのようです。生薬の虎杖根(こじょうこん)は虎杖の根を乾燥させたもの。
いたどりを噛んで旅ゆく熔岩(らば)の上 野澤節子〈春〉
虎杖の花しんかんと終るなり 新谷ひろし〈夏〉
〈浜木綿(はまゆう)〉
葉が万年青(おもと)に似ているので浜万年青ともいます。その名のとおり海辺の花ですが、公園などで見かけることもあります。ヒガンバナ科の植物で、花茎の頂に傘のように花を広げて咲かせます。浜に広がる木綿(ゆう=楮の皮からとった繊維で織った布)のような花の意だそうです。
大雨のあと浜木綿に次の花 飴山 實
〈射干(ひおうぎ)〉
檜扇とも書きます。剣の形をした葉が扇状に広がって、いかにも扇の形をしています。祇園祭のころ、京の町中のそこここで見かける花でもあります。生薬の射干(やかん)は根を干したもの。また枕詞にも使われる「ぬばたま」は射干の黒い種のことです。
射干も一期一会の花たらむ 石田波郷
〈萍(うきくさ)〉
田や池の水面を漂う浮草です。白い小花を咲かせていることもあります。花がなくても夏の季語です。
萍の平らは水の平らなる 山口誓子
漢字の成り立ちがそのまま俳句になったような一句ですね。
〈鴨足草(ゆきのした)〉
虎耳草、雪の下とも書きます。いつも濡れているようなところに白い光を放って咲いています。虎耳草(こじそう)は民間薬として消炎に用いられてきました。
鴨足草薄暮の雨に殖えにけり 長谷川零余子(れいよし)
ちなみに長谷川零余子は〈あるじよりかな女が見たし濃山吹〉と原石鼎に挨拶された(茶化された?)俳人です。「かな女」とは〈羽子板の重きが嬉し突かで立つ〉の長谷川かな女。大正期に活躍した、近代女性俳人の嚆矢となったひとりです。〈水中花菊も牡丹も同じ色〉は楽しくも鋭い句。〈水中花〉も夏の季語です。(正子)